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株式会社地域新聞社

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千葉県八千代市勝田台北1-11-16 VH勝田台ビル5F

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「この会社で働いている自分が好き」を増やす。地域新聞社の人的資本経営

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地域新聞社HR統括部長松川氏、HR統括部寺島氏
HR統括部長松川真士氏(左)、HR統括部寺島賢氏(右)、提供:株式会社地域新聞社、以下同

上場廃止の危機と、突然の社長交代。2024年当時、千葉県でフリーペーパーを発行する地域新聞社は、大きな岐路に立たされていた。三代目として就任した細谷代表が、その逆境で掲げたのは、意外な言葉だった。

「人を犠牲にしない経営」。数字を追って社員をすり減らすのではなく、一人ひとりが「この会社で働いている自分が好きだ」と思える組織をつくる。そこから始まった人的資本経営への挑戦は、2年半で、会社の空気を確かに変えてきた。危機を乗り越える力を、同社は、人を大切にすることの中に見出そうとしている。

 

危機のなかで、始まった

地域新聞社は、千葉県を中心に、フリーペーパー『ちいき新聞』を発行してきた会社だ。約2500人の配布員が、毎週、174万世帯の一軒一軒に手配りで届ける。エリアごとに中身を変え、週に40種類を制作する。地域の隅々まで情報を届ける、その地道な仕事を、42年以上にわたって続けてきた。フリーペーパーを主力とする企業で株式を上場しているのは、全国でも数社しかない。そういった意味でも、同社は独自の道を歩んできた会社である。

だが、2024年、同社は大きな岐路に立たされる。当時、会社の時価総額は低迷し、上場を維持する基準に抵触しかねない状況にあった。このままでは、上場廃止もありうる。そうした緊張のさなか、三代目として細谷佳津年代表が就任した。突然の社長交代でもあった。社内に、動揺が広がっても不思議ではない場面だった。

実際、就任当初は、戸惑いや不安の声もあったという。会社の先行きが見えないなかでの、トップの交代。モチベーションの低下や、離職につながってもおかしくない状況だった。だが、同社はここで、危機を隠さなかった。むしろ、正面から全社で分かち合う道を選ぶ。

細谷代表がまず取り組んだのは、社員一人ひとりと、直接向き合う場をつくることだった。公民館を借りて説明会を開き、いま会社がどのような状況にあるのかを率直に共有する。そのうえで、この危機を一緒に乗り越えていこう、と呼びかけた。あわせて、就任したばかりの細谷代表自身へのインタビューを、公式noteで公開する。どんな人物が、何をしようとして、この会社にやってきたのか。その思いを言葉にして、社員に届けた。同社が2021年から続けてきた、公式noteを使ったオープン社内報の取り組みが、ここで生きた。のちにオープン社内報には、「時価総額ビリからの下克上」という、危機を逆手に取ったタイトルも掲げられている。

こうした地道な働きかけが、社内の空気を変えていく。危機的な状況にもかかわらず、社員たちは前を向いた。新しい方針のもとで、会社は再び一丸となっていく。逆境から始まった、人を軸にした経営への挑戦。その物語は、ここから動き出す。

 

「この会社で働いている自分が好き」を増やす

危機を全社で共有した細谷代表が、経営の軸として明確に打ち出したのが、人的資本経営だった。そして、そのコンセプトとして掲げたのが、「人を犠牲にしない経営」という言葉である。

企業が成長を追い求める過程で、社員が無理を重ね、自分の人生や価値観を後回しにする。そうした働き方の上に成り立つ成長を、細谷代表はよしとしない。同社が理想とするのは、「何のためにここで働いているのか」という問いに、「生活のため」とだけ答える人がいない状態だ。もし、お金や時間に余裕があれば本当は別のことをしたい、と感じながら働いているのなら、それは人生の一部を犠牲にしていることになる。そうではなく、社員一人ひとりが「この会社で働いている自分が好きだ」と思えること。自分らしく成長しながら、仕事にやりがいを感じられること。それこそが、会社の持続的な成長につながる。細谷代表は、そう考えている。

この考え方は、細谷代表自身の振る舞いにも、はっきりと表れている。同社では、役職は上下関係ではなく、あくまで役割だと位置づけられている。その象徴が、細谷代表の呼ばれ方だ。細谷代表は、「社長」と呼ばれることを好まない。代わりに社員へ求めているのが、「キャップ」という呼び名である。会社を一つの船に見立て、その船長として、皆と同じ船に乗る。上に立つ者としてではなく、共に進む一員として。呼び名の一つにも、その姿勢がにじんでいる。

こうした理念を、旗印を掲げるだけで終わらせないために、同社は推進する組織をつくった。2024年に新設された、コーポレートコミュニケーション室だ。この部署は、IRや広報に加えて、社内に向けたインナーブランディングや、社員同士のコミュニケーションの活性化を担う。社員のエンゲージメントを高め、組織の文化を育てていく。その中心的な役割を、この部署が引き受けている。

人を犠牲にしない経営を、どう具体的な形にしていくか。同社の2年半にわたる取り組みは、この問いへの、一つひとつの答えの積み重ねだった。

 

もともと、あった

細谷代表が就任してから、社内に一気に浸透した言葉がある。「心理的安全性」だ。

同社は、この言葉を、ただの標語では終わらせなかった。何を指すのかを、具体的に定義したのだ。何でも言える空気であること。互いに助け合うこと。挑戦を歓迎すること。そして、新しい考え方や概念を認め合うこと。これらをまとめて、「心理的安全性」と呼ぶ。この言葉は、全社で守るべき絶対の価値として位置づけられた。それを乱すことは許さない。乱している人を見て、見過ごすことも許さない。会社は、その姿勢を明確に打ち出している。

この理念は、言葉の上だけのものではない。経営会議のような、組織の上層部が集まる場でも、細谷代表は折に触れて、いまこの場には心理的安全性がある、と口にする。言いづらいことも、あえて言う。本当はそう思っていないのではないか、という点まで、きちんと言葉にする。表面をなでるのではなく、根本の解決へ向かうために、あえて発言を促す。本社の各フロアには、この価値を乱してはならない、という趣旨の掲示もされている。

地域新聞社の社内に貼られている、心理的安全性に関する掲示物
心理的安全性に関する掲示物

だが、この「心理的安全性」という言葉をめぐって、興味深いことが起きた。細谷代表がこの言葉を広めたとき、現場の社員たちは、少し意外な受け止め方をしたのだ。それは、新しく取り入れるべきものではなかった。この会社には、もとから当たり前にあったものだったからだ。

ある社員は、当時をこう振り返る。細谷代表が営業の現場を訪れ、「ここは心理的安全性が高いね」と口にした。だが、その社員にとっては、言われるまでもないことだった。自分たちは、ずっと前からそうだったからだ。会議で、社員は臆せず発言する。企画や特集を話し合う場でも、進め方や中身について分からないことがあれば、遠慮なく質問が飛ぶ。今さら聞けない、と口をつぐむような人は、あまりいない。そうやって当たり前に続けてきたことが、「心理的安全性」と呼ばれるものだったのか。社員にとっては、ごく自然な受け止めだった。

つまり、細谷代表がしたのは、新しい文化をゼロからつくることではなかった。もともと社内に根づいていたものに、「心理的安全性」という名前を与えることだった。名前がつくと、当たり前だったことが、自覚できるものに変わる。これまで無意識に続けてきた振る舞いを、社員が意識するようになる。そして、共通の言葉ができたことで、新しく入ってくる人にも、その文化を伝えやすくなった。もともとあったものを、あらためて言葉にし、受け継いでいける形にする。細谷代表が果たしたのは、既にある文化の発見と、その言語化だった。

 

「人の役に立つ」という土台

もともと心理的安全性が根づいていたのは、なぜか。その源をたどると、一つの経営理念に行き着く。「人の役に立つ」。創業者が掲げた、この言葉である。

経営理念を掲げる会社は、数えきれないほどある。だが、それが従業員の一人ひとりにまで浸透している会社は、必ずしも多くない。理念があること自体を、社員が知らない、という会社さえある。同社は、その点で際立っていた。パーパスや存在意義といった言葉が広まるよりずっと前から、この会社は理念を前面に掲げ、大切にしてきた。

地域新聞社HR統括部寺島氏

その理念は、採用の場面で、はっきりと基準になっている。同社は、応募者がこの理念に共感できるかどうかを、何より重視する。理念に共感できないのであれば、入らないほうがいい。採用の場で、そこまで踏み込んで伝えることもあるという。共感を、単なる建前として確認するのではない。本当にこの理念とともに働けるかを、入口で見極める。長年、そうやって人を迎え入れてきた。

理念に共感して集まった人たちには、共通する人柄があった。優しさである。同社は、営業を主体とする会社だ。営業の現場では、顧客をめぐって、取った取られたという競争が起こりがちだ。だが同社では、誰かが苦労して受注を決めれば、「よかったね、頑張ったね」と声をかけ合う。そういう文化が、根づいていた。

この土壌があったからこそ、若手や、入って間もない社員も、臆せず声を上げられた。年次が低くても、心理的なハードルを感じることなく、分からないことを安心して聞ける。何でも言い合える空気は、こうして自然に育っていた。のちに「心理的安全性」と名づけられることになる文化は、「人の役に立つ」という理念に共感した人たちが、長い時間をかけて育ててきたものだった。理念が人を選び、その人たちが文化をつくる。その循環が、同社の土台を形づくっていた。

 

色で、成長を映す

人を大切にする文化を、より確かなものにするために、同社は人事評価制度にも手を入れた。2024年9月から始まった、新しい評価の仕組みだ。その中心にあるのが、コンピテンシー評価である。

コンピテンシーとは、成果を生み出す力を指す。同社は、評価を二つに分けて考えた。出した成果そのものは、賞与で還元する。一方、その成果を生み出すための行動や力は、コンピテンシー評価でみる。何を成し遂げたかだけでなく、どう成し遂げたか。その両面から、社員を評価する仕組みだ。評価の項目は、主体性や将来予測など六つ。そのなかには、「理念の実践」という項目も含まれている。

地域新聞社のコンピテンシー評価制度
飛鳥時代の制度「冠位十二階」を模したイメージ図

この制度には、一つ、目を引く工夫がある。評価のランクを、数字ではなく、色で表しているのだ。一般的な等級制度では、六等級、五等級といった数字で序列がつく。だが同社は、あえて数字を使わなかった。数字が並べば、どうしても上下の序列が意識される。それを避けるために、ランクを色に置き換えた。六つの評価項目それぞれについて、あなたのこの行動はこの色のレベルにある、と上司とすり合わせていく。

発想の源にあるのは、冠位十二階だという。かつて聖徳太子が定めたとされる、色で位を示すあの制度だ。同社の評価は十二段階からなり、それを色で表す。ただし、堅苦しくならないよう、どこかポップな雰囲気をまとわせている。この工夫の根にも、役職は序列ではなく役割だという、細谷代表の考え方がある。何等級だから偉い、という発想を持ち込まない。そのための、色だった。

もっとも、この制度が目指しているのは、社員を評価すること自体ではない。社員が、自分の成長を実感できるようにすることだ。

同社が課題と感じていたのは、社員が、自らの成長をうまく言葉にできないことだった。たとえば営業の現場で、100万円の予算を任され、それをやり切る。翌年は150万、200万と、期待は上がっていく。本人も頑張って、それをやり切る。だが、なぜ100万から200万をこなせるようになったのか、と問われると、その理由を自分の言葉で語れない。たまたま大きな顧客に恵まれた、言われたことをやってきただけだ、と答えてしまう。自分が何をして成長できたのかを語れなければ、この先どう成長していきたいのかも、描けない。

新しい評価制度は、ここを変えようとしている。自己評価をして、その内容にコメントを書き、上司とすり合わせる。どんな行動をとれたのか、どんな主体性を発揮したのか。それを、自分の言葉で振り返る。制度が始まってまだ二年ほどで、社員も、自分のやったことを認めて言葉にする作業に、まだ苦戦しているという。だが、これが定着していけば、自分の成長が、色の変化として目に見えるようになる。ある項目の色が変われば、そのときどんな行動をとっていたかを、振り返ることができる。自分がどう変わったのかが、はっきりと分かる。成長を実感し、その分をきちんと処遇に反映する。同社が新しい評価制度に込めたのは、そうした思いだった。

 

曖昧を、言葉にする

同社の取り組みを貫いているのは、曖昧なものを、曖昧なままにしないという姿勢だ。「心理的安全性」を定義し、評価の基準を色で示したように、なんとなく共有されているものを、はっきりと言葉にしていく。その姿勢は、エンゲージメントという言葉の扱いにも表れている。

エンゲージメントは、近年よく使われる言葉だ。だが、その中身は、人によって捉え方が異なりがちでもある。同社は、ここでも定義を明確にした。意義のある仕事ができること。自分の適性に合った仕事ができること。そして、挑戦できる仕事ができること。この三つの要素がそろって、初めてエンゲージメントは高まる。そして、エンゲージメントが高い状態は、生産性が高い状態に直結する。同社は、そう位置づけている。

地域新聞社HR統括部長松川氏

この考え方は、働きやすさを支える制度にも生きている。たとえば、育児休業からの復帰だ。同社では、育休を取ること自体が、ごく当たり前になっている。取りにくいと感じる人は、ほとんどいない。休む人を、周りが自然に支える文化が、もとからある。そして、戻ってくるときにも、工夫がある。人事の担当部署が、復帰する社員が、先ほどの三つの要素を満たせる場所へ戻れるよう、できるかぎり調整する。エンゲージメントが高い状態で戻ってこられるように、環境を整えるのだ。その結果、育休を取った社員の多くが、職場に戻ってきている。

働きやすさは、数字にも表れている。従業員およそ270名規模の会社で、社内結婚の数は、これまでに30組にのぼるという。互いを知り、信頼し合える関係が、日々の職場のなかで育っていることの一つの表れなのかもしれない。2024年に入社した新卒5名は、一人も欠けることなく、全員が働き続けている。

柔軟な働き方も、同社の特徴だ。1時間単位で取れる時間休。介護のための休暇。フレックス制度に、時短勤務。とりわけ際立っているのが、就業時間の幅だ。定時は九時から六時だが、送り迎えの時間に合わせるなど、その人が「この時間で働きたい」という希望を、できるかぎり認めている。その結果、就業時間のパターンは、20を超えることになった。労務を担当するようになった社員が、これほど多様な働き方のある会社は初めてだと驚くほどだ。一人ひとりの事情に合わせて、働き方をあつらえていく。その柔軟さが、社員の暮らしを支えている。

こうした働きやすさの根には、やはり、人の良さがある。業務が特定の個人に集中しがちな面は、同社も課題として認めている。だが、その負担を、社員同士が互いに助け合ってカバーしている。制度だけでも、人柄だけでもない。その両方が響き合って、この会社の働きやすさは成り立っている。

 

地域を、元気にする

人を大切にする組織づくりは、それ自体が目的であると同時に、同社が見据える未来への、土台でもある。危機のなかで固め直した足元を起点にいま、新しい事業へと踏み出そうとしている。

その足がかりとなるのが、40年以上にわたって築いてきたアセットだ。千葉県を中心に、174万世帯の一軒一軒まで届く配布網。地域の最も近いところに情報を運ぶ、そのラストワンマイルの力。毎年およそ7000社、累計では6万社にのぼるクライアントとのつながり。エリアごとに内容を変えて、週に40種類を作り上げる編集と制作の力。フリーペーパー事業を通じて培ってきたこれらの資産を、同社は次の成長へと生かそうとしている。

紙のフリーペーパーだけで進んでいくことには、将来を見据えれば、厳しさもある。同社は、その現実を早くから見据えてきた。だからこそ、培ったアセットを土台に、他社との連携や、新たな事業の立ち上げに、力を注いでいる。

具体的な構想も、動き出している。一つは、人材紹介の事業だ。同社は、この分野に特化した子会社を新たに立ち上げた。なかでも狙うのは、ドライバーの紹介である。電子商取引が拡大を続ける一方で、それを支えるドライバーの人手不足は、深刻な課題となっている。同社は、長年の事業を通じて、数多くの運送会社とのつながりを持つ。そのネットワークを生かせば、人手を求める企業と、働き手とを、結びつけられる。地域の課題の解決にもつながりうる取り組みだ。

もう一つの構想は、地域の事業承継に関わるものだ。後継者がいないために、事業は好調でも、会社を畳まざるをえない。そうした悩みを抱える企業は、少なくない。同社は、この課題に、株式交換によるM&Aという形で向き合おうとしている。上場企業である強みを生かし、後継者に悩む未上場の会社と、資金ではなく株式の交換によって、一つのグループとして手を携えていく。地域の会社が、その灯を絶やさずに続いていく。そのための仕組みづくりを、同社は構想している。

これらの取り組みの先に、同社が見据えているのは、地域を元気にすることだ。フリーペーパーで地域の情報を届け、人と人、企業と企業をつなぎ、その土地の課題を、最も近いところから解いていく。自社だけが成長するのではなく、千葉県の、そして地域全体の活性化につなげていく。人を犠牲にしない経営で足元を固め、その力を、地域の未来へと向けていく。危機から始まった地域新聞社の挑戦は、会社の中にとどまらず、その外の世界へと、静かに広がろうとしている。

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ライター:

Sacco編集・ライター。企業に直接出向く取材が中心。扱う記事はサステナビリティ、ウェルビーイング関係が多め。

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