
中川政七商店が、2026年2月期に売上高100億円を突破した。1716年創業、奈良晒を原点に歩んできた老舗は、暮らしの道具を届ける製造小売業として成長を続けている。今回新たに打ち出したのは、工芸メーカーへの成長投資だ。売る会社から、作り手の未来をともに支える会社へ――その一歩は、日本の工芸が次の時代を生き抜くための試金石にもなりそうだ。
中川政七商店、売上高103億円で過去最高を更新
中川政七商店の2026年2月期の売上高は、前期比12%増の103億2000万円となった。初めて100億円を超え、4期連続で過去最高業績を更新した。現在は全国に67店舗を展開し、奈良本店、渋谷店、高輪店、天神店を旗艦店に位置づけている。
成長を支えたのは、主力の製造小売業だ。なかでもアパレルは売上構成比40%以上と好調に推移した。さらに、近年力を入れてきた台所道具や器、雛人形などの飾り物も伸びている。工芸が「特別な日に眺めるもの」から、「日々の暮らしで使うもの」へと広がっていることが、数字にも表れた形だ。
店頭に並ぶ商品は、強い主張を放つものばかりではない。かや織ふきん、器、衣類、のれん、季節の飾り物。どれも静かな佇まいを持ちながら、台所や食卓、玄関に置いた瞬間、暮らしの空気を少しだけ整えてくれる。派手な流行を追うのではなく、使い続けるほどなじむ。その感覚が、多くの支持につながっている。
1716年創業、奈良晒から始まった老舗の歩み
中川政七商店の始まりは、江戸時代の1716年にさかのぼる。創業の地である奈良は、かつて麻織物の一大産地だった。なかでも、白く美しい麻織物として知られた奈良晒は、武士や茶人にも重宝され、奈良の産業を支えた。
同社は、その奈良晒の商いを原点に歩んできた。しかし、長い歴史のなかで暮らしの素材や消費の形は変わった。麻織物だけに頼っていれば、時代の波に飲み込まれていた可能性もある。
そこで中川政七商店は、麻という素材を過去のものにせず、衣類や生活雑貨へと形を変えながら現代の暮らしに合わせてきた。さらに、自社ブランドを育て、直営店を増やし、商品開発から販売までを一体で担う製造小売業へと進化した。老舗でありながら、古さに寄りかからない。歴史を現代の言葉とデザインに置き換えてきたことが、現在の成長を支える土台になっている。
なぜ中川政七商店は人気なのか
人気の理由は、単に「日本らしい雑貨」を扱っているからではない。中川政七商店の商品には、暮らしの中で使う場面が想像しやすいという強さがある。
たとえば、ふきんは台所で毎日使える。器は食卓に置ける。のれんは季節の光をやわらげる。贈り物として選んでも、相手の暮らしに入り込みやすい。高級品として距離を取らせるのではなく、日用品として手に取れる位置に工芸を置いてきた。
一方で、価格は決して安さを売りにしたものではない。だからこそ、素材や産地、作り手の背景が重要になる。誰が、どこで、どのような技術で作っているのか。その物語が見えることで、消費者は単なる雑貨ではなく、「長く使う理由のある道具」として受け止める。
大量に買い、短く使い捨てる時代から、少し良いものを長く使う暮らしへ。そうした価値観の変化も、中川政七商店の追い風になっている。
売る会社から、工芸メーカーを育てる会社へ
この発表で見逃せないのは、売上高100億円突破という節目だけではない。中川政七商店が2026年度から「工芸メーカーを対象とした成長投資」を新事業として始める点にこそ、同社の次の方向性が表れている。
同社は2009年から、全国の工芸メーカーに対して経営コンサルティングを行ってきた。教育講座や流通支援などを通じて、700社を超える産地メーカーの成長を支援してきたという。良いものを作る力はあっても、販路開拓、ブランドづくり、価格設計、人材採用に課題を抱える工芸メーカーは少なくない。中川政七商店は、自社で培った「売る力」と「伝える力」を、産地支援に生かしてきた。
ただ、いま工芸の現場を取り巻く環境はさらに厳しい。後継者不足、人件費の上昇、原材料の確保、分業体制の維持。作り手が良いものを作り続けたくても、事業としての基盤が弱ければ、技術は次の世代へ届かない。
そこで同社は、助言や販売支援にとどまらず、資本、人材、経営支援を組み合わせて工芸メーカーの成長に関わる道を選んだ。工芸を「守る」だけではなく、事業として育てる段階へ踏み込んだ形だ。
第一弾は越前漆器の漆琳堂、産地の未来をともに描く
成長投資の第一弾となるのが、福井県鯖江市の漆塗師屋「漆琳堂」との資本業務提携である。漆琳堂は1793年創業。約230年にわたり、越前漆器の産地で漆塗りの技術を受け継いできた。
漆器には、美しさがある一方で、扱いが難しいという印象もある。だが漆琳堂は、伝統的な漆器づくりを土台にしながら、食洗機対応漆の開発や若手塗師の育成にも取り組んできた。さらに2024年には、木地ろくろを導入し、木地場を整備。木地師を雇用することで、漆塗り専業から社内生産体制の強化へと踏み出している。
今回の提携では、漆琳堂の生産体制や人材採用、経営基盤の強化を進める。さらに、2027年度中には東京や大阪など都市圏での直営店出店も視野に入れる。産地の技術を、都市の暮らしへどう届けるか。そこに、中川政七商店が培ってきたブランドづくりと販路の力が加わる。
老舗の挑戦は、地方ものづくりの新しいモデルになるか
中川政七商店の売上高100億円突破は、一企業の好決算にとどまらない。地方のものづくりが、現代の生活者に届く形へ編集されれば、まだ成長できることを示している。
老舗が生き残るために必要なのは、歴史を飾ることだけではない。時代に合わせて変わり、作り手と使い手をつなぎ直すことだ。中川政七商店は、奈良晒の商いから始まり、生活雑貨の製造小売へ進み、いま工芸メーカーの成長投資へと歩みを広げている。
もちろん課題もある。ブランド化が進めば、価格は上がりやすくなる。工芸が一部の人だけのものになってしまえば、本来の「暮らしの道具」としての力は弱まる。今後問われるのは、品質と価格、伝統と日常性のバランスだ。
それでも、今回の一手には大きな意味がある。作り手が技術を守り、伝え手が価値を届ける。さらに、その両者が事業の未来までともに背負う。中川政七商店の挑戦は、日本の工芸を次の時代へ手渡すための、新しいものづくりのモデルになろうとしている。



