広報問題で炎上する兵庫県知事選挙
真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である。ナポレオンのこの名言を、齋藤元彦兵庫県知事は、いま噛みしめているだろう。劇的な逆転劇で兵庫県知事選挙で再選を果たした齋藤元彦知事の陣営が大きな問題に直面している。
11月20日に突如、株式会社merchu(メルチュ)の折田楓氏が自身のnoteにて、兵庫県知事選挙における齋藤元彦陣営の広報戦略を担っていたことを開示。さらには、具体的な施策の数々まで、これでもかと丁寧に解説した記事を公開したことに端を発した今回の炎上劇。
イチ広報の肥大した自己承認欲求の発露が「キラキラ広報」として批判を浴びるに留まるならいざしらず、22日現在、議論の行方は、齋藤元彦知事の公職選挙法違反の可能性まで指摘されるようになってしまっている。
SNS時代における広報活動の危機管理と職業倫理が問われる本件は、地方行政におけるPR業務の在り方に警鐘を鳴らす重要なケースとなっている。
この記事では、株式会社merchuの活動やSNSでの炎上の経緯、キラキラ広報の課題、地方行政と民間PR企業の関係性について深掘りし、問題の本質を探る。
株式会社merchuの広報活動と炎上の背景
兵庫県知事選挙における広報戦略を担ったのは、神戸市を拠点とするPR会社、株式会社merchuだ。その代表である折田楓氏は、ネット上の公知の情報によると、フランス大手金融機関での勤務経験を持ち、母とともに婚活サロンMariage Tutuを立ち上げた後、SNSやWebを活用したブランディング事業を展開。行政や企業の広報業務を150件以上手がけてきた実績がある。
今回の知事選挙において、merchuはSNSを駆使した「戦略的広報」を打ち出した。しかし、折田氏が選挙後にその戦略内容を自らSNSやブログで公開したことで、逆に批判を招く結果となった。
齋藤元彦知事の失職に伴う兵庫県知事の出直し選挙はこれ以上ない劇的なストーリーを辿った。9月末の失職後、誰もいない中の辻立ちから始まり、それが選挙戦終盤には、大観衆が応援に駆け付けるようになり、対立候補に打ち勝つ、それこそ折田氏がいうように「映画のような」逆転劇と言える。
それだけに、広報支援した折田氏の言い分が正しければ、彼女、そしてmeruchuは優秀な働きをしたのだろうが、その功績をひっくり返してあまりある失態を演じてしまったことが、残念で仕方がない。
黒子が裏の仕掛けを明かしてしまってはお終いよ、という話である。
事実、投稿が業務性の高い広報活動として公職選挙法違反の疑いを生じさせたほか、SNS上での発言が自己顕示欲の強さを象徴するものと捉えられ、炎上を引き起こした。
xでは以下のようなシナリオが予測されている。
公職選挙法違反の可能性とSNS時代の広報リスク
本件で注目されるのは、merchuが選挙活動の対価を受け取っていた場合、公職選挙法に抵触する可能性がある点だ。一方で、同社が「無償での協力」をしていた可能性も指摘されている。しかし、無償であっても、公共性の高い選挙活動において透明性や公平性が求められる中で、問題がなかったとは言い切れない。
さらに、SNS時代の広報活動には新たなリスクがつきまとう。個人が自身の発信力を駆使して広報活動を展開する中で、公私の境界が曖昧になりやすく、今回のような炎上や批判が生じる土壌を作っている。
特に折田氏の投稿には、「映画化されるかも」や「私がやりました!」といった自己主張が目立ち、「依頼主である知事よりも自分を目立たせる発言」だと受け取られ、広報活動の本質を逸脱しているとの指摘が多い。
ただ、同社は産学官相手に豊富な実績を持つ会社ではあるようだ。
meruchuとは
ここでmeruchuとはどういった会社かを見ていこう。
兵庫県神戸市に本社を置くmerchuは、広報・PRコンサルティングやブランディング事業を中心に手がける企業。同社は地方自治体や民間企業向けに、デジタルマーケティング支援やイベント企画運営、写真撮影、ウェブサイト制作といった幅広いサービスを提供しており、自治体が抱える課題解決や地域活性化の促進において重要な役割を担ってきた。
特に地方創生や観光PR、移住推進といった行政案件を得意とし、これまでに兵庫県をはじめ広島県、岡山県、徳島県、神奈川県など、複数県の市区町村と協力を行ってきたことが伺える。
例えば、神戸市の公式Instagramアカウントの立ち上げや運用を支援したほか、地域特化型メディア「Kobecco」を立ち上げ、神戸の魅力を広く国内外に発信している(神戸のタウン誌、月刊神戸っ子が運営する「KOBECCO」とは別サイトの模様。kobeccoは29日現在閲覧ができないようになっている)。こうした活動を通じて、地元兵庫県を起点に、地方自治体との連携を拡大させてきたことが予測される。
同社の活動は、広報業務にとどまらず、働き方改革や社会課題の解決にも力を入れている点が特徴だ。
総務省近畿総合通信局が選ぶ「テレワーク先駆者百選」にも選ばれており、創業から1年余りでテレワーク制度を導入した先進的な事例として注目を集めている。2018年10月に開始された同制度では、従業員が自由に働ける環境を整備し、従業員のワークライフバランス向上を図るとともに、業務の効率化を追求。導入に際しては、タスク管理ツール「Asana」やチャットツール「Slack」、ビデオ会議ツール「Zoom」などのITソリューションを積極的に活用し、業務の進捗状況を可視化することで、課題を解決してきたことが開示されている。
テレワーク導入により、同社は子育て中の女性やフリーランス、遠隔地に住む人材を積極的に採用し、仕事の多様性を追求している。こうした取り組みの結果、働き方改革を推進する企業として評価され、ひょうご産業SDGs推進宣言企業やひょうご・こうべ女性活躍推進企業(ミモザ企業)といった認定を受けている。また、Meta社(旧Facebook)の公認ビジネスパートナーにも認定されており、SNSマーケティングやデジタル広告の分野でも高い専門性を有する企業として知られている。
merchuは、地方自治体の公式SNSアカウントの運用や、地域の観光PR、移住促進を目的とした広報活動を通じて、地域の魅力を発信する役割を担ってきた。同社代表の折田楓氏は、「地元に足を運び、その土地の空気を感じ取ることが、クライアントの魅力を引き出すうえで重要だ」と語っており、現地の人々との対話や体験を通じて、独自の視点を取り入れたクリエイティブな広報戦略を展開することを心掛けているという。同社の広報活動は、その土地固有の魅力を引き出し、地域社会に貢献することを目標としていることが発言で伝えられている。
「キラキラ広報」の課題:自己顕示欲が招く信頼性低下
折田楓氏やmerchuが展開した広報活動は、いわゆる「キラキラ広報」として批判を受けている。先日も、タイミーが広報に端を発して炎上したばかりだ。「キラキラ広報」とは、広報担当に対するこれ以上ない侮蔑だが、実際に取材活動をしていると、確かに、と思えるような人も少なくないことは事実である。
SNSには、若くて、可愛い、綺麗な、広報担当がぬるい仕事をしてSNSを自己顕示欲の発露と紐づけながら、活動する様が散見される。会社の代表であるという意識に欠けるというか、おそらく危機管理のガバナンス意識はガバガバだなって感じの人物だ。昨今の広報炎上案件に共通するのは、もっぱら自らを目立たせる形で依頼主の広報活動を行う手法であり、特にSNS全盛の時代に多く見られる現象と言えるだろう。
この手法は依頼主のブランドイメージを損ないやすいリスクを孕んでいる。広報担当者が「黒子」としての役割を果たすのではなく、自身を主役化することで、依頼主の目的が曖昧になったり、広報活動が炎上したりするケースがある。本件でも、知事選挙という重大な公共性を帯びた活動において、広報担当者の自己アピールが目立ちすぎた結果、批判が集中する事態を招いた。
地方行政と民間PR企業の透明性と倫理観
地方行政が民間PR企業を活用する意義は大きい。専門性の高い広報戦略やブランディングが可能となり、自治体の魅力を効果的に発信できるからだ。しかし、その際には透明性や倫理観が徹底される必要がある。特に、選挙など公共性の高い活動では、PR企業の利益誘導や不透明な契約が疑われることのないよう慎重な対応が求められる。
また、折田楓氏自身のSNS発信についても、再考が必要だ。ハイブランドを纏う生活や実家がどんな事業を営んでいるかなどが容易に特定できるプライベート情報が炎上から2日近くたっている22日現在も、数多く公開されており、これが企業イメージの低下やさらなる炎上の火種となりかねない。公私の情報公開を分け、SNS設定を適切に変更することが、今後のリスク回避に不可欠だろう。
経済メディアとしての考察:広報業界の未来と提言
本件を通じて浮き彫りになったのは、SNS時代の広報活動におけるリスクと、地方行政が民間PR企業を活用する際の課題だ。注目すべきは、こうした問題が自治体と民間企業の信頼関係や経済的な影響に波及する可能性である。依頼主である自治体の信頼を損なえば、地方創生や地域活性化の取り組みにも悪影響が及ぶ。
広報業界全体として、依頼主の目的を第一に尊重し、透明性と倫理観を持った活動が求められる。また、広報担当者自身のSNS発信についても、プロとしての自覚を持ち、慎重に行うべきだ。本件を通じて地方行政と広報業界の健全な協力関係の重要性を訴えたい。
何より、選挙活動とは「権力闘争」そのものである。勝つ者がいれば負ける者もいることなのだ。アンチ齋藤派がこぞって折田氏の投稿を問題視し始めているのをみるに、もはや覆水盆に返らず、事態はこの先どうなることやらであるが、引き続き注視していきたい。