
東京スカイツリーの足元に、新しい「つるとんたん」がオープンしたのは、つい3カ月前のことだった。
6月5日、東京ソラマチに「つるとんたん THE SKY TOKYO」が開業した。ちゃんこ文化を取り入れた限定うどんをそろえ、木格子と柔らかな灯りで「和」を演出する。国内客だけでなく、東京スカイツリーを訪れる外国人観光客も狙った新店だった。
どう見ても、これから攻めるブランドである。ところが9月17日、その育ての親であるカトープレジャーグループ(KPG)は、驚くような発表をした。
「つるとんたん」を売る。買い手は「サンマルクカフェ」や「鎌倉パスタ」を展開するサンマルクホールディングス。値段は128億円。つるとんたん13店舗に「羽田百膳」1店舗、海外FC2店舗、製麺やギフト販売事業までまとめて譲り渡す。対象事業の2026年3月期売上高は約61億3500万円だった。
新店を出したばかりなのに、なぜ売るのか。
しかも、つるとんたんはKPGにとって単なる外食ブランドではない。37年間かけて育ててきた、会社の顔ともいうべき存在だ。KPG自身もプレスリリースで、今回の売却を大変大きな決断と表現している。その答えを探ると、つるとんたんを生んだ少々変わった会社の歴史に行き着く。
「つるとんたん」の会社、実はラブホテルで巨大化していた
現在のKPGのホームページを見れば、「ふふ」に代表される高級旅館、ホテル、リゾート、飲食店、スパ、エンターテインメント、不動産、アセットマネジメントまで手がける、しゃれた総合レジャー企業に見える。
だが、その歴史を20年以上さかのぼると、まったく違う顔が出てくる。2003年、BloombergはKPGを全国で40軒、1059室のラブホテルを運営する会社として報じている。売上高は120億円。当時37歳だった加藤友康氏はラブホテルを100軒まで増やす構想を語っていた。翌2004年のReuters配信記事でも、KPGは42施設を展開する日本有数のラブホテル事業者として登場する。シンデレラや「毎日がクリスマス」といったテーマのホテルまであったという。
加藤氏がそこで語っていた考え方が面白い。ラブホテルは、単に男女が数時間過ごす「部屋」を売る商売ではない。大切なのは、そこで味わう体験全体だという趣旨だった。
この発想を頭に入れてからつるとんたんを見ると、大きな器に盛られたうどん、派手な内装、店ごとに違う空間、明太子クリームからすき焼きまで何でもありのメニュー構成が、急に腑に落ちてくる。
ラブホテルもうどん屋も、売っているのは「箱の中で過ごす時間」なのだ。
ちなみに、現在ラブホテルを全国でプロデュースするGHPは、公式サイトで真正面から「まじめにラブホやってます」と掲げ、全国100施設超のプロデュース実績を公表している。過去には加藤友康氏が代表を務めたプレジャーワンがGHPの「クラブチャペルホテルズ」のPRを担うなど、両者の事業上の接点も確認できる。ただし前述した通り、現在の双方の公式会社概要では現時点の資本関係までは確認できない。
もっとも、「つるとんたん」はラブホテルの副業ではなかった
ここで話を単純化してはいけない。「ラブホテルで儲けた会社が、イメージのいい商売としてうどん店を始めた」そういう話ではないのである。
近畿大学のウェブメディア「Kindai Picks」のインタビューによると、加藤友康氏が22歳で父の会社を継いだ時、会社には20億円もの負債が残されていた。もともと加藤氏はプロのミュージシャンを目指し、大手音楽事務所からデビューの話まで来ていた。しかし、父の病状悪化を受けて家業を選んだ。
その父が経営していた事業の一つに、「本家さぬき」といううどん店があった。ところが、その店がなかなかすさまじかった。加藤氏の回想によれば、スタッフは皿を割っても平気な顔。給料日になると麻雀へ行って帰ってこない。客から怒られるのは日常茶飯事だったという。普通なら閉めてしまいそうな店である。
だが加藤氏は香川へ飛んだ。金がないから、うどん店を1日に15軒食べ歩いた。人気店をそのままコピーするのではなく、「この場所なら、どんな店なら客が喜ぶのか」を考えた。人も足りず、大学時代の友人、その母親、果ては昼食を配達しに来た別の店の配達員まで誘ったという。
そうして1989年、大阪・宗右衛門町につるとんたんが生まれた。つまり、つるとんたんは余裕のある会社が始めた新規事業ではない。20億円の借金を抱えた22歳の若者が、父親から残されたボロボロのうどん店を何とかしようとして生まれたブランドだった。それを37年間かけて育てた。だから今回の売却をKPGが大きな決断と表現するのも無理はない。
加藤友康は以前、「これ以上増やさない」と言っていた
では、そんな看板をなぜ売るのか。実は、加藤氏自身が以前から答えを口にしている。2021年のKindai Picksの取材で、加藤氏は自ら「ブランディングスケール」という考え方を説明している。成功したからといって、どこまでも店を増やしてはいけない。広げすぎればブランド価値が下がり、品質も維持できなくなる。
そして当時、つるとんたんについて明言した。「これ以上増やすつもりはありません」店舗ごとにコンセプトも内装もメニューも変える。効率を考えれば面倒な経営だ。しかし、それをやったから32年間続いてきたのだという。
そして5年後。2026年9月17日の売却発表でも、KPGはほとんど同じ説明をしている。つるとんたんについて、KPGでは「現在の店舗数を最適なスケールとして設定しておりました」と明記した。そのうえで、サンマルクと話をする中で、同社ならブランドの潜在力を引き出し、さらに成長させられると判断したという。
ここに今回の売却を理解する肝がある。KPGから見れば13店舗は完成形に近い。サンマルクから見れば、たった13店舗しかない。同じブランドを見ながら、片方には天井に見え、片方には床に見えたのである。
しかもカトープレジャーはいま、「1000億円企業」を目指している
もう一つ、今回のタイミングを考えるうえで見逃せない変化がある。KPGは2023年、経営体制を大きく変えた。加藤友康氏は代表取締役グループ代表に残りながら、代表取締役社長兼グループCEOには加藤宏明氏が就任した。加藤宏明氏はニューヨーク大学大学院でホテルファイナンスを学び、KPG入社後はつるとんたんの海外展開やホテル・リゾート事業などを担当してきた人物だ。
いわば、サクセッションプランとして、父が作った会社を次の世代が拡大する局面に入っている。そして今回のつるとんたん売却に際し、KPGはプレスリリースの後半をわざわざ「KPGの今後について―これからの事業ビジョン―」に割き、1000億円企業を目指していることを改めて記した。
現在の年間取扱売上高は520億円。およそ倍にしなければならない。近年は「ふふ」の拡大だけではなく、2025年には創業190年を超える京屋酒造の経営権を取得。2026年には約25万㎡の「プレジャーリゾート 伊豆赤沢温泉」をグランドオープンさせるなど、宿泊、リゾート、酒、ウォーター事業へ領域を広げている。
つまり今のKPGは、「つるとんたんをどうやってあと10店舗増やすか」を考えている会社というより、次の数百億円をどこで作るかを考える会社になりつつある。128億円というまとまった資金を得る今回の売却は、その流れと無関係とは考えにくい。
もっとも、KPGは128億円の具体的な使途を明らかにしていない。したがって「ホテル投資に回す」「借入金を返済する」などと断定することはできない。ただ、公表資料から少なくとも言えるのは、売れなくなったから捨てたブランドではないということだ。むしろ逆。売れるうちに、最も高く評価してくれる相手へ渡した。
そう見る方が、今回の発表とは整合する。
サンマルクは「うどん」が欲しかったわけではない
そして、その相手がサンマルクHDだったことにも意味がある。サンマルクは2024年、「京都勝牛」と「牛かつもと村」をM&Aで手に入れた。その効果で、もともと2029年3月期に目標としていた売上高800億円を予定より早く達成する見込みとなり、2025年11月には中期経営計画を更新した。そこでも「M&Aの検討は継続」と明記している。
そして2026年5月には、本社機能を岡山から京都へ移した。理由として掲げたのが、「京都ブランド」を使ったグローバル展開と国内出店の加速だった。インバウンドで人気を集める京都勝牛を世界へ広げる。そのための商品開発や店舗開発機能まで京都へ集めている。
そこへ「つるとんたん」が来た。牛カツの次は、うどんというわかりやすさだ。
2025年に日本を訪れた外国人旅行者は過去最多の4268万人。観光庁によると、訪日外国人旅行消費額は約9兆4549億円まで膨らみ、そのうち飲食費だけで2兆688億円に達した。外国人観光客からすれば、日本人が普段何げなく食べている「うどん」「牛カツ」「ラーメン」まで観光コンテンツになる。
しかも、つるとんたんは都合がいい。丸亀製麺のように安く、早く食べるセルフうどんとは違い、1杯1000~2000円台を中心に、酒も一品料理もデザートもある。巨大な器に盛られ、店は六本木、銀座、羽田、渋谷、軽井沢といった観光客の集まる場所にある。
日本人にとっては「ちょっといい外食」。外国人には「日本で食べたうどん」という旅行体験になる。
一つの厨房で、二つの財布を狙えるブランドなのだ。サンマルクの藤川祐樹社長が、セルフ式では満足しない客に独自の価値を提供すると語ったのも、そこに理由がある。サンマルクの公式発表でも、つるとんたんについて「店舗数は少ないながらも圧倒的な知名度」と評価し、日本だけでなく世界へ広げる方針を打ち出している。
「広げない会社」から「広げる会社」へ
こうして見ると、128億円という取引は妙に象徴的だ。加藤友康氏は、つるとんたんを37年間育てながら、「広げすぎない」ことでブランドを守った。サンマルクは、その「広げられていないこと」に128億円を払った。売り手には完成品。買い手には未開拓市場。だから話がまとまった。
つるとんたんを1号店から育てた加藤氏にとっては、簡単な決断ではなかったのだろう。実際、KPGのプレスリリースには、通常のM&A発表としては珍しいほど、売却への思いが長くつづられている。藤川氏の経営理念や人材への考え方まで聞き、「深く共感」したから託したのだという。それだけ、大事なブランドだったということでもある。
一方で経営とは、思い出を抱え続ける仕事でもない。20億円の借金を背負った22歳が立て直したうどん店は、37年後、128億円の値札が付くブランドになった。KPGはいま、1000億円企業を目指して次のレジャー事業を作ろうとしている。サンマルクは、日本人と訪日客の両方を呼べる「日本食ブランド」を世界に広げようとしている。
サンマルクが128億円で買ったのは、うどんのレシピだけではない。KPGが37年かけて作った、「わざわざその店へ行く理由」なのではないか。問題は、それを何十店舗まで増やしても、なお「わざわざ行きたい店」でいられるかだ。
皮肉にも、そこから先は、つるとんたんを売った加藤友康氏が長年最も警戒してきた領域なのである。



