
JBIC・JICAや外務省などでの勤務を経て、2026年1月に公益財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)へ参画した樋口辰徳さん。共創ディレクターとして、特別養子縁組事業の推進や海外での新規事業開発などに携わっています。これまでの多様なキャリアの軌跡をはじめ、社会課題解決にかける信念や情熱について聞きました。
米同時多発テロ対応が、日本総領事館での最初の仕事
── 樋口さんのこれまでのキャリアを教えてください。
学生時代からインターネット広告に関心があり、新卒で入社した会社では広告営業を担当していました。社会人になると同時に国際的な仕事への関心が芽生え、そのスタートとして2001年、在ニューヨーク日本国総領事館で働くことになりましたが、まさに赴任のタイミングで9.11(米同時多発テロ事件)が起きました。最初の業務は、未曽有の状況下でのテロ後の対応であり、怒涛のスタートでした。
また、当時のニューヨークでは、愛国的感情が急速に高まる一方、アラブ系やイスラム教徒、またそう見なされた人々に対する暴行や嫌がらせなどのヘイトクライムが急増し、負の連鎖を間近で感じました。
そうした中、「社会の中で起きている課題に対し、自分はどう関われるのか」と考えるようになりました。そしてそれを自分の仕事に結びつけるにはどうすればよいかと考えた結果、国際協力の世界から入っていこうと考えたのです。
ちょうどその頃、開発専門家までがテロ対策を考える機運が高まり、開発協力によって、構造的安定性を高めることが強く議論されていた時期でした。このテーマなら自分にも何かできるかもしれないと、日本のアジア経済研究所で1年間学んだ後、イギリスの大学院で紛争や紛争後の対応について学びました。帰国後は政府系機関であるJBIC(国際協力銀行)と、JICA(国際協力機構)で途上国の開発事業に関わり、様々な国で様々な社会課題の解決に取り組みました。
──印象に残っている仕事は何でしょうか。
JICA在職中に3年間、国連日本政府代表部へ外交官として出向しました。2015年9月にSDGsが採択されたとき国連本会議場にいたことが印象に残っています。その後、当時は一般に認知されていなかったSDGsの啓発活動に取り組みました。活動を通し、持続可能な社会の実現には民間企業の参画が欠かせないと実感しました。
「官か民か」ではなく、共創で社会課題の解決に挑む
── さまざまなキャリアを経て、ミダス財団に入った経緯を教えてください。決め手は何でしたか。
ミダス財団に参画する直前はJICAの民間連携事業部で、海外で社会課題解決に取り組む民間企業を支援する部署の担当課長を務めました。実現したかったのが「民間の推進力をパブリック側から後押しする」ことです。
共助社会の可能性を模索するなかで出会ったのが、多様なステークホルダーとの共創を軸に課題解決へ挑むミダス財団でした。私自身、課題解決とは「官か民か」の選択ではなく、社会に生きる一人一人がそれぞれの立場で関わるものにしたいという思いがありました。15年以上、国際協力の第一線に携わってきたからこそ、次は日本国内の課題にも向き合いたいと考えていたのです。
「民間の力を課題解決に活かすこと」と「国内の課題解決に挑むこと」。この二つを同時に叶えられる場所が、ミダス財団でした。自分が理想として描いてきたアプローチをそのまま体現している組織だと感じ、参画しました。
振り返れば、最初のキャリアは広告から始まり、外交、平和構築、国際協力、SDGs、教育、そして社会課題を解決する民間企業の支援と、一見するとかなり違う仕事をしてきたように見えるかもしれません。ですが、自分の中では一貫して「社会課題にどう貢献できるか」という問いが軸にあったように思います。
「共創ディレクター」としてのミッション
── ミダス財団での職務を教えてください。
二つあり、一つは特別養子縁組事業です。ミダス財団は、あっせん団体のNPO法人ミダス&ストークサポートと提携していますが、特別養子縁組の成立件数など事業のスケールを大きくしていく上で課題がありました。私が採用された理由の一つが、この課題の改善です。ミダス&ストークサポートの本部は和歌山にあり、毎週通って現場の声を聞き、より大きなインパクトの創出に向け体制強化に取り組んでいます。
もう一つは、自身のバックグラウンドを活かした海外事業です。長年培ってきた国際協力のネットワークや知見をベースに、アフリカでの新規事業開発に挑戦しています。
ミダス財団は、ミダスキャピタルの収益の一部に加え、吉村英毅代表の個人資産の一部が寄付される仕組みになっています。理想の社会を掲げるだけでなく、長期的に社会課題に取り組める経営基盤があることに可能性を感じました。
また、ミダス財団は「自ら事業を手がける」という方針を掲げています。特別養子縁組事業はその最たる例で、ミダス&ストークサポートと伴走しながら現場に入り、一つ一つのケースに向き合っています。
私自身も現場に足を運び、そこで実際に何が起きているのか、どのような課題があるのかというリアルな声を直接吸い上げることを大切にしています。
── 「共創ディレクター」とはどんな役割を担うのですか。
先述のように、ミダス財団は基本的に自分たちで事業をつくり、実行することをポリシーにしていますが、財団だけですべてができるわけではありません。
そのため、子どもの体験コンソーシアムではNPOや教育機関などと、特別養子縁組ではミダス&ストークサポートと連携するなど、さまざまなステークホルダーと事業をつくっています。
現在は特別養子縁組事業で「共創(Co-Creation)」を実践していますが、今後さらに新たな事業を立ち上げていく際にも、いかに多様な人や組織と連携できるかが鍵になると考えています。さまざまな主体が関わるなかで、社会的インパクトを最大化するために、どう事業を進めていけばいいか。そうした考えのもと、思い描いた理想を具現化していくのが、共創ディレクターとしての私の使命だと考えています。
── アフリカで挑戦される新規事業について、どのように取り組まれる予定でしょうか。
これまで東南アジアや南アジアで取り組んできた学校建設の経験を活かし、アフリカでも同様のアプローチを構想しています。ただし、学校づくりはあくまで入口にすぎません。地域コミュニティのニーズに応じて多様な支援を展開していきたいと考えています。
アフリカでは難民問題が深刻化し、紛争によって生活基盤や人生の選択肢を奪われた人々が多くいます。教育と難民問題を掛け合わせることで、一人一人の人生により深く、より大きなインパクトを届けていきたいと思っています。
「現場」と「政策」の両面を知る強みを活かし、社会課題解決を加速させる
── ミダスキャピタルとの連携はどのような場面で感じますか。
ミダスキャピタル投資先企業の株式会社AViCには、特別養子縁組事業の広告・マーケティングの面で多大なご協力をいただいています。この事業では、養親希望者や実親の方々に向けて、情報を届けていくことが大切です。プロのノウハウを教えていただいています。
企業が人材を無償で提供するとなると、一般的には自社のCSR活動として、企業名を前面に出すことが多いと思います。しかし投資先企業との連携は、そうした枠組みを大きく超えたものでした。
CSRの費用対効果だけを見れば、決して効率的とは言えないにもかかわらず、社長自ら時間を割いて会議に参加し、リソースを投入してくれています。これは社会課題の解決という想いが、グループ全体に根付いている証左であり、他にはない素晴らしいカルチャーだと感じています。
── 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
私の行動を支える最大の原動力は、やはり現場で直接いただく感謝の言葉です。現場と政策の双方の視点を行き来しながらキャリアを重ねてきました。両方の世界を知っているからこそ、双方を結びつけ、相互にフィードバックさせることができます。長年培ってきた経験と強みを最大限に活かし、多様な人や組織をつなぐことで、大きな社会的インパクトを生み出していく。そんな挑戦を、これからも加速させていきたいと思っています。
ーーありがとうございました。



