高橋渉氏が社長に就任　オリエンタルランドの未来を託された人事

早春の光が東京湾沿いに差し込む午後、浦安市舞浜の本社ビルに報道陣のフラッシュが一斉に瞬いた。2025年3月25日、オリエンタルランドは取締役常務執行役員・高橋渉氏（67）を新たな代表取締役社長兼COOに昇格させると発表。就任は4月1日付。現社長の吉田謙次氏（64）は6月の株主総会をもって退任し、特別顧問となる見通しである。

この発表は、にわかに沸き立つ遊園地の熱気とは対照的に、経営の最前線で静かに動く大きな変化を象徴していた。

コロナ禍を越えて再成長に向けた経営刷新の舞台裏

吉田氏が社長に就任したのは2021年6月。折しも、新型コロナウイルスの影響でパークは休園と制限の繰り返し。来園者の笑顔が消えたその時期、従業員の士気を保つべく吉田氏は「明るい未来がある」と語り続けた。

着実に業績は回復へ向かい、インバウンドの戻りと新アトラクションの投入により、リゾートは再び熱を帯び始めた。しかし、吉田氏の次なる一手は「守る」ではなく「攻める」。2025年度から始まる長期経営計画に向け、新たな体制で未来を描く決断に至った。

経営を肌で知る高橋渉氏、その歩みと哲学

高橋氏は1981年入社。総務・経理・営業と多部門を渡り歩き、顧客の声と数字の両方を熟知してきた。なかでも、商業施設「イクスピアリ」の社長を務めた経験は、エンターテインメントと経営を融合させる視点を育てた。

会社側はその手腕を「企業使命を体現できる人物」と評する。高橋氏の人となりは、社内では「温厚でいて鋭い観察眼を持つ」と語られ、現場からの信頼も厚い。

このような人物が選ばれた背景には、オリエンタルランドが重視する“現場起点の経営哲学”がある。過去の社長交代の多くも社内登用であり、パーク運営の経験を持つ人材が指名される傾向が強い。特にディズニーシー開業や震災後の復興施策を担った歴代経営陣も、同様に長年社内で経験を積んだ人物であった。

この伝統的な人材登用の方針は、OLCが外部環境の変化に動じず、自らのブランド哲学を一貫して守り抜く姿勢を象徴している。高橋氏の就任も、その系譜に連なる選択といえる。

ディズニークルーズ参入と海の上に広がる第二のリゾート構想

変革の柱となるのが、いま最も注目を集めるクルーズ事業である。米国で成功を収めるディズニークルーズラインに倣い、東京発の新たな体験価値を創出しようという構想が水面下で進められてきた。

対象は、国内外の富裕層やファミリー層。豪華客船の船上でディズニーの世界観を丸ごと体験する──。それは「テーマパーク」という枠を超えた事業であり、日本発のエンターテインメント輸出の可能性も秘めている。

背景には、国内外のテーマパーク事業の競争が激化している現状がある。USJを運営する合同会社ユー・エス・ジェイは、訪日外国人観光客の取り込みを強化しており、さらなる設備投資にも積極的だ。海外では、シンガポールや中国が大型リゾート型施設の建設を進めている中で、OLCは国内完結型の成長から、グローバル展開を模索する段階に来ている。

このような状況下でのクルーズ事業の推進は、同社にとってブランドの国際展開を見据えた突破口となる可能性を秘めている。

ディズニーの未来、ブランド価値と共創のかたち

東京ディズニーリゾートは、これまで「夢と魔法の王国」として日本のレジャー文化に深く根付いてきた。そのブランド価値は、単なる娯楽の提供にとどまらず、訪れる人々の記憶や人生の節目に寄り添ってきた歴史の積み重ねによって築かれている。

その価値を守りながら、いかに次の時代と調和させるかが、オリエンタルランドの未来にとって決定的な課題となる。気候変動、働き方の多様化、そしてエンターテインメントのデジタル化──社会が激しく変化する中で、物理空間としてのテーマパークが持つ意味も、再定義されつつある。

高橋氏率いる新体制が掲げる成長戦略は、そうした変化のなかで「リアルな体験」の価値を問い直す挑戦でもある。新しい来園体験、新しい物語、新しい参加型コンテンツ。それは従来の「提供する側」と「消費する側」の関係を超え、ゲストとともに価値を創り出していく方向性を内包している。

未来のディズニーは、より静かに、しかし確実に進化していく。その変化は、パレードの音楽のように、気づかぬうちに私たちの心に残っていくのかもしれない。