
俳優・水谷豊が猛暑の影響で体調を崩し、『相棒 season25』の撮影を一時休養していた。そのニュースの中で、娘・趣里の夫である三山凌輝の現在も改めて注目されている。
三山にとって、この1年余りは立場が大きく変わった期間だった。BE:FIRSTで「RYOKI」として活動していた2025年春、交際や婚約をめぐる報道が相次ぎ、同年5月には「自分自身で歩むべき」として独立を表明。7月に活動を休止し、11月には正式にグループを離れた。その間に趣里との結婚と第1子誕生も発表されている。2026年にはソロ活動を本格化させたが、7月には再び女性関係をめぐる報道が出た。
2025年春、「自分自身で歩む」と決めた
三山の大きな転機は2025年春だった。私生活や交際関係をめぐる複数の報道が続く中、5月25日、今後の活動について発表。三山自身も「今回の報道含め様々な経験を経て」としたうえで、今後は「自分自身で歩むべき」と考え、独立する結論に至ったと説明した。
その後、7月5日のシンガポール公演を最後に活動を休止。11月8日には正式に脱退した。ここで重要なのは、単なる所属先の変更ではない。それまで周囲と共有していた仕事上の判断や説明の責任を、より直接的に自分で背負う立場へ移ったことだ。
活動休止のさなか、趣里との結婚と第1子誕生
仕事上の大きな転換と並行して、私生活でも変化が続いた。2025年8月29日、三山と趣里は結婚していたことと、第1子を授かっていることを連名で発表。9月26日には第1子の誕生を報告した。
つまり三山は、活動休止から正式脱退へ向かう数カ月の間に、夫となり、父親にもなった。芸能人として自分の進路を考えるだけでなく、家族の生活や将来も含めて判断する立場になったことになる。独立によって増えたのは、仕事の自由だけではなかった。
会社を設立し、「ゼロからの再出発」へ
2025年11月には株式会社Star Of Wonder.の設立を発表。音楽や俳優業に加え、ファンとの「Life Community」や飲食事業などにも活動を広げた。2026年2月からは「RYOKI MIYAMA」としてソロアーティスト活動を始め、4月のバースデーライブでは「ゼロからの再出発」を掲げた。
ここまでなら、グループを離れた芸能人が新天地で再起する物語にも見える。ただ、三山の場合は自ら会社を立ち上げ、表舞台に立つ本人が経営側にも回った。自分で仕事を選べる一方、問題が起きたときに所属先へ任せられる範囲は小さくなる。本人の振る舞いが、そのまま会社や事業の信用にもつながる立場だ。
2026年7月、再び女性関係をめぐる報道
再出発が進む中、2026年7月にはミュージカル『愛の不時着』で共演した花乃まりあとの“密会”が週刊誌で報じられた。所属事務所は、舞台の役作りを目的として「二人で過ごす時間があったことは事実」と認める一方、その方法や本人の立場への認識が甘く、「不適切な行動」だったとして謝罪した。
一方で、事務所は不倫関係そのものを認めたわけではない。ただし、コメントにはファンや関係者だけでなく、家族にも心配と迷惑をかけたことへの反省が記された。結婚し、父親となった後の行動だからこそ、以前の報道とは受け止められ方も変わる。
問われているのは「復帰」ではなく、その後の振る舞い
三山をめぐる話題では「復帰」という言葉が使われがちだ。しかし、本人はすでに音楽や舞台などで活動している。2026年春にはライブを開催し、ソロとして次のキャリアも動き始めている。仕事へ戻れるかどうかを待っている状態ではない。
現在の焦点は、「また売れるか」「テレビに戻れるか」だけではない。独立後、自分の名前で仕事をする人間として、そして夫、父親、会社を率いる立場として、起きた問題にどう向き合うのかだ。活動を続けられることと、信頼を得られることは同じではないだろう。
「人とのつながり」を掲げるからこそ問われるもの
三山は独立後、ファンとのコミュニティを立ち上げ、「人と人とのつながり」を意識した事業も展開してきた。だからこそ、その言葉は仕事上のキャッチフレーズだけでは済まない。家族、ファン、共演者、スタッフ、取引先との関係をどう築くのかという、本人自身の姿勢と重なる。
今回、水谷の体調不良を伝える記事をきっかけに、三山の名前まで再び注目された。水谷の体調と三山をめぐる問題に因果関係が確認されているわけではないが、むしろ浮かび上がるのは、結婚によって本人の行動が家族とも切り離されにくくなった現実だ。
「自分自身で歩む」の本当の意味
2025年、三山が語った「自分自身で歩むべき」という言葉は、独立を発表した瞬間より、今の方が重く響く。自分で会社を持ち、自分で仕事を選び、自分の名前を看板にする。それは自由であると同時に、判断の結果を引き受けることでもある。
BE:FIRSTを離れたことが「再出発」のゴールではない。その後、どんな仕事を選び、どんな人間関係を築き、問題が起きたときにどう説明するのか。その積み重ねによって初めて、「自分自身で歩む」という言葉の意味が決まっていく。三山凌輝はいま、その言葉を行動で示す段階にいる。



