今回のソーシャルグッド雑談のお相手は、応用行動分析(ABA)に基づく子どもの発達支援に取り組むNPO法人ADDS共同代表の熊仁美さんです。
ABAとの出会いから、ADDSの組織づくり、企業や社会への広がりまで聞きました。
写真左:熊 仁美(くま・ひとみ)
NPO法人ADDS共同代表。公認心理師、博士(心理学)、江戸川区発達相談・支援センター長。学生時代から自閉症児の療育支援に取り組み、2009年にNPO法人ADDSを設立、共同代表に就任。発達障害の科学的根拠に基づく早期支援や保護者支援、啓発に取り組む。
写真右:八木橋 パチ(やぎはし ぱち)
バンド活動、海外生活、フリーターを経て36歳で初の就職。2008年日本IBMに転職。「#混ぜなきゃ危険」をタグラインに、つながりをエネルギーに変え、組織や個人の力を引き出すコラボレーション・エナジャイザー。すべての人にとっての「誇りある就労」を探究中。
■ 「できない人」を変えるのではなく、「できる環境」をつくる
■ ブラックジャックから心理学。そして…イルカ?
■ 「その現場、私もやりたい!」論文の感動が実践に変わった日
■ ロックバンドなら解散していた? 4人をつないだABA
■ 名前しか書かれていないテストに、「できていること」はあるか
■ 自分も相手も責めない。「罰なき社会」への一歩
■ 「できない人」を変えるのではなく、「できる環境」をつくる
パチ
まずはABA(応用行動分析)について、簡単に説明をお願いしていいかな?
熊さん
はい。ABAは、人の内面や性格ではなく、行動と環境の関係を見る科学です。
特性や性格そのものを変えるのが難しくても、環境や周囲の関わり方をかえることで、行動は変化していきます。その人が成功しやすい状況を整え、望ましい行動を増やしていくことを重視する考え方です。
パチ
熊さん
ですよね。簡単に言うと、行動を小さいステップにわけて、環境を工夫することで、「できた!」という瞬間を増やします。うまくいく状況を増やすことで、自然とできることを増やしていくんです。
例えば「靴を履く」という行動を、靴箱から出す、左右を確認する、足先から入れる、かかとを入れる、面ファスナーを留める、という細かいステップに分け、最後の面ファスナーを留めるところから教えていきます。
そこまでを大人が手伝い、本人ができたらすぐ褒める。次は一つ手前から、と少しずつつないでいきます。
パチ
熊さん
そうです。靴が履けたら外へ出かけられるから嬉しいですよね。そういう「楽しい結果」に一番近いステップから始めるんです。
工程が長いと、途中で飽きたり、挫折したりしやすい。最後から順に、少しずつつないでいく方が習得しやすいんです。これは「バックワードチェイニング」と呼ばれる方法です。
パチ
バックワードチェイニング——逆向きに鎖をつないでいくということかぁ。なるほど、初めて聞いた言葉だけど、すごく納得感があります。
NPO法人ADDSは、このABAという科学的手法を中心に置き、発達障害がある幼児の家庭療育をサポートする活動や、集団レクリエーションを行う慶應義塾大学の学生団体「KDDS(慶應発達障害支援会)」を母体に進化・発展したものです。 熊さんたちがKDDSを立ち上げたのが2006年ということなので、それからもう20年。 でも、そもそも熊さんはどうやってABAに出会ったのでしょう? |
■ ブラックジャックから心理学。そして…イルカ?
パチ
前に聞いてビックリしたのが、現在のADDSの理事4名が、立ち上げ時の大学時代のサークルメンバー4人そのままだってこと。こういう活動をしていて15年以上も変わらず同じメンバーでやっていけるって、すごいことだと思うんだよね。
でもその前に、熊さん自身のことを聞かせて。どうして大学生が発達障害の子どもたちの支援を始めたの?
熊さん
いつも聞かれるんですけど、自分でもよく分からないんですよね。強烈な原体験があって起業した、みたいな話でもなくて。
でも振り返ると、社会の仕組みよりも人そのものに興味があったんだと思います。小さいころから手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』が大好きだったし。それで慶應大学の文学部に進んで、心理学を専攻しました。
パチ
熊さん
他にも、おなかをすかせたホームレスの人を見て、ごはんをあげたいと思って母親と話したことがあります。でも「一人にあげたら、みんなにもあげないといけなくなるでしょう。それが無理なら、やらないほうがいいよ」と言われたことも記憶に残っています。
その理屈で母が伝えたかったことも今は分かるような気もするけれど、何か引っかかったんですよね。それはそうだけど、目の前にこの人はいるじゃない。この人がお腹いっぱいになることにも、価値はあるじゃないって。
パチ
「全員を助けられないなら、一人を助けても意味がない」という理屈に納得できなかったんだね。
熊さん
そうですね。そして大学一年生のときに、イルカに出会ったんです。
パチ
え? ちょっと待って。一回整理しよう。
ブラックジャックが好きで、大学で心理学を専攻して……そこで出会ったのが「イルカ」??
熊さん
昔からイルカと一緒に泳ぐことにも憧れていたんです。それで、心理学とイルカで調べていたら自閉症とドルフィンセラピーの話が出てきて「これかもしれない!」って。
その後、東京都の伊豆諸島の御蔵島で、イルカの生態調査ボランティアに参加しました。
パチ
でもその後、イルカの世界から人間の世界に帰ってきたんだね。
熊さん
生態調査では、海に潜ってイルカの個体識別のための撮影や記録をしながら、仲間と共同生活をしました。すごく楽しくて、とってもいい思い出です。今でも、こどもがイルカと触れ合って笑顔が増えたり意欲が増したりする体験には間違いなく意味があると思っています。
でも、セラピーという意味ではかなり費用もかかるものなので、受けられる人がかなり限られてしまう現状も理解できました。
当時の私は、これに人生をかけよう、という決断にはなりませんでした。
御蔵島のイルカたち(熊さん提供写真)
島では共同で自炊(熊さん提供写真)
共同生活した仲間との別れは涙(熊さん提供写真)
ドルフィンセラピーの話は、「目の前の一人」と「社会全体」の両方を見ようとする現在の熊さんにつながるものだと思いました。 そして話はいよいよABAとの出会いへ。転機は、授業で読んだ論文でした。 |
■ 「その現場、私もやりたい!」論文の感動が実践に変わった日
熊さん
大学の授業でABAに出会ったんです。恩師の山本淳一先生が発達心理学の専門家で。そこで紹介された論文が、発達障害の子どもの「靴を履く」行動の習得を支援する研究だったんです。
ただの学生だった私でも、「これなら私にもできそう!」と思わせる手続きの明快さに、衝撃をうけました。 支援者の特別な経験と勘にたよらず、やり方が明確で再現性があるから、社会に広がる。科学の力ってこういうことか、と感動しました。
パチ
熊さん
そうです。それまでは、私は何を学べば、こどもたちや社会に価値あることができるようになるのか、いまいちつかめなかったんです。でもABAを学べば、それができると思いました。
なぜうまくいくのかが説明できるし、別の場所や人にも応用できる。しかも、子どもの人生が実際に広がる。だって、自分で靴を履けるようになれば、自分の意思で外に出られるようになる。それってその子の世界が広がることじゃないですか。
「こういうことをやりたい!」って強く思ったんです。
パチ
なんだか、そのときの熊さんの躍動する気持ちが伝わってきた気がする。でもそこからどう実践に?
熊さん
その頃、後にADDSをともにつくる共同代表の竹内が、大学内で「子どもに遊びの中で言葉を教えるアルバイト」の募集を見つけたんです。
竹内は単純に、「時給が高いから行ってみよう」って(笑)。
そこで出会った依頼者は、アメリカでABAによる支援を受けた保護者でした。「日本に支援者がいないなら、学生を育てようと」考えていらした方だったんです。
パチ
「いないなら育てよう」って、その方もすごい人だね。
熊さん
そう、本当にすごい方なんです。それで、そのアルバイトの話を竹内から聞いて「え! それって私が授業で感動したABAの現場じゃん」と思ったんです。
「これがやりたい!」と思っていたところだったので、すぐに「ねえ紹介して」と言いました。
パチ
熊さん
まあそれはそれで魅力ではありましたけどね(笑)。それで、竹内と一緒にいろいろな家庭支援に入るようになったのが始まりでした。
始めてみると、紹介が紹介を呼びました。私も竹内も10家庭近くを担当しましたが、依頼は途切れません。途中から「これはおかしいぞ」と。
だって、経験も知識もたりないただの学生2人がこれだけ抱えていてもまだ足りない。保護者の方には、「時給を上げるからお願いできませんか」って頭を下げられる。なんだかおかしいぞと。なので、「まずは私たちみたいな学生を増やすサークルを作ろう」という話になったんです。
何度も繰り返し読んだという『シーラという子』について語る熊さん
■ ロックバンドなら解散していた? 4人をつないだABA
パチ
熊さん
そうですね。ゼミの後輩だった原に「サークル作るんだけど入らない?」って声をかけました。さらにその後、もう一つ下の代の加藤が入ってきました。2人とも、今思えばよくさらっと入ってくれたなと思います。
活動の中心は、ABAに基づく支援を大学生が行う家庭支援でした。そこから、担当している子どもたちを集めてみんなで遊ぶ会などのイベントも開いていました。それから、先輩が後輩を育成して、各家庭につなぐ仕組みもつくりました。
竹内と私が大学院に進学した後は原が運営を引き継ぎ、その次を加藤が引き継ぎました。この4人でADDSをスタートしたんです。
パチ
そこから組織は拡大しながらも、コアメンバーはずーっと変わらずやっているって、すごいなぁ。
4人のチームってぶつかりやすいじゃない。ロックバンドもメンバー4人いたらたいていどこかで分解する。
熊さん
仲は良いですね。今でも4人で集まると嬉しいですし、会う機会が減ると寂しいなと思います。でも、仲良しクラブというわけではありません。踏み込んだ話も普通にしますし。でも、人格攻撃にはならないですね。
パチ
熊さん
すごくあると思います。
「あの人が悪い」ではなく、「どんな環境ならうまくいくか」「仕組みをどう変えるか」と考える。4人が同じ教育を受けてきて、同じメガネで世界を見ている影響は大きいです。
やろうとしていることの意味や価値にも納得しているし、それに、それぞれのキャラや役割もかなり違う。だから続いているんだと思います。
学生サークルKDDS時代。のちに理事となる4人(2013年3月25日) ·(熊さん提供写真)
法人化15周年記念のイベントにて。中央は「よしおにいさん」ことタレントの小林よしひさ氏(熊さん提供写真)
■ 名前しか書かれていないテストに、「できていること」はあるか
ABAを軸に据えていることはもちろんですが、おれがADDSの特徴だと思うのは活動領域の広さです。 子どもへの直接支援だけでなく、ぺあすく(親と子が一緒に学ぶプログラム)、kikotto(オンライン発達相談サービス)、ABAセラピスト養成、地域ネットワークづくり、発達特性疑似体験プログラム「ダイエク」など、多様な取り組みを展開しています。 ここからは、最近おれも参加した企業向けプログラム「ダイエク」について振り返ります。 |
パチ
まず、ダイエクの発達特性疑似体験には大きな意義を感じました。もちろん当事者が実際に感じている感覚はその人特有のものだし、人それぞれ異なるものだと思うけれど、それでも、「困難さの輪郭」みたいなものは感じることができたなって。
ただ、疑似体験後の対話の時間については、正直難しさを感じたなぁ。
熊さん
「提出されたテストに名前だけしか書かれていなかったら。あなたはそれをどうやって褒めますか?」という対話ですよね。
ABAだと、自力で名前を書けたことを小さなステップの1つとして認め、次の行動につなげます。でもパチさんの「解く気がないという反抗の意思表示」だと思うのではないか? それを褒められたら「バカにされている」と思うんじゃないかという指摘には考えさせられました。
パチ
そんなふうに思うのはおれだけかもしれないけどね。
まあでも、企業研修の中であれを考えるのはやっぱり難しいなぁって思うんだよね。社内にはいろんな社員がいるとはいえ、それでも、すごく限定された多様性になっているから。
だって、企業は人をふるいにかけて「選別」し、自分たちの基準を満たす人物だけを「従業員」としているじゃない。公立の学校や施設のような「誰にでも門戸が開かれている場所」ではないよね。
熊さん
そこはたしかに悩ましい点だし、大きな違いですよね。
それでも、限られた中でもさまざまな凸凹はあるし、それをみんなで認め合い補い合っていこうとすることは重要で今後一層欠かせなくなっていきますよね。
そのあたりをより深掘りして、ワークショップや対話の時間をどうより良いものにしていくかの探究は続けたいです。
パチ
そもそも、なぜ企業向け研修に取り組むの? 余計なお世話かもしれないけど、すでにたくさんのフィールドで活動していて、それだけでも手一杯なんじゃないかなとも思うんだけど。
熊さん
いろいろな問題の原因を個人の性格や内面に求めるのではなく、「行動と環境の関係」の枠組みでとらえることは、障害だから、子どもだから大事、という話ではないんです。
働く場でも、人間関係でも、子育てでも、人がいるところには全部同じ構造があります。人そのものではなく環境を変えたり、小さな行動から認めていくことが、問題の解決につながることは多いです。だから企業にも関係があると思っています。
実際にADDSで働いている職員からも、「ここに来てから生きやすくなった」と言われることがあります。人間関係が楽になったとか。子育てが少し楽になったとか。自分そのものを責めなくなったとか。そういう話をよく聞くんです。
多くの企業が「不足しているものを見つけて埋める」という発想で、人を見ているような気がしています。 「足りない」を問題視し、「埋めなさい」と迫る。「できない」を辿っていき、最初の地点から「直しなさい」「変えなさい」と迫る。 熊さんたちADDSの「今できていることから次を組み立てていく」とは、まるで異なるアプローチです。この違いは大きいし、社会に必要なものかもしれません。 最後に、未来に向けた質問をしてみました。 |
■ 自分も相手も責めない。「罰なき社会」への一歩
パチ
「ダイエク・フレンド」という、ダイエク参加者が貰える修了カードを持つ人が世の中にどんどん増えていったら、社会はどう変わるんだろう?
熊さん
私は、人だけでなく、自分自身を責める人が減るんじゃないかと思います。
今は多くの人が、自分の性格や能力、生まれ持った特性に問題の原因を求めてしまい、「自分が悪い」
「自分を変えなければいけない」ってなっていますよね。でも、実際には、環境との相互作用で起きていることが多いんです。
「環境を変える」という選択肢がもっと自然なものとして広がれば、社会はもっと息のしやすい場所になるんじゃないですかね。
パチ
そうだね。「課題を克服して適応せよ」と迫られるのは嫌だし、迫る方も本当は嫌だと思う。
熊さん
ABAの基礎を築いた心理学者、B.F.スキナーが遺した言葉に「罰なき社会の実現」という言葉があります。私はこの考え方がすごく好きなんです。
罰なき社会というのは、悪いことを放置するという意味じゃありません。もちろん悪い行動を減らす必要はあります。でも、罰を与えるだけでは人は変わりません。罰を与えて行動を抑えるだけではなく、望ましい行動が起きやすい環境をつくる。そして望ましい行動が起きたらきちんと認め、増やす。
何を減らすかだけではなく、何を増やしたいのか。良い行動が起きやすい環境を作り、その人がうまくいく状況を増やしていく——。その積み重ねが、結果として罰の少ない社会につながっていくって、私は考えています。
パチ
その話は企業のマネジメントにもつながるね。できない人に注意を重ねるのか。それとも、何を変えればできるようになるかを考えるのか。企業は、前者を第一選択にしすぎているのかもしれない。
スキナーの「罰なき社会の実現」という言葉の背景や文脈も、おれはまったく知らないんだけど、言葉通りの「罰なき社会」には、おれも憧れるし、その実現を追うことにきっと大きな意味があると思う。
熊さん
子どもだけの話じゃないんですよね。人間は誰にでも特性のかけらがありますし、環境とのミスマッチは起こります。そのときに、自分や相手を責める以外の選択肢があると知ってほしいんです。
それが、私たちADDSが目指している「すべての人が自分らしく暮らせる社会」に近づくことだと思うから。
成果や効率を求める企業で、ただ「違いを認めよう」と唱えても組織は変わりません。
今できていることから考え、科学的知見と一人ひとりの違いにしっかり目を向けて、人を変える前に環境を見直す——。今回の雑談を通じて、ADDSの活動の真髄と、熊さんたちが企業にも働きかける理由が分かった気がしました。
そして「罰を与えて懲らしめる」という方法論では人を変えることはできないというのは、昨今の心理学、犯罪学、矯正教育の分野においても世界的な主流の考え方になりつつあります。「厳罰化」や「苦痛を与えること(応報刑論)」の限界や逆効果が明らかになってきている今、熊さんが語った「罰なき社会」は、発達支援だけでなく、組織やコミュニティ、そして社会全体のあり方を考えるための大きなヒントなのかもしれません。
なんだか、今後ADDSの活動の場がさらにもっと広がりそうな予感です。