
「5年間、同じTシャツを着ている。靴も3年買い替えていない」。5月20日、衆議院第二議員会館で開かれた日本弁護士連合会(日弁連)主催の「生活保護基準の在り方に関する院内意見交換会」で、仙台市在住の生活保護受給者の男性Aさんがオンラインでこう訴えた。物価高が続く中、生活保護基準がほぼ据え置かれたままであることへの怒りと悲鳴は、SNSで急速に広がりを見せている。
「物価が肌感覚で3割上がった」受給者の実態
職場でのパワハラがきっかけで働けなくなり、約5年前から生活保護を受給しているAさんは、「この5年間で物価が肌感覚で3割は上がっている」と語る。食費や光熱費をねん出するため、娯楽や交際費にお金を回す余裕は一切ない。「食べること、生きていくことで精一杯です」という言葉は、物価高騰が低所得層にいかに深刻な打撃を与えているかを端的に示している。
重度の障害があり車椅子で生活する都内在住の男性Bさんも窮状を訴えた。本来は移動や介護、補装具などに充てるべき「障害者加算」が、事実上の家賃補填として使われているという。車椅子利用者向けの住宅扶助特別基準額6万9800円以下の家賃では、介助者が休める部屋がある物件が「存在しない」のが都内の現実だ。
日弁連が求める「17〜18%の引き上げ」
こうした現状を受け、日弁連は意見交換会で専門家の分析に基づき、物価上昇に見合った約17〜18%の生活保護基準引き上げを求めた。あわせて、現行の「生活保護法」を見直し、利用者の権利性を明確にした「生活保障法」の制定も訴えた。
現在の生活保護受給者は約198万人(2026年2月時点・厚生労働省調査)。ピーク時の2015年3月から緩やかな減少傾向にあるが、その一方で高齢者世帯の増加が続いており、物価高の影響を受けやすい受給者が多数を占めている状況は変わらない。
最高裁が「引き下げは違法」と認定、しかし国の対応は不十分
この問題の背景には、長期にわたる生活保護基準の引き下げの歴史がある。2013〜15年、国は生活扶助費(食費や光熱費などに充てる生活費)を最大10%引き下げ、約670億円を削減した。この措置の違法性を問う「いのちのとりで裁判」が全国29都道府県で提起され、2025年6月27日、最高裁判所は引き下げを「違法」と認定する判決を下した。
しかし、この最高裁勝訴後も問題は続く。厚生労働省が示した「追加給付」の内容について、日弁連は「最高裁判決を無視するような対応だ」と批判。2026年1月、日弁連元会長ら1254人の弁護士が連名で厚生労働省に声明文を提出し、全額補償を求めた。
国が示した対応策は、最高裁で違法とされた「デフレ調整」(−4.78%)を取り消す代わりに、新たな「高さ調整」(−2.49%)を設けるというもの。実質的な減額が残る構造に対し、受給者側や弁護士団体から「司法の判断を黙殺している」という強い反発が続いている。
物価高が直撃するセーフティーネットの現在
ナフサショックによる生活用品の値上がりが続く2026年、生活保護という社会の最後のセーフティーネットが機能しているかどうかは、社会全体の問題だ。今回の院内意見交換会で浮かび上がったのは、基準額の数字ではなく「5年同じTシャツを着続ける」という、数字では見えない生活の摩耗だった。
日弁連が求める18%引き上げが実現した場合、単身の受給者が受け取る生活扶助費は月数万円単位の増額となる。物価高が続く中で、その要求が政策に反映されるかどうかが問われている。



