
一時は「会社を辞めるなら退職代行」と言われるほど存在感を高めた市場で、異変が起きている。2025年10月に確認されていた主要52事業者のうち、2026年9月までに14事業者でサービス停止の可能性が判明した。割合にすると26.9%。急拡大した市場で、なぜ今、事業者の淘汰が始まっているのか。
52社のうち14社 1年足らずで2割超が停止可能性
帝国データバンクが9月23日に公表した調査によると、2025年10月時点でサービス実態が確認されていた退職代行52事業者のうち、2026年9月までに14事業者で通常の方法によるサービス継続が確認できなくなった。帝国データバンクは「サービス停止」の可能性がある状態としており、14社のうち10社は株式会社などが運営する民間事業者だった。退職代行「スマートヤメマス」の運営事業者が2026年3月に破産するなど、実際に市場から退出したケースも出ている。
約4社に1社が姿を消した計算になる。しかも、把握できていない停止事業者が存在する可能性もある。数年前まで「成長市場」と見られていた退職代行で、短期間にこれだけ退出が続くのは大きな変化だ。
2025年に参入ラッシュ 「伸びる市場」に事業者が殺到した
東京商工リサーチによると、2026年5月時点で営業項目に「退職代行」を掲げる企業は、弁護士法人を除いて56社確認されていた。すべて設立10年未満で、最も多かった設立年は2025年の32社。1年間だけで半数以上が集中している。
退職代行は、依頼者に代わって会社へ退職意思を伝えるという仕組みが分かりやすい。電話やオンライン中心で対応でき、店舗を大量に構える必要もない。若い世代を中心に利用が広がり、「会社へ自分で辞めると言えない」という悩みも可視化された。需要の伸びを見て、新規参入が相次いだ。
ただ、参入が増えれば、似たサービス同士で利用者を取り合うことになる。成長市場に見えた退職代行は、短期間で競争の激しい市場へ変わった。
平均料金は低下 価格だけでは差をつけにくい
帝国データバンクによると、主要な退職代行サービスの平均料金は2025年時点の約2万8000円から、直近では約2万7000円へ低下した。新規参入の増加に加え、法律事務所なども退職代行に参入し、価格競争が進んでいる。
退職意思を会社へ伝えるという基本部分だけなら、利用者から見ればサービスの違いは分かりにくい。料金が比較されやすくなれば、事業者は値下げで選ばれようとする。しかし、価格を下げても広告費や人件費、相談対応のコストは残る。参入しやすかった市場だからこそ、同じようなサービスが増え、利益を確保しにくくなった。
モームリを巡る事件で「どこまで代行できるか」が問われた
市場を大きく揺らしたのが、退職代行「モームリ」を運営するアルバトロスを巡る事件だった。東京地裁は8月28日、退職希望者を弁護士に有償で紹介したとして弁護士法違反などの罪に問われた前社長に懲役2年、執行猶予3年、法人に罰金200万円を言い渡した。モームリ側は、判決は紹介料受領についてのものであり、退職代行サービス自体に対する司法判断ではないと説明している。
この事件で改めて注目されたのが、民間の退職代行がどこまで利用者に代わって対応できるのかという点だ。退職意思を会社へ伝えることと、有給休暇の取得や未払い賃金、退職日の調整などを交渉することは同じではない。法的な交渉が必要になれば、弁護士などの専門家が関わる領域になる。
退職代行が広がるほど、利用者側も「何を頼めるのか」を意識せざるを得なくなった。
利用者が困るのは「辞めます」と伝えた後にもある
退職したい人の悩みは、会社へ意思を伝えればすべて終わるとは限らない。退職を引き止められる、有休を消化したい、未払い賃金がある、損害賠償を示唆された。問題が複雑になるほど、単なる連絡以上の対応が必要になる。
東京商工リサーチの企業向け調査では、弁護士や労働組合ではない退職代行サービスから連絡があった場合、30.4%の企業が「取り合わない」と回答した。利用者から見れば、料金を払った後に会社側とのやり取りが進まないケースも考えなければならない。
だからこそ、利用者が選ぶ基準も変わる。料金の安さだけでなく、民間事業者なのか、労働組合が関与しているのか、弁護士なのか。どこまで対応できるのかが重要になる。
「退職代行ならどこでも同じ」ではなくなった
初期の退職代行市場では、「会社に電話しなくていい」「即日対応」「一律料金」といった分かりやすさ自体が価値になった。利用者にとって、まずは退職代行という存在そのものが新しかったからだ。
現在は違う。サービスの認知が広がり、選択肢も増えた。利用者は「退職代行を使うか」だけではなく、「どこに頼むか」を比べる段階に入っている。
価格、対応範囲、専門家との連携、追加料金、会社が応じなかった場合の対応。比較される項目が増えるほど、単に退職意思を伝えるだけのサービスは埋もれやすくなる。52社のうち14社が停止した可能性があるという数字は、この変化を示している。
終わるのは退職代行ではなく「簡単に参入できた時代」
今回の調査から見えるのは、退職代行そのものの終わりではない。市場が急拡大したことで、参入すれば成長できる時期が終わりつつあるということだ。
2025年には新規参入が集中し、その後に価格競争が進んだ。モームリを巡る事件では法的な境界も注目され、法律事務所など専門性の高い事業者との競争も強まった。
利用者が求めるものも変わっている。安く、早く「辞めます」と伝えてくれるだけでなく、その先に問題が起きた時にどこまで対応できるのか。退職代行が珍しいサービスではなくなったからこそ、事業者の実力差が見えやすくなった。
52社のうち14社がサービス停止の可能性。これはブームが消えた数字というより、急成長した市場が初めて選別の段階へ入った数字と見る方が自然だ。



