
「サステナビリティ」や「パーパス」を高らかに謳えば、企業は無条件に称賛される——そんな牧歌的な時代は、とうに終わりを告げているのかもしれない。
振り返れば2021年、仏食品大手ダノンのエマニュエル・ファベールCEO(現ISSBトップ)が、アクティビストから「ROE(自己資本利益率)が不十分だ」と突き上げられ、あえなく解任の憂き目に遭った。環境や社会に良いことをしてさえいれば、利益の追求は二の次で許されるわけではない。そんな資本市場の冷徹な現実を、最もグロテスクな形で体現してしまった企業がある。
かつて“サステナブランドの代名詞”として一世を風靡した米オールバーズだ。
シリコンバレー御用達「環境シューズ」の呆気ない終焉

同社は2016年、サッカーの元ニュージーランド代表であるティム・ブラウンと、バイオテクノロジーの専門家ジョーイ・ズウィリンジャーという異色のタッグにより、米サンフランシスコで産声を上げた。
「まるで雲の上を歩いているような快適さ」
そう称賛されたメリノウール製のスニーカーは、軽く、柔らかく、無駄を削ぎ落としたシンプルなデザイン性を備えていた。そして何より、地球環境への優しさに一切の妥協を許さない製品づくりは、テクノロジー業界の美的感覚と見事にマッチした。グーグルのラリー・ペイジやアップルのティム・クックら名だたるVIPがこぞって愛用し、「シリコンバレーを歩けばオールバーズに当たる」とまで言われたほどだ。
厳しい環境・社会基準をクリアした証である「B Corp(Bコープ)認証」を取得し、2021年のナスダック上場時には時価総額40億ドル(約6400億円)という途方もない評価額を叩き出した。まさにパーパス経営の優等生だった。
ところが、その栄華は長くは続かなかった。実店舗の拡大やZ世代への迎合など、的外れな戦略が裏目に出て業績は急降下。株価はピーク時から99%も大暴落し、文字通りの「ペニー株(ボロ株)」に成り下がったのだ。
日本での地道なサステナ活動と、米本社の「AIシフト」の残酷なコントラスト
なお、日本の消費者からすれば、今回のピボット(事業転換)のニュースは寝耳に水だったかもしれない。
日本では販売代理店であるゴールドウインを通じて事業が展開されており、折しも4月8日から5月10日まで、新宿高島屋と二子玉川ライズで期間限定のポップアップストアが開催されている最中だった。
店頭では「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」というパーパスを掲げ、26年春夏の新製品や先行販売の「ストライプスコレクション」を展開。さらに、本来なら捨てられてしまうプラスチックを活用して靴ひもをデコレーションする「特別ワークショップ」など、地道で真摯なサステナビリティ活動が行われている。
しかし、その真っ只中である4月15日。米本社は突如として、祖業である靴事業の全資産をたった3900万ドル(ピーク時評価額の約1%)で身売りし、社名を「ニューバードAI(NewBird AI)」に変更すると発表したのだ。
日本の店舗で「地球環境への優しさ」を丁寧に顧客に訴求しているまさにその裏で、米本社は靴を手放し、転換社債でかき集めた5000万ドルを元手に、莫大な電力を消費する「AIのコンピューティングインフラ事業(GPUリースなど)」への転換を決めていた。この極端なコントラストは、資本市場の冷酷さを浮き彫りにしている。
「靴屋がAI屋に?」ネット民も呆れる狂乱のドットコムバブル再来
この靴からAIという無茶苦茶なピボットに対し、AIというバズワードに条件反射する株式市場は熱狂した。同日の株価は一時800%超の急騰を見せ、最終的に前日比582%高で引けた。
ネット上でも、この前代未聞の事業転換に対し、驚きと呆れが入り混じった声が殺到している。ある個人投資家はSNSでこう吐き捨てた。
「靴メーカーが靴作るのやめてどうすんねんとか言ってたら、いきなり『事業売った金でGPU買い込んでAIビジネスやるど!』って、意外過ぎるピボット。AIって言うだけで株価ブチ上がるとか、こんなんガチでドットコムバブルやんけ。靴屋がAI屋になれるならもう何でもアリや」
また、別の海外の市場関係者は、この異常な熱狂の裏にある資本市場の滑稽さを次のように冷ややかに分析している。
「Allbirdsに何が起こったのか理解していますか。文字通り永久に閉鎖される寸前だった靴の会社が、すべてのスニーカー、すべてのロゴを売却して消し去った。そして5000万ドルを確保し『NewBird AI』に社名変更し、GPUクラウドプロバイダーになると宣言しただけで、株価が1日で急騰した。2017〜2018年は社名に『Blockchain』を追加すれば株価が3倍になり、2021年は『暗号資産』を発表すれば急騰した。そして2026年、死にゆく靴ブランドが一言『AI』と叫んで一夜にして4倍近くに。靴を作ろうが、ハンバーガーを作ろうが、何も作らなかろうが関係ない。『AI』と大声で叫べば、市場は信じてくれるのだ」
消えたパーパス。「B Corp初のAI企業」というブラックジョーク
ここで一つの強烈な疑問が湧く。彼らが掲げていた「サステナビリティ」とは、一体何だったのか? 「パーパス(企業の存在意義)」とは何だったのか?
プラスチックに依存しない天然素材の靴で地球環境を救うはずではなかったのか。もしかして、膨大な電力を消費するGPUをぶん回しながら「我々はB Corp初のAIインフラ企業だ!」とでも言い張るつもりなのだろうか。もしそうなら、極上のブラックジョークである。
靴を売って得た小銭と、転換社債でかき集めた5000万ドルを元手に、アマゾンやマイクロソフトが覇権を握るAIデータセンター市場に小さなナイフ一本で戦車戦に飛び込むような算段だ。実態の伴わないペーパーカンパニー的な延命措置と見る向きが多いのも頷ける。
なりふり構わぬ生存本能こそ真のサステナビリティかも
だが、オールバーズを理念を捨てた拝金主義とただ冷笑し、非難するだけで終わらせてよいのだろうか。歴史を振り返ると、少し違った景色が見えてくる。
数十年、あるいは百年以上続く長寿企業を観察すると、彼らは決して最初から同じビジネスを続けているわけではない。むしろ、是が非でも業態や業容をドラスティックに変えながら生き残ってきた会社の方が圧倒的に多いのだ。
例えば、自動織機から自動車へと舵を切ったトヨタや、写真用フィルムの消滅という絶望的危機から医療・化粧品メーカーへと華麗なる転身を遂げた富士フイルムは有名な事例だろう。海外に目を向ければ、製紙業や長靴製造から携帯電話の世界的巨人へと変貌したノキアや、花札・トランプ製造から世界的なビデオゲーム企業へと飛躍した任天堂のような例もある。彼らは皆、時代の荒波の中で祖業の衰退を悟り、まったく異なる分野へ飛び込むという修羅場をくぐり抜けてきた。
企業にとって究極の罪は「倒産し、雇用や資本を消滅させること」である。綺麗事を並べて静かに死を待つよりも、なりふり構わず、どんな流行語に便乗してでも生き残ろうとする強烈な意志。泥水に塗れながらも次のビジネスの種を探り当てる執念。もしかすると、こうした露骨なまでの生存本能こそが、企業を存続させるための「真の意味でのサステナビリティ(持続可能性)」なのかもしれない。
とはいえ、彼らが立ち向かうのはNVIDIAや巨大クラウド企業がひしめく修羅の国だ。AIという魔法の呪文を唱えて市場を上手く騙し、株価を吊り上げられるのは、それこそ「せいぜい1日」といったところだろう。
メッキが剥がれ落ちる前に、彼らは本当にGPUをかき集め、まともなデータセンタービジネスを立ち上げることができるのか。サステナブランドの寵児が見せた“狂乱のAIシフト”の結末は、笑い話で終わるのか、それとも奇跡の復活劇となるのか。市場の熱狂が冷めた2日目の景色が、今から楽しみでならない。



