
「福祉とは、誰かに何かをしてあげる事ではなくて、『生活』そのものです」。そう考えるNPO法人プラグは、障害のある子どもや大人への福祉サービスに加え、誰でも無料で食事を楽しめる「ふれあい食堂」も続けている。その根にあるのは、障害の有無ではなく、困っている人に手を差し伸べるという姿勢だ。日々の支援を通して見えてきた課題と、同法人が思い描くこれからの社会について聞いた。
「障害があるから」ではなく、困っている人に手を差し伸べる
障害のある子どもを対象とした放課後等デイサービスと、大人を対象とした生活介護事業。NPO法人プラグは、この二つを中心に、福祉サービスの利用につなげるだけでなく、さまざまな相談を受ける相談支援事業や、保護者のレスパイトに対応した日中一時支援を展開している。
こうした支援の根にあるのは、「障害があるから」という理由だけで人を見るのではなく、障害があってもなくても、困っている人に手を差し伸べるという考え方だ。
その姿勢は、障害福祉だけにとどまらない。毎月第二土曜日には、どなたでも無料で食事を楽しめる「ふれあい食堂」を実施している。障害のある人を対象とする福祉サービスとは異なり、こちらに対象の区切りはない。
放課後等デイサービス、生活介護、相談支援、日中一時支援、そして「ふれあい食堂」。一見すると異なる活動だが、プラグが大切にしているのは、サービスの種類から人を見ることではなく、その人が困っていることに向き合うことだ。こうした考え方は、日々の支援だけでなく、障害を取り巻く社会への問題意識にもつながっている。
障害が知られるようになった一方で、残っているもの
障がい者に対する世間の認識は、メディアなどによって昔と比べれば広がってきている――。プラグはそう感じる一方で、それだけでは解消されない難しさがあると捉えている。
少し知識があるがゆえに、気になることがあると、何でもすぐ障害と結び付けて判断してしまっているのではないか。障害という言葉や知識が知られるようになったからこそ、そんな場面も生まれているのではないかという問題意識だ。
さらに厳しい状況に置かれている人もいる。暴れたり大声を上げたりするような障害程度の重い人は、より支援を必要としているはずなのに、今でも冷たい目で見られることがあるという。福祉サービスを提供する事業者から利用を断られ、肩身の狭い思いをしている人もいる。
支援の必要性が高いからといって、必ずしも必要な支援につながれるわけではない。プラグが日々向き合っているのは、そうした現状でもある。
目指しているのは、誰もが堂々と胸を張って歩ける社会だ。そのためには、一人ひとりが障害について、そして目の前にいる人について考えるきっかけが、まだまだ足りていないと考えている。
そうした社会全体への問題意識がある一方で、日々の支援の中ではもっと身近な変化に触れることもある。利用者やその家族の暮らしに生まれる変化だ。
「家族で出かけられるようになった」という言葉
プラグの事業所を利用する家族から、「家族で出かけたり、穏やかに過ごせるようになった」と言ってもらえることがある。
「頑張って支援して良かったなと思います」
日々の支援を続ける中で、そう感じる瞬間だという。
障害福祉というと、サービスを利用する本人への支援に目が向きやすい。しかしプラグでは、保護者のレスパイトに対応した日中一時支援も行っている。相談支援事業でも、単に福祉サービスの利用へつなげるだけではなく、さまざまな相談を受けている。
事業所を利用することで、家族で出かけられるようになる。穏やかに過ごせる時間が生まれる。本人だけでなく、その周りにいる家族も日々の生活を送っているからこそ、こうした言葉はプラグにとって支援を続ける中で感じる喜びの一つになっている。
そして、「生活」という視点は、プラグが将来について語るときにも繰り返し現れる。福祉を、誰かに施す特別な行為としてだけ捉えてはいない。
福祉は「誰かに何かをしてあげる事」ではない
5年後、10年後にどのような社会になっていてほしいか。その問いに対するプラグの言葉は明確だ。
「福祉とは、誰かに何かをしてあげる事ではなくて、『生活』そのものです。」
“障害があるから”何かをする。“誰かを助けてあげた”と捉える。そんな関係ではなく、一緒に生活を楽しめる社会であってほしいと考えている。
もちろん、何かをしてあげようとする気持ちや使命感が不要だということではない。それよりもまず、「一緒に生きる事を楽しむことができれば、それは素敵なことだなと思います」という。
この言葉をたどると、プラグがなぜ障害福祉だけに活動を限定せず、「ふれあい食堂」を実施しているのかも見えてくる。そこでは、障害がある人に何かを「してあげる」のではなく、どなたでも一緒に食事を楽しむことができる。
福祉を特別な場面だけにあるものとして切り分けず、「生活」そのものとして考える。プラグが望んでいるのは、“障害があるから”という言葉を起点にするのではなく、同じ生活の中で一緒に過ごすことを楽しめる社会だ。
この先の未来のために、今何をするのか
そんな社会を思い描いていても、目の前の現状ばかりが見えてしまえば、失望することもある。プラグは読者へのメッセージとして、こんな言葉を寄せている。
「現状ばかりが目に入ってしまい失望してしまいがちですが、それでも腐らずに頑張っていれば、それはいつか自分に返ってくると思います。」
大切にしているのは、“今”だけを見ることではない。この先の未来を良くするために、今しなければならないことは何なのか。反対に、やってはいけないことは何なのか。それをしっかり考えて行動することだという。
そうして行動できれば、自分が困ったときに、きっと誰かが助けてくれるのではないかとも考えている。
誰かが困ったときに手を差し伸べることと、自分が困ったときに誰かから手を差し伸べてもらうこと。その間に「障害があるから」という線を引くのではなく、同じ生活を送る人として一緒に生きる。
「福祉は『生活』そのもの」という言葉の先にプラグが描いているのは、そんな日常である。



