法人のサステナビリティ対応が問われるなか、事業活動を通じて社会課題の解決と経済的利益の両立を目指す動きが広がっている。
元JICA職員の紺野貴嗣さんが立ち上げたトークンエクスプレス株式会社は、企業の社会的インパクトを可視化し、事業戦略に組み込むことで、社会貢献を成長のエンジンに変える支援を行っている。
社会貢献を事業成長の軸に
2024年6月、岸田文雄首相が提唱した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の改訂版が開示された。改訂版では、社会課題の解決と経済成長を両立させる「インパクトスタートアップ」に対する総合的な支援策が打ち出されていることが注目された。
近年、企業では、従来の財務情報だけでなく、経営戦略や経営課題、サステナビリティの取り組みなど、数値や数量で表せる財務情報以外の非財務情報の可視化の重要性が言われるようになっている。
2023年度から上場企業は非財務情報を開示することが義務付けられるようになるなど、この動きは加速しており、非財務情報開示は企業が社会の一員としての責任を果たすと同時に、持続的な成長を遂げるために不可欠な要素として認識されつつある。
こうした非財務情報開示の流れが生まれている文脈のもと、社会的にもESGやサステナビリティの概念が浸透してきたことで、本業を通じて社会課題の解決と経済的利益の両立を目指す企業が増加しつつあるようだ。
こうした企業を「インパクトスタートアップ」と呼ぶ向きがある。そして、社会課題の解決と経済的利益の両立を目指す企業の社会性を定量化する際に言及されるのが「社会的インパクト」である。
トークンエクスプレスの紺野さんは「社会的価値は、実際に起こせた社会変化(インパクト)で把握することが重要。何をやったかではなく、どれくらい変化をもたらしたか」と語る。
トークンエクスプレスは、このような社会的インパクトを測定し、可視化することで、企業の事業成長を支援している会社だ。
同社が提唱する「インパクトグロース」という考えは、事業活動が社会にもたらすポジティブな変化(インパクト)を最大化することを目指す経営戦略である。
国際協力から「インパクト」へ:紺野氏の軌跡
紺野さんは、東京工業大学で土木工学を専攻後、国際協力機構(JICA)に入職。イラク戦争後の復興支援や、エジプト、中東地域における社会課題解決事業の企画・実行に携わってきた。
「幼い頃から街の景観と人々の暮らしに興味があり、街づくりを通して社会に貢献したいと考えていました。大学卒業後は、よりダイナミックな社会課題解決に携わりたいと思い、JICAに入職しました」と紺野さんは当時を振り返る。
JICAでは、途上国の政府関係者や事業者と協力し、インフラ整備や教育、医療など、様々な分野のプロジェクトに従事。その中で紺野さんは、日本の民間企業が持つ技術やノウハウが、途上国の社会課題解決に大きく貢献する可能性を感じていたという。
しかし、同時に多くの企業が、自分たちの事業がもたらす社会的インパクトを十分に認識していない現状も目の当たりにした。
「企業が社会貢献と事業成長を両立させるためには、その価値を可視化し、戦略的に活用していくことが不可欠だと痛感しました」と、紺野さんは起業のきっかけを語る。
企業の「社会性」可視化がもたらす効果
企業の社会的な取り組みを可視化するとは、具体的にどのようなことを指すのだろうか。
売上や利益といった財務情報だけでなく、環境保護、人権擁護、地域貢献といった社会的な価値を、数値や事例などを用いて具体的な指標で示すことで得られる利点は何なのだろうか。
この問いのわかりやすい事例が、宿泊予約サービスのAirbnbの例だと紺野さんは語る。
「すべての人がどこにいても居場所を感じられる世界」というビジョンを掲げ、地域経済の活性化や多様な文化交流を促進している。彼らは、宿泊体験の予約数や総額といった指標を重視することで、社会的なインパクトを可視化し、事業成長の原動力としてきた。
従来の財務情報のみで判断される世界では、「投資家をはじめとした多様なステークホルダーの理解・共感は得られないビジネスだったことは言うまでもないと思います」(紺野さん)。
このように、企業の社会的インパクトを可視化し、事業戦略に組み込む動きが世界中で拡大している。
紺野さんは、インパクト可視化の意義を「プロセスを通じて、単なる数値目標ではなく、事業に携わる人々の『想い』や『ストーリー』が浮かび上がってくる点」だと強調する。
パナソニックとの導入検証:そのプロセスと成果
社会課題解決ビジネスの多くは、その事業内容や成果が複雑で分かりにくく、企業や投資家からの支援を得ることが難しいという課題を抱えている。トークンエクスプレスが提供する社会的インパクトの可視化によって、まさに前述した「想い」や「ストーリー」が浮かび上がったわかりやすい事例がある。
同社は2023年末にパナソニックの「everiwa(エブリワ)」という共創型コミュニティに参画し、新規事業構築におけるインパクト指標の導入支援を行っている。
パナソニック社内で行われている新規事業の創出活動から選出された2つの社会課題解決型ビジネスを対象に、インパクトの可視化を支援するというものだった。
具体的には、それぞれの事業が目指す社会像を明確化し、その実現に向けた具体的な指標を設定した。そして、事業活動を通じて創出される社会的インパクトを定量的に測定し、評価する仕組みを構築したという。
インパクト可視化後に検証の方法として、後日15名の関係者(事業会社や金融機関などeveriwa参画企業の他、NPO、自治体)にプレゼンをしたそうだ。
「ビフォーアフターで協力したいと思う気持ちがどう変わるのかという実験をしたのです。アンケート項目は、事業内容への理解度、事業の社会的な意義への共感、協業意欲などを測定するもので計11項目から構成されました。結果は明白。我々が入る前よりも入った後の方が支援したいとの回答を得ることができました」(紺野さん)
「2つの事業とも、数値データに基づいた客観的な評価を受けることができ、事業内容に対する社内外の共感や期待値が向上しました。さらに、協業や支援の申し出が増加するなど、事業成長に向けた具体的な成果も得られたのです」(紺野さん)
全てのアンケート項目において、介入前と比較して有意な向上が見られたという。具体的には、以下の4つの項目において、特に大きな変化が見られたそうだ。
- 事業が目指す社会の変化が明確になった。
- 事業が目指す社会の変化は、自社の社会課題解決の関心に合致するようになった。
- 事業のアプローチが具体化されたことで、事業の実現可能性が高まったと感じる。
- 事業への協業支援意欲が高まった。
「これらの結果から、社会課題解決ビジネスにおいて、インパクト指標を明確化し、目指す社会像やアプローチを具体的に示すことは、企業や団体からの協業支援意欲を高める効果があると示唆されました」(紺野さん)
「印象的だったのは、アフターのプレゼンを聞いたあとに、実は自分もこういうバックグラウンドがあってねという自分語りをしてくださる方が多かったことです。共感の輪が広がっていく瞬間に立ち会えたのかなと。インパクトは仲間を募って、事業を拡大するために有効なのです。目指す社会像を実現していく、それを加速するための仲間集めのツールとして使えるのだなと」(紺野さん)
「インパクトの設計や指標づくりって、ドライなイメージを持たれると思います。机上の空論的なイメージですね。でも本当は、そうではなくて、事業者の思いが具体化されていくのに効果的なツールなのです。事業が及ぼす社会的な影響を大きくして、社会をこういうふうに変えていきたいと思う人が、事業に共感する仲間を集めて非連続な成長を遂げていく、そのためのツールとして機能する可能性があります」(紺野さん)
この検証結果は、インパクトの可視化が、事業の成長だけでなく、社会課題の解決を加速させる可能性を示すものとして注目されるに足るだろう。
株式会社Sacco 代表取締役。一般社団法人100年経営研究機構参与。一般社団法人SHOEHORN理事。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。社会的養護の自立を応援するヒーロー『くつべらマン』の2代目。
連載: 日経MJ『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』
今後の展望:すべての企業がインパクトを重視する社会へ
企業の社会的インパクトを可視化し、事業戦略に組み込むことは、もはや一部の先進的な企業だけのものではない。今後、あらゆる企業にとって、必須の取り組みとなっていくと考えられる。
しかし、そのためには、企業側の意識改革や、インパクトを適切に評価する制度の整備など、解決すべき課題も多い。
紺野さんは、「企業が社会貢献と事業成長を両立させることで、より良い社会を創造していくことができると信じています。私たちは、これからも、企業の社会的インパクトを最大化するための支援を続けていきます」と語る。
すべての企業が、社会の一員としての責任を果たすと同時に、自社の持続的な成長を実現していくために、「インパクトグロース」という視点を積極的に取り入れていくべきである。