
韓国の人気音楽番組を冠した大型ライブでの一件が、収まる気配を見せない。歌手Ado氏の出演をめぐって噴き上がった観客の不満は、当人ではなく所属事務所トップの言葉によって、いっそう複雑な様相を帯びつつある。鎮火を狙ったはずの投稿が、なぜ逆に燃料となったのか。
発端は、22日・23日に埼玉県所沢市のベルーナドームで開催された「INKIGAYO LIVE in TOKYO」である。多数のK-POPアーティストが集ったこのイベントで、23日の最後に登場した日本人歌手Ado氏の演出や運営体制に、来場者から疑問の声が相次いだ。そして26日、Ado氏が所属する芸能事務所クラウドナインの代表取締役社長・千木良卓也氏がXに投稿した文面が、議論の新たな中心となっている。
ベルーナドームで何が起きたのか 大トリ・双眼鏡・フィナーレ不在
「INKIGAYO LIVE in TOKYO」は、韓国SBSの音楽番組「人気歌謡(INKIGAYO)」を冠した大型ライブである。9月23日のDAY2にはIVE、BE:FIRST、&TEAM、INIといったアーティストが名を連ね、その最後にAdo氏が登場した。
騒動の火種となったのは、このDAY2の終わり方だった。日刊スポーツによると、Ado氏の演出などをめぐって賛否両論が巻き起こったという。SmartFLASHは9月24日、Ado氏がDAY2の最後に登場したと報じ、あわせて出演時に双眼鏡の使用を禁止する案内があったとする来場者の声や、Ado氏のステージ後に出演者が一堂に会するフィナーレがなかったことが不満につながったと伝えている。さらにAdo氏が最後に「おどるポンポコリン」を披露したことも議論の対象となった。
ここで冷静に切り分けておくべき点がある。会場内での撮影・録音禁止は、Ado氏の出演によって突然追加されたものではなく、イベント公式サイトに事前から明記されていたルールである。一方、当日報告された双眼鏡の使用制限については、公式サイトに一律禁止とする記載は確認されておらず、誰がその判断を下したのか、Ado氏側からの要請があったのかどうかも、公開された情報からは確認できていない。DAY1にはあったフィナーレがDAY2でなかった理由についても、イベント実行委員会からの個別の説明は確認されていない。つまり現時点では、「Ado氏のためにフィナーレがなくなった」「双眼鏡禁止はAdo氏本人が求めた」といった因果関係を、事実として断定できる材料はそろっていない。
千木良卓也氏の投稿全文が問いかけたもの
こうした状況を受け、9月26日に動いたのが千木良氏だった。日刊スポーツが報じた投稿内容によれば、千木良氏はまず「Adoファンの皆様ご心配ありがとうございます。彼女は大丈夫になったのでぜひ落ち着いて静観なさってください」とファンの心情に寄り添う言葉を記した。
続けて出演の経緯について、「今回のイベントはK-POPと日本アーティストを一堂に会したいという運営からのお誘いで出演させて頂きました。その思いを受け取り、出演の最終判断をしたのは私です」と説明。Ado氏自身も韓国の人々に日本を知ってもらいたい、AdoファンにもK-POPを聴いてもらいたいという気持ちで出演したと続けた。
そのうえで千木良氏は、意見ではなく誹謗中傷と見受けられる発言については事務所として順次対応する方針を示し、通報フォームへの報告を呼びかけた。文末には「優しさと思いやりに溢れる世界になりますように」との一文が添えられていた。
出演の意思決定者が誰であったかを明らかにし、当人の体調への懸念にも触れた。事務所トップとして責任の所在を引き受ける姿勢そのものは、一定の筋を通したものとも読める。しかし、この投稿はファンの溜飲を下げるどころか、別の角度から強い反発を招くことになった。
「本当に社会人か」 言葉選びに集まった批判
反発が集中したのは、冒頭の「彼女は大丈夫になったので」というくだりである。Xでは、この表現をとらえて「文アホ過ぎんか?」「1本当に社会人?」といった、文面そのものへの疑問が並んだ。個人の体調を主語にした説明が、金銭を払って来場した観客の不満とはかみ合っていない、と受け止められた形だ。
もっとも、SNS上のすべてが感情的な非難だったわけではない。あるユーザーは、K-POPの合同イベントでは推しの再登場やフィナーレまで含めて楽しみにしている人も多く、そこで抱いた「なんで」「このイベントに合っていない」という感覚は、ごく普通の感想だと指摘した。そのうえで、人格攻撃や度を超えた中傷は論外としながらも、フィナーレを見たかったという批判までを誹謗中傷として扱うのは違う、と冷静に線を引いている。
別のユーザーは、興味のないアーティストの持ち歌を高い金額を払って聞かされて不満を抱くのは当然だとしたうえで、批判的な層に向けて法的措置をちらつかせる姿勢を問題視した。締めに「優しさと思いやりに溢れる世界になりますように」と結ぶ構成についても、居心地の悪さを訴える声が続いた。作品への批評と個人への攻撃をひとくくりにされることへの警戒感が、こうした反応の底に流れている。
クラウドナインの誹謗中傷対応方針 線引きが新たな論点に
投稿と同じ26日、クラウドナインは所属アーティストへの誹謗中傷に関する声明も発表している。スポニチアネックスによると、同社は法的措置を含む対抗策を毅然と講じる方針を示した。別人の写真を本人であるかのように拡散する行為や、画像を加工して虚偽の事実があるように見せる行為、なりすましなどを具体例に挙げ、発信者情報開示請求も活用しながら対応を進めるとしている。
なりすましやデマの拡散は、それ自体が看過できない問題であり、対抗策を講じること自体を否定する声は多くない。ただ、この声明の存在を理由に、イベント内容や運営方法への疑問までがまとめて封じられるのではないか、という懸念がファンの間には残った。運営方法への意見、確認されていない推測、個人への中傷。この三つを混同しないという当たり前の作業が、当事者にも観客にも求められている。
求められるのは運営側の説明 沈黙が長引くほど傷は深くなる
一連の騒動で、いまなお説明が待たれているのは、実はAdo氏側だけではない。むしろ核心にあるのは、イベントを主催する「INKIGAYO LIVE in TOKYO 実行委員会」の判断である。
Ado氏をDAY2の最後に配置した経緯、当日に双眼鏡の使用を制限したとされる運用の理由と判断主体、そしてDAY2でフィナーレを行わなかった理由。この三点について、2026年9月27日時点で運営側からの個別の公式説明は確認されていない。この空白が埋まらない限り、観客の不満の矛先は宙に浮いたまま、出演者個人へと向かい続けることになる。
高い対価を払い、期待を抱いて会場に足を運んだ観客がいる。作品を愛し、当人を案じるファンがいる。その双方の感情がすれ違ったまま、当事者不在の応酬だけが加速している構図こそが、この騒動の不幸だと言える。作品や技量への評価と、一人の人間への攻撃は、本来まったく別のものである。両者を丁寧に切り分けたうえで、しかるべき当事者が事実に基づいた説明を尽くすこと。祈りの言葉よりも先に果たすべきものが、まだ残されている。



