
「タクシー運転手を守る」という話ではなかったのか。9月15日、タクシーアプリ「GO」、米Waymo、日本交通の3社が、2027年中に東京で完全無人の自動運転タクシーを商用化すると発表した。国内初を目指し、最終的には100台規模まで広げる計画だ。これは素直に歓迎すべき話だろう。
深刻な運転手不足に苦しむ日本で、ようやく「運転手のいないタクシー」が現実になろうとしている。
ところが、会見で飛び出した業界最大手日本交通の川鍋一朗氏の言葉が、ネット民の神経を逆なでした。
自動運転が広がれば、いま働いている運転手はどうなるのか。これに川鍋氏は、運転手は毎年10%弱が入れ替わるため「採用をストップしたとしても」現在の運転手の仕事がなくなることはないと説明した。さらに、地図データの収集など、自動運転に付随する新しい仕事も生まれると語った。
経営者の発言としては、別におかしくない。むしろ合理的である。だが、これまでの経緯を知る人間からすると、どうにも引っかかる。
「ワーキングプアを守れ」とライドシェアに反対、今度は「採用を止めれば自然減」
川鍋氏は日本交通の代表であるだけでなく、実は業界企業が数多く集う、業界団体の全国ハイヤー・タクシー連合会(全タク連)の会長でもあるというから、まぁタクシー業界の既得権益を死守しようとする立場の人物である。実際に、この全タク連、長年、Uber型のライドシェア全面解禁に強硬に反対してきた曲者だ。
川鍋氏は2026年の年頭所感でも、欧米型ライドシェアについて、ドライバーを個人事業主化することで労働法規を逃れ「ワーキングプア層を増加させる」などと批判し、ライドシェア新法の制定に「断固として反対」すると宣言している。2023年にも全タク連は「ライドシェア解禁を全力で阻止する」と決議していた。
ところが、自社陣営にWaymoという本物の無人タクシーがやってくると、「採用を止めれば人員は自然に減る」という話になる。この落差に、Xでは「サラッとグロい」「手のひら返しではないか」といった趣旨の声が上がった。
もちろん、厳密にいえば矛盾ではない。ライドシェアで働く個人事業主の待遇悪化を懸念することと、自社の従業員を解雇せず自然減で自動化に対応することは両立する。
だが、庶民の目線ではもっと単純だ。
あれほど「労働者を守る」と言ってライドシェアを止めてきたのに、いざ自分たちが無人タクシーを握れる段階になると、運転手は自然に減らせばいいのか。
では、これまで守ろうとしていたものは、本当に「運転手」だったのか。それとも「タクシー会社」だったのか。
さてさて、川鍋氏が会長を務める「全タク連」とは、そもそも何者なのかをもう少し深堀してみよう。
全タク連とは何者? 「政府への要望・提言」が正式な仕事
正式名称は一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会。全国の法人タクシー・ハイヤー事業者でつくる業界団体で、会長は日本交通取締役でGO会長でもある川鍋一朗氏だ。ちなみに、国際自動車や大和自動車交通など業界の他の大手企業も参画している業界団体である。
興味深いのは、その仕事である。全タク連の公式サイトを見ると、事業内容には「関係諸官庁との連絡」に加え、政府などに対する「要望・提言並びにその実行の推進」が堂々と掲げられている。要するにタクシー業界の利益をまとめ、役所や政治に届ける業界ロビーである。別に秘密結社でもなければ、裏でこそこそやっているわけでもない。自分たちでそう書いている。
実際、全タク連はライドシェアを巡って政治や行政に猛烈に働きかけてきた。2021年の総会では「ライドシェアと称する白タク行為を断固阻止する決議」を全会一致で承認。当時の川鍋氏自身が、コロナ禍では「陳情に次ぐ陳情」だったと振り返っている。2023年には「多くの政治家や官僚の皆様の助けを得て」コロナ禍を生き残ったとも語っている。
政治家と官僚に陳情する。それ自体も、業界団体として普通の行為だ。
だが、ふと全タク連の最新の役員名簿を眺めてみると、少々面白いことに気付く。
会長、副会長には全国のタクシー会社経営者がずらりと並んでいる。ところが、実務を仕切る事務局側に目を移すと、急に景色が変わる。
理事長・新田慎二。元国土交通省。
常務理事・髙清水善弘。元警察庁。
常務理事・辻正剛。元国土交通省。
常務理事・久富康生。元厚生労働省系の労働行政。

官僚、官僚、また官僚である。
ここでは、行政OBが所管業界や関連団体の幹部へ再就職することを広い意味で「天下り」と呼ぶ。違法な再就職あっせんや便宜供与があった、と言っているわけではない。
では、1人ずつ見ていこう。
新田慎二理事長 国交省から警察庁、関東運輸局長を経て全タク連へ
まずは事務局トップ、新田慎二氏。これがなかなかの経歴である。国交省で自動車行政に携わり、警察庁では長官官房審議官として交通局を担当。その後、2022年7月に関東運輸局長へ就任した。関東運輸局といえば、東京を含む関東のタクシー行政を所管するど真ん中の役所だ。
2023年7月に国交省を辞職。そして翌2024年4月、全タク連の事務局参与に就き、同年6月には常務理事へ。国家公務員の再就職状況として公表されている。その後、現在は理事長を務める。
行政側でタクシー業界を監督していた人が、退職後にはタクシー業界団体の事務局トップになる。
これを見て「なるほど」と思うか、「出来すぎでは」と思うかは読者に委ねたい。
さらに新田氏は警察庁時代、自動運転レベル4に関連する制度にも携わっていた人物だ。自動運転タクシー時代を迎える全タク連からすれば、これ以上ないほど心強い人材だろう。
髙清水善弘常務理事 警察庁の交通畑、元高知県警本部長
2人目は髙清水善弘氏。こちらは警察官僚である。警察庁交通局交通企画課の高速道路管理室長など、交通行政のど真ん中を歩いてきた。高速道路の交通安全や速度規制などを担う部署である。2019年には警察庁高速道路管理室長として専門誌に論考も寄せている。
その後、高知県警本部長などを経て退官。現在は全タク連の常務理事を務めるほか、運行管理者試験センター、運行管理推進ネットワークでも役員に名前を連ねる。
タクシー業界で最も重要な論点の一つは「安全」である。ライドシェア反対でも、繰り返し前面に出されたのが安全だった。そこに、警察庁交通部門を知り尽くしたOBがいる。これも業界にとっては実に頼もしい人事である。
辻正剛常務理事 国交省の自動車行政から、退職3カ月後に全タク連事務局長
3人目は辻正剛氏。元国土交通省職員で、茨城運輸支局長を務め、その後は国交省自動車局自動車情報課の自動車登録管理室長を務めた。そして2023年1月1日に国交省を退職。同年4月1日には全タク連の事務局長になり、6月26日には常務理事に就任した。
こちらは内閣官房内閣人事局の国家公務員再就職公表資料にも、再就職先として「一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会」、地位として「常務理事」と明記されている。
所管官庁から業界団体へ。いわゆる「天下り」と聞いて、多くの国民が頭に思い浮かべるルートにかなり近い。
久富康生常務理事 労働者保護を知り尽くした元労働局長
そして4人目、久富康生氏。1991年に旧労働省へ労働基準監督官として入り、厚生労働省で労働関係法令や自動車運転者の労働時間規制、最低賃金制度などに携わった。
福島、神奈川、北海道の各労働局で労働基準部長を歴任し、2023年には長野労働局長。外国人技能実習機構でも要職を務めた。長野労働局の公式記録でも、久富氏が労働局長として運送業の「2024年問題」などに対応していたことが確認できる。
そして現在は、全タク連で労務、採用などを担当している。ここまで来ると、役割分担が妙に美しい。タクシー行政には国交省OB。交通安全には警察OB。労働者保護には厚労省系OB。
その上に、日本最大手のタクシー会社を率いてきた川鍋一朗氏がいる。陰謀論を持ち出す必要などない。
業界団体として、ほとんど完璧な布陣である。
ただし、筆者は「天下り=悪」だとは思わない
ここで一度、話を冷静にしておきたい。筆者は、官僚の天下りそのものを否定するつもりはない。
霞が関の中央省庁の官僚は激務である。若手の離職が問題になるほど働き方は厳しく、国の制度を背負う責任の重さを考えれば、現役時代の待遇が十分なのかという問題もある。中央省庁の幹部だからといって、民間のプライム上場企業の管理職と比べて桁違いの報酬を得ているわけでもない。
優秀な人材に国家行政を担わせたいなら、本来は現役時代にもっと払えばいい。ところが日本では、現役中は「公僕なのだから高給はけしからん」と抑え、退職した後に関連法人や業界団体を渡り歩くことで、長年の苦労がようやく報われるような構造が残ってきた。
そちらの方がよほど不健全ではないか。行政で30年以上培った専門知識を、退官した瞬間に捨てろというのも馬鹿げている。民間や業界団体が、その能力に相応の報酬を払うこと自体は何も悪くない。
問題は別にある。
その知識、人脈、制度への理解が国民のためではなく「既存業界の参入障壁を守るため」に使われるのなら、話は180度変わる。
なぜ米国ではUberが走り、日本では「タクシー会社の管理下」なのか
ここで、Uberを生んだ米国と日本を比べると面白い。よく「米国は規制がなく、日本は安全を重視した」と語られるが、これは雑すぎる。
カリフォルニア州ではUberやLyftを野放しにしたわけではない。州公益事業委員会がTNCという新しい事業カテゴリーを設け、免許、保険、車両検査、運転記録の確認などを課した。そのうえで、UberやLyft自身がタクシー会社とは別のプレーヤーとして市場に参入できるようにした。現在もUber、Lyftをはじめ複数社にTNCの営業許可が出ている。
つまり、新規参入を認めるか、安全を守るかの二者択一ではなかった。新規参入を認めた上で、安全規制をかけたのである。対する日本の日本版ライドシェアはどうか。
国土交通省自身の説明によれば、「タクシー事業者の管理の下」で自家用車と一般ドライバーを使う制度である。つまり、タクシーの競争相手になるはずだったサービスを、既存タクシー会社が管理する。
この奇妙さを、規制改革論者の八田達夫氏はずばり指摘している。大阪府の有識者会議で八田氏は、既存タクシー会社だけにライドシェアを認めれば利益相反が起きると指摘した。自社のタクシーを優先して動かすのが合理的になるため、利用者がタクシーとライドシェアを自由に選ぶ機会を失うというのである。
これはかなり本質的な指摘だ。寿司屋に「近所にできる回転寿司を管理してください」と頼んで、本気の価格競争が起きるだろうか。
「安全」「労働者保護」の先に守られていたのは誰だったのか
全タク連は、安全を訴え、労働者保護を訴えた。また、ワーキングプアを増やすなとも訴えた。だが、帰結する先が毎回「だから既存のタクシー会社が管理する」という話になるのであれば、国民は一度立ち止まった方がいい。
なぜ安全を守る方法が、「タクシー会社以外を市場に入れないこと」なのか。なぜ労働者を守る方法が、「Uber型の事業者を認めないこと」なのか。
そして、なぜ自動運転については、タクシー事業者が主体となる途端に、全タク連自身が「積極的に参画」「主体的に関与」となるのか。実際、川鍋氏は2026年の年頭所感で、自動運転タクシーは供給力確保に有効として、社会実装に積極的に関わる姿勢を示している。
自動運転に賛成することは正しいし、日本交通がWaymoと組むこともいいだろう。GOが巨大な配車プラットフォームになったことも、企業努力の結果だし、実際に便利なサービスだ。問題は競争に勝ったのか。競争そのものを起こさせなかったのか。ここは分けなければならないのではないか。
「腐っている」と罵る前に、見るべきはこの構造だ
SNSでは、今回の川鍋氏の発言を受け、ライドシェア反対は結局「労働者を守るためではなく、既存のタクシー事業者を守るためだったのではないか」という趣旨の批判が相次いだ。
「既得権益を守っているだけではないか」「結局、会社が残れば運転手は減ってもいいのか」。もっと露悪的な言葉でいえば、「利権を貪る腐った連中ではないか」という感情が出てくるのも理解はできる。
ただ、本当に追及すべきは個々の元官僚を悪人と呼ぶことではない。公開資料だけで、不正な働きかけや癒着があったと認定することはできない。
だが、国交省、警察庁、厚労省系の行政OBが業界団体の中枢に座り、その団体が「政府への要望・提言」を正式な仕事とし、新規参入に強硬に反対してきた。この構造そのものは、紛れもない事実である。
ならば問うべきはシンプルだ。全タク連が守っているものは、公共交通なのか、ドライバーなのか、タクシー会社なのか、それとも利用者なのか。タクシーがつかまらず、国民が駅前で長蛇の列をつくっていたとき、Uber型ライドシェアは「危険だ」「労働者を守れ」と止めた。
そして今、日本交通、GO、Waymoの準備が整うと、完全無人タクシーは2027年にも街へ出ようとしている。
「安全」「労働者保護」「公共交通」という美しい言葉が、実は既存プレーヤーの市場支配を守る盾になっていたのなら、それは検証されなければならないのではないか。
官僚の天下りで本当に怖いのは、元官僚が給料をもらうことではない。制度を作った人間と、制度に守られる業界が、いつの間にか同じテーブルのこちら側に座っていることだ。
全タク連の役員名簿は、そのことを考えるには、なかなか味わい深い1枚である。



