
新しい薬を患者のもとへ届けるために欠かせない「治験」。その現場では、製薬会社と医療機関の間で膨大な文書や情報がやり取りされている。アガサ株式会社は、治験・臨床研究や製造に関する文書をクラウド上で共有・管理する「Agatha」を提供し、医薬品開発の効率化とスピードアップを支えてきた。
創業から10年。国内No.1といえるまでに事業を成長させた同社が、次に掲げるのは「グローバルNo.1」だ。現在は日本とフランスを中心に約110人が働き、国境を越えた一つの組織として事業を展開する。一方、異なる文化や価値観を持つメンバーが増えるほど、コミュニケーションのすれ違いや組織としての一体感の欠如という新たな課題も生まれる。
そこで同社が始動したのが、グローバルNo.1を目指すための共通言語をつくる人材施策「One Agatha Project」だ。ミッションとバリューに共感しながら、多様性に富むメンバーが自ら動く「自律した組織」をどのようにつくるのか。今回は、アガサ株式会社の鎌倉氏に、グローバルを舞台に事業を展開するための人材・組織づくりを伺った。
グローバルな医薬品開発を支える「Agatha」
――まずはアガサがどのような事業を行っている企業なのか、教えていただけますか。
鎌倉:私たちは、治験や品質に関する文書を共有・管理・保存するクラウドサービス「Agatha」を、医療機関や製薬企業をはじめ、医療機器企業、CRO、SMOなどに提供しています。
治験は、製薬会社だけで完結するものではありません。実際に患者様に薬を投与する医療機関と製薬会社が一緒になって進めていくプロジェクトです。例えば、1つの薬について50の病院で治験を行う場合、1つの製薬会社と50の病院との間で、薬に関する情報や患者様への投与結果など、膨大なやり取りが発生します。
従来、やり取りの多くが紙ベースで行われていて、医療現場にとっても大きな負担になっていました。そこで、私たちは「Agatha」を通じて業務をクラウド化し、治験や臨床研究、製造における品質向上や効率化、スピードアップを支援しています。
――現在はどのくらいの人数がメンバーとして関わっているのでしょうか。
鎌倉:当社のメンバーは、全体で約110名です。日本に約80名、海外に約30名が在籍し、海外メンバーの多くはフランス、数名がアメリカにいます。プロダクトを担当する共同創業者がフランス出身のため、開発チームは主にフランスに置いています。日本ではセールス、マーケティング、カスタマーサクセス、コーポレートのメンバーが中心です。
ただ、私たちが考える組織としては、「日本が本社で海外が支社」といった明確な境界線はありません。組織図としても、「地域の枠を超えて存在する1つの組織」として存在している感覚で事業を行っています。
――多様なメンバーで事業を進めることで、クライアントにとってどのような価値提供につながっているとお考えでしょうか。
鎌倉:薬の開発は、日本の製薬会社であっても海外での販売を前提としたグローバルなビジネスです。今は1つの薬の治験が世界各国で同時に始まる国際共同治験が主流で、そこで使われる文書の多くも英語です。そして、そのクライアントを支える私たちもグローバルであるべきだというのは、創業前から考えていたことでした。
多様なメンバーと事業を進めることは、プロダクトづくりにも良い影響があります。日本のクライアントからのご要望をフランスの開発チームに伝えると、お互いの常識が違うからこそ、何が本当に必要なのかを毎回ディスカッションする場面があります。その過程で、フランスのチームも日本のお客様が大切にされていることを理解してくれるようになりました。クライアントから当社のプロダクトを「シンプルで使いやすい」と評価いただいているのも、多様性に富んだチームで作っているからこそだと思います。
スキルや国籍以上にミッションやバリューへの共感を重視。世界に挑む組織の人材要件
――事業をグローバルに発展させるうえで、メンバーに求められる素質とは何でしょうか。
鎌倉:治験データは患者様の命に直結します。そのため、万が一問題が起きた時に決して隠さず、「正直でオープン」であることを第一のバリューに掲げています。
このバリューは英語では「Integrity(誠実さ)」と「Transparency(透明性)」と表現しています。日本語にすると、時として「何でも肯定し合う、仲の良い関係」のように受け取られることもありますが、本来は、自分の意見を持ちながら相手との違いを違いとして認め、率直に意見を交わすことを意味しています。違うと思えば違うと伝えることも、正直さの一つだと考えています。「信頼する」も英語では「Assume the best of everyone」。信頼されるのを待つのではなく、自ら相手を信頼していく姿勢を大切にしています。
採用でも、英語が流暢であることや国籍は必須ではありません。このバリューに共感できるかどうかを何よりも大切にしています。
――そのような中で、アガサを志望する方は、どのような理由で応募されるのでしょうか。
鎌倉:ミッションへの共感が大きいですね。社会貢献したいという思いに加え、自分なりの共感のストーリーを持って入社される方が多いように感じます。
そのうえで、アガサがグローバルNo.1を目指すなかで、「自分はこれをやりたい」「こんなことに挑戦したい」という個人の目標を見つけ、それぞれが自発的に挑戦し、成長していく。会社が目指す方向と一人ひとりの成長が重なることで、入社後もいきいきと働いている方が多いように感じます。
――会社の成長と個人の成長は、必ずしも一致しないこともあるかと思います。そのようななかで、アガサが個人の成長を大切にしているのはなぜでしょうか。
鎌倉:当社は、過去5年間に年間40%ほどのペースで成長してきました。そのたびに人員を40%ずつ増やすわけにはいきません。だからこそ、メンバー一人ひとりの成長が会社の成長につながることが重要です。
会社が成長すれば、新しい仕事に挑戦する機会が生まれ、それがまた個人の成長につながっていく。この循環がアガサで働く喜びとなり、一人ひとりのキャリアや人生の豊かさにもつながってほしいと思っています。そして、その先にこそ、「患者様に薬を届ける」というミッションの実現があると考えています。

グローバルNo.1を目指すための共通言語をつくる「One Agatha Project」
――今年始まった「One Agatha Project」の背景を教えてください。
鎌倉:創業からの10年で、国内ではNo.1といえるところまで成長することができました。一方で、次の10年でグローバルNo.1を目指そうと考えたとき、今の組織のままでは力が足りないと感じたんです。
会社が大きくなるにつれて、日々の業務でも国ごとの常識や価値観の違いから、日本とフランスのチームの間でコミュニケーションのすれ違いが起きるようになりました。このようなすれ違いが積み重なると、何か問題が起きたときに「向こうのせいだ」と、お互いに不信感を持ちかねません。国内No.1を目指す組織はつくれても、その先を目指すには、グローバルチームがもっと結束する必要があると感じました。
そこで、フランスの人事メンバーも含めて議論を重ね、グローバルでチームをまとめていくために立ち上げたのが「One Agatha Project」です。事業の方向性はこれまでも示してきましたが、組織・人事の面で全社の方向性を定めたのは、これが初めての取り組みでした。
――具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。
鎌倉:ひとつが「Agatha Culture MAP」です。まず、なぜ日本とグローバルのチームの間に壁が生まれているのか、その理由をメンバー同士で紐解くことから始めました。
チームとして仕事を進めるうえで、お互いの価値観を知ることが、相互理解や歩み寄りにつながり、結果としてチームとしてより良いパフォーマンスを発揮できるのではないかと考えたのです。
そこで参考にしたのが、エリン・メイヤー氏の著書『異文化理解力(The Culture Map)』です。異文化間での仕事の進め方を「コミュニケーション」「評価」「リード」「決断」など8つの指標から捉える考え方をもとに、アガサ版の「Agatha Culture MAP」を策定しました。
例えば、コミュニケーションでは、文脈や相手の察しに頼るのではなく、言葉ではっきり伝える「ローコンテクスト」寄りを目指す、といったアガサ共通の目安をビジュアライズして設けています。そのような基準を設けることで、単にコミュニケーションのすれ違いを「考え方が合わない」で終わらせるのではなく、「この点で感覚が違っていたのか」と一歩踏み込んで、お互いの違いを理解できるようになりました。


もうひとつが、社内のブッククラブ「Agatha Book Club(ABC)」です。四半期ごとに一冊の書籍を取り上げ、グローバルや各リージョンで対話する機会を設けています。テーマはカルチャーやチームワーク、心理的安全性などさまざまで、普段の業務やチームの枠を越えて率直に意見を交わし、異なる価値観を学び合える場になっています。
ABCでは、参加を強制することはありません。人事からアナウンスして、参加するきっかけはつくりますが、最後に決めるのはメンバー自身です。自主的に参加した人が学びや成長を実感し、その姿を見た周囲の人も「自分も参加してみようかな」と動き始めています。
「自ら動く人」をどう増やす? アガサ流「自律」の育て方
――ABCにも多くのメンバーが自主的に参加されるなど、自律した組織づくりが浸透していることがうかがえます。そのような組織をつくるうえで、大切にしている考えは何でしょうか。
鎌倉:日本で「自律」というと、気合いや気持ち、ときには自己犠牲と結びつけて語られがちですが、それはグローバルスタンダードではありません。私たちが考える「自律」とは、誰かに言われなくても「これをやりたい」「学びたい」と、自ら動き出せることです。
ただ、「自律しなさい」と言われたからといって、自律できるようになるわけではありません。人事が次々と施策を打ち出して、ルールや制度で社員を動かすこととも違います。むしろ、小さなきっかけや後押しをいくつも用意しながら、本人が自分の意思で一歩を踏み出せる環境をつくることが大切だと考えています。最終的には、人事が働きかけなくても、一人ひとりが自然と動き出す状態が理想ですね。

――昨年行われた創立10周年のボランティア活動には、メンバーの65%が自発的に参加されていますね。
鎌倉:当初は、ミッションへの理解を深める活動をしようと話していて、みんなで東京に集まって病院を訪問する案もありましたが、結果的には各地のメンバーがそれぞれの地域で参加することになりました。その過程で、九州や関東など、地域ごとに自然とグループが形成され、各グループが自主的に役割を分担しながら活動を進めるようになりました。こうした取り組みを通じて、普段の業務では接点の少ないメンバー同士にも交流が生まれ、部署や業務の垣根を越えたコミュニケーションの活性化にもつながりました。そして、最終的に従業員の約65%が参加し、全社の集まりで一人ひとりが体験したことと、そこで感じたミッションを共有してくれました。メンバーそれぞれの想いがわかり、志を共にする仲間なのだと改めて確認できたことが嬉しかったですね。
少数精鋭の尖ったチームでグローバルNo.1を目指す
――最後に、今後の事業の展望について教えてください。
鎌倉:今後は、グローバルNo.1を目指していきます。ただ、一気に世界へ広げるのではなく、まずは日本に続いてフランス、その次の国へと、一つずつ展開していきたいと考えています。
ユーザー数でいうと、まずは10万人、その先は2〜3年ほどで20万人という規模を見据えています。フランスの次はインドかもしれませんし、スペインかもしれません。各国で着実に実績を積み重ねていきたいですね。
組織は現在グローバルで約110人ですが、事業が成長しても、1,000人規模の大きな組織にしたいとは考えていません。最終的には数百人ほどの規模に拡大し、一人ひとりがアガサのミッションを大切にする、少数精鋭の尖ったチームでありたいと思っています。国やメンバーが増えれば、それだけさまざまな価値観が加わり、これまでアガサが大切にしてきたものも少しずつ薄れやすくなってしまいますから。
だからこそ、異なる文化や価値観を持つメンバーが、同じミッションやバリューを掲げながらも、一つのチームとして力を発揮できる組織をつくっていきたい。そのような変化を重ねながら、より強い企業へと成長していきたいです。
【企業情報】
アガサ株式会社
代表取締役社長:鎌倉 千恵美
事業内容:2015年に創業。製薬会社と医療機関をつなぐ治験向けSaaSを提供し、これまで紙中心だった治験業務のデジタル化を推進する。日本とフランス、アメリカを拠点とするチームで、薬の開発のスピードアップと医療現場の負担軽減を図り、患者様に一日も早く薬を届けることを目指す。



