
不正を知らせる内部通報が届いた。その後の社内調査で行われたのは、過去の説明を取り繕うための資料作りだった。浜岡原発の再稼働審査を巡る中部電力の調査報告書には、そんな経緯が記されている。問題を正すための仕組みが、なぜ、問題を隠す作業に利用されてしまったのか。
中部電力は9月14日、浜岡3・4号機の再稼働に向けた申請を取り下げると決定。勝野哲会長と林欣吾社長も9月30日付で退任する。だが、統合報告書に並ぶガバナンスの説明と、調査で明らかになった社内のやりとりを読み比べると、トップ交代だけでは片付かない問題が見えてくる。
浜岡原発で行われた、結果ありきの「つじつま合わせ」
今回の問題は、原発がどれほどの地震の揺れに耐えられるかを確かめる審査で起きた。その前提となる揺れの想定を作る際、中部電力は一部の評価で、大きな揺れを示す計算結果を候補から外していた。原発の設備を確かめるための物差しを作る段階で、採用するデータを選別していたのである。
説明と実態が食い違う事例もあった。中部電力は、20組の計算結果から平均に最も近いものを選ぶと説明していた。ところが、あるケースでは違う選び方をしていたため、採用済みの結果が平均に最も近くなるよう、比較対象のデータを後から入れ替えた。その図を2019年1月の審査会合で示していた。選ぶ手順を守ったのではなく、守ったように見える資料を作ったわけだ。
計算手法の技術的な評価には複雑な論点があり、調査委員会も全ての行為を「改ざん」「過小評価」などと一括りにすることには慎重だ。
原子力規制庁の元幹部で、安全工学を専門とする山形浩史・長岡技術科学大教授は、朝日新聞の取材に、何千パターンもの計算から都合のよいデータを選んだ場合、「それを見抜くのはとても難しい」と指摘している。そのうえで、「不正が起こるのは経営の責任で、個人の責任ではない」と述べている。
統合報告書には「是正」、社内メールには「外部への通報」
なぜ、社内で止められなかったのか。制度がなかったわけではない。中部電力の統合報告書「中部電力グループレポート2025」の90ページを開くと、内部通報窓口「ヘルプライン」の説明がある。相談を受ければ「事実関係を調査のうえ」対応し、違反があれば「違反の是正や再発防止策の実施」などを行うという。社内外の窓口、匿名での相談、相談者の保護に加え、受付から調査、回答までの流れも図で示されている。紙面上では、問題を知らせれば会社が動く仕組みが整っている。
では、実際の対応はどうだったのか。調査報告書が記す2021年の出来事にさかのぼる。
同年1月、地震の揺れの選び方について、審査での説明と実態が違うとの内部通報が寄せられた。ヘルプライン事務局が調査を依頼した先は、問題を指摘された業務の担当部署である原子力土建部だった。調べられる側に、自ら調べさせたのである。
その対応中、説明を裏付けるための後付けデータが、まだ整っていないケースが見つかった。そこで同部は、採用済みの結果が平均に最も近くなるデータの組み合わせを追加で作成。その一部を、当時の社内調査報告書に載せていた。通報を受けて増えたのは、実態を明らかにする資料ではなく、実態を取り繕う資料だった。
さらに目を引くのが、通報者への回答を相談した同年2月の社内メールだ。そこには、「今回もっとも防止しなければならないのは」として、通報者が原子力規制委員会など外部へ問題を持ち込むことだ、という趣旨の意見が記されていた。そのため一定の情報を開示する必要があるとの議論に対し、原子力土建部の管理職は、情報が規制委に全て開示されることをリスクとして挙げていた。ここで心配されていたのは、規制する側に事実が伝わることだった。
3月4日、ヘルプライン事務局は、コンプライアンス上の問題がないことを確認したとして、通報者に対応終了を連絡した。
安全工学を専門とする山形教授は、内部通報について「最後のとりで」と表現し、通報制度を機能させるには、通報者を守る明確なメッセージと保護が必要だと指摘している。今回の経緯は、その最後のとりでに届いた情報が、外部に伝わることを警戒する側から扱われていたことを示している。
しかも、昔の失敗で終わらない。2025年に規制庁から説明を求められた後にも、実際には行っていない選定手順を裏付ける資料が追加で作られ、規制庁に提示された。統合報告書が通報制度や是正の仕組みを紹介していた年にも、説明を正す機会は生かされなかったのである。
勝野哲会長・林欣吾社長、退任翌日から「特別顧問」
再稼働を急ぐ経営の重圧もあった。報告書によると、浜岡原発の運転停止による収支への影響は、2025年度の燃料価格を前提に年間約2400億円。今回の問題で新たに発生した損失ではないが、経営にとって再稼働がどれほど重い課題だったかを示す数字だ。
当時社長だった勝野氏は2018年11月、審査の進みが遅いことについて「当社の努力が足りないだけである」と発言していた。委員会は、工程管理そのものを否定してはいない。一方、現実には達成困難な日程の遅れを叱責することは、担当者を不適切な行為に駆り立てる要因となり得ると指摘した。個々の不正を直接命じたという話とは異なるが、現場だけの問題にはできない。
その勝野氏と林氏は9月末で退任し、10月1日には安井稔氏が社長に就く。しかし、会社が公表した人事資料の「退任役員」欄には続きがあった。両氏は退任翌日から「特別嘱託」となり、対外的には「特別顧問」と呼ばれる予定なのだ。経営責任を明確にするための交代でありながら、2人とも会社に残る。
顧問就任だけで、両氏に経営権限が残ると断定はできない。ただ、責任を取って退く2人を顧問として残すなら、何を担わせ、新しい経営陣との関係をどう区切るのか、説明が必要だ。
FNNプライムオンラインが9月14日午後2時17分に配信した速報によると、林氏は会見で謝罪する一方、再申請を諦めない意向を示した。
だが、再申請の前に答えるべき問いがある。問題を知らせた社員に、なぜ会社は「問題なし」と答えてしまったのか。次の統合報告書で必要なのは、制度の説明をさらに立派にすることではない。不都合な指摘を受けたとき、資料ではなく仕事の方を改めた。その実例である。



