
英国発のコスメブランド「リンメル(RIMMEL LONDON)」が、2026年内で日本市場から撤退する。
このニュースが流れると、SNSには「青春だった」「初めて使った海外コスメ」「ショコラスウィートアイズが忘れられない」といった声が次々に投稿された。単なるブランド終了の発表にもかかわらず、多くの人が“思い出”を語り始めたのは、それだけリンメルが日本のコスメ文化の中で特別な存在だったからだろう。
しかし今回の撤退は、ひとつのブランドが消えるという話だけでは終わらない。そこには、日本独特の“プチプラ高品質化”、ドラッグストアを中心に進化したコスメ市場、さらに“海外ブランドへの憧れ”そのものが変わっていった時代の流れが見えてくる。
放課後のPLAZAに並んでいた、“少し背伸びしたコスメ”
2000年代後半から2010年代にかけて、リンメルは若い女性たちにとって“少し大人になれるコスメ”だった。
学校帰りに駅ビルのPLAZAへ立ち寄り、友人とテスターを試しながら、「この色かわいい」「ラメ感すごい」と盛り上がる。そんな光景の中に、リンメルは自然と存在していた。
当時の日本では、“海外コスメ”そのものに特別感があった。デパコスほど高価ではないが、日本ブランドとも少し違う。黒を基調としたパッケージや強めの発色、そして“ロンドン発”という響きには、どこか背伸びした空気が漂っていた。
特に人気だった「ショコラスウィートアイズ」は、リンメルを象徴する存在だった。ケースを開けた瞬間、ふわりと漂うチョコレートの香りに気分が高まり、「今日はいつもより少し華やかな顔になれたかもしれない」と鏡の前で感じた人も多かったはずだ。
今回の撤退発表後、SNSでは「浜崎あゆみのCMを見て買った」「初めて使い切ったアイシャドウだった」という投稿も目立った。
人は化粧品そのものではなく、“その化粧品を使っていた頃の自分”を覚えている。
だから今回のニュースは、「ブランドがなくなる」という事実以上に、“あの頃の空気”がひとつ消えていく感覚として受け止められているのかもしれない。
日本で進んだ、“プチプラ高品質化”という独自進化
もちろん、懐かしさだけでブランドを維持することはできない。
リンメル撤退の背景として指摘されているのが、日本のコスメ市場で進んだ“プチプラ高品質化”だ。
日本の消費者は、低価格の商品であっても品質への要求が非常に高い。発色の良さはもちろん、粉質、崩れにくさ、肌なじみ、さらにはパッケージの使いやすさまで細かく見られる。
しかも、それらを1000円前後で実現することが求められる。
こうした市場環境の中で、日本のプチプラコスメは大きく進化していった。キャンメイク、セザンヌ、KATE、ヴィセなどは、価格帯だけ見れば“手頃なコスメ”だが、実際には「この値段でここまでできるのか」と驚かれるレベルに達している。
特に日本ブランドが得意としてきたのが、“失敗しにくさ”だった。
派手すぎない。
肌から浮かない。
仕事や学校でも使いやすい。
そうした“日常になじむ色設計”は、日本のメイク文化と強く結びついている。
一方で、リンメルのような欧米ブランドは、比較的大胆な発色や海外らしい色づかいを特徴としていた。その個性に惹かれるファンは多かったものの、日本市場全体では、“自然に盛れること”を重視する流れが強まっていったとみられている。
ドラッグストアが、“美容トレンドの最前線”になった日本
日本のコスメ市場を語る上で欠かせないのが、“ドラッグストア文化”だ。
海外では、化粧品は百貨店や専門店で買うイメージが強い国も少なくない。しかし日本では、駅前や住宅街のドラッグストアが、美容トレンドの最前線になっている。
学校帰りに立ち寄れる。
仕事帰りにも新商品を試せる。
地方でも都会と同じ商品が並ぶ。
この“日常生活の延長線上でコスメを選べる環境”は、日本独特のものだ。
さらに近年は、SNSとの結びつきによって、その動きが加速した。TikTokやInstagramで話題になった商品が、翌週には全国のドラッグストアに並ぶ。消費者は常に新商品を比較しながら選ぶようになり、メーカー側も短いサイクルで商品を投入するようになった。
その競争の中で、日本ブランドは“安いのに高品質”という強みをさらに磨き続けていった。
リンメルも全国2000店舗以上で展開していたが、その棚では日本ブランドだけでなく、急速に存在感を高めた韓国コスメとも競争していた。
韓国コスメが変えた、“流行のスピード感”
近年の日本コスメ市場で大きな影響力を持っているのが、韓国コスメだ。
韓国コスメが支持を広げた理由としてよく挙げられるのが、“トレンド反映の速さ”である。
TikTokで話題になる。
インフルエンサーが紹介する。
数日後には店頭で売り切れる。
この流れが極めて速い。
しかも韓国コスメは、“写真映え”や“動画映え”との相性が良く、SNS時代の消費スタイルと強く結びついていた。
一方、リンメルのような欧米ブランドは、“定番感”や“ブランドイメージ”を強みとしてきた。しかし現在の市場では、「長く愛されている」という価値だけでは戦いにくくなっている。
次々と新商品が登場し、トレンドが高速で移り変わる時代では、“今っぽさ”を更新し続ける力が求められるからだ。
そこへ円安による輸入コスト上昇も重なった。価格を上げれば、プチプラ市場では競争力が落ちる。しかし価格を維持すれば利益は圧迫される。近年、欧米コスメブランドの縮小や撤退が相次いでいる背景には、こうした構造的な問題もあるとみられている。
“海外ブランドへの憧れ”は、少しずつ変わっていった
かつて日本では、“海外ブランドを持つこと”そのものに特別感があった。
輸入雑貨や海外コスメを持つことは、“日本にはない世界”への憧れでもあった。
しかし、SNSによって世界中の情報がリアルタイムで共有されるようになると、その価値観は少しずつ変化していく。
今の消費者が重視するのは、「海外ブランドかどうか」より、「自分に合うかどうか」だ。
今回のコメント欄でも、「発色が強かった」「香りが好みに合わなかった」「日本ブランドの方が使いやすい」といった声が見られた。
これは品質の優劣ではない。
“憧れ”より“共感”。
“海外っぽさ”より“自分らしさ”。
そうした価値観の変化が、日本のコスメ市場全体に広がっている。
リンメルが持っていた“ロンドンらしさ”は、かつては強い魅力だった。しかし今は、それだけで選ばれる時代ではなくなっているのかもしれない。
「愛用コスメ廃盤」が、なぜこんなにも悲しいのか
それでも、多くの人が今回ここまで強い寂しさを感じているのは、化粧品が単なる消耗品ではないからだろう。
仕事へ向かう朝、鏡の前でリップを塗る時間。友人と遊びに行く前にアイシャドウを選ぶ瞬間。コスメは、日常の小さな感情と深く結びついている。
だから愛用ブランドがなくなる時、人は商品だけではなく、“その頃の自分”まで思い出す。
SNSにはすでに、「最後に買いに行く」「ストックを確保した」「代替品を探さなきゃ」という投稿が並んでいる。
人は、“なくなる”と知った瞬間、その存在の大きさに気づく。
リンメルは20年間、日本のポーチの中で、静かに誰かの青春の一部になっていた。



