
若者に支持されていた『有吉の壁』がレギュラー放送を終える。同じ日本テレビでは『女芸人No.1決定戦 THE W』も2026年の開催を見送った。
一見すると、別々の番組改編に見える。だが二つを並べると、別の変化が浮かぶ。テレビから「まだ完成していない芸人を見つけ、何度も試し、育てる場所」が減り始めているのではないか。番組の効率化が進む一方で、次の人気者を生み出す仕組みまで細くなる可能性がある。
『有吉の壁』終了で失われるのは「放送枠」だけではない
日本テレビは9月10日の改編説明会で、9月30日にレギュラー放送を終える『有吉の壁』について「若年層に支持されていたコンテンツ」と説明した。人気を失ったから単純に打ち切るわけではなく、「もっといい形がある」として今後は特番などで展開する方針だ。
ここで見るべきなのは番組の存続より、放送頻度だ。毎週放送される番組には、芸人が何度も挑戦できるという特徴がある。『有吉の壁』では、ロケ、即興コント、キャラクター、歌ネタなど毎回違う課題が与えられてきた。一度滑っても次がある。何度も出演するうちに視聴者に顔と名前を覚えられる。この「繰り返し試される場」こそ、レギュラー番組が芸人に与えていた価値だった。
番組は残っても、芸人が挑戦できる回数は減る
特番化にはテレビ局側の合理性がある。毎週大量の芸人を集め、ロケ地を確保し、企画を考え続けるより、放送回数を絞って一本を大きく作るほうが効率はいい。宣伝もしやすく、イベント感も出せる。番組ブランドそのものを長く維持する方法としても理解できる。
ただ、年に数回の大型特番と毎週のレギュラーでは、芸人側が得られる機会の量が違う。年間40回近く試される場所が数回になれば、新しい芸人を試す余裕も小さくなる。特番では失敗できる回数も限られるため、制作側も実績のある芸人を選びやすくなる。番組を効率よくすることが、出演者選びまで「失敗しにくい人中心」に変える可能性がある。
『THE W』見送りで「見つかる入口」も変わった
『女芸人No.1決定戦 THE W』も2026年は開催されなかった。同局は9月10日、漫才とコントの二刀流を競う『ダブルインパクト』について、「性別の壁がない」「より間口の広い大会」と説明し、こちらに注力する考えを示した。
『THE W』には昨年、過去最多となる1044組がエントリーした。賞金だけでなく、優勝者には人気番組への出演や冠特番が用意されていた。つまり賞レースそのものが、全国的には無名の芸人をテレビへ送り込む装置でもあった。『THE W』の開催見送りは、一つの大会がなくなった以上に、女性芸人にとってテレビへつながる一本の導線が組み替えられたことを意味する。
「見つかる場所」と「育つ場所」が同時に細くなる
『THE W』と『有吉の壁』は役割が違う。前者は芸人が「見つかる場所」に近く、後者は見つかった芸人が何度も試される「育つ場所」に近い。
芸人は賞レースで優勝した瞬間に完成するわけではない。名前が知られ、番組に呼ばれ、何度も出演しながら自分のキャラクターや立ち位置を作っていく。賞レースの次にレギュラー番組があり、そこで結果を積み重ねることで、ようやく「テレビで使われ続ける芸人」になる。この途中の階段が重要だった。
テレビに出る前に「実績」が求められる時代へ
SNSやYouTubeの普及で、芸人がテレビに出るまでの順番も変わりつつある。ネットですでに話題になっている。賞レースで結果を残している。多くのフォロワーを持っている。そんな「テレビに出る前から数字のある人」は、起用する側にとって選びやすい存在になる。
すると、かつてテレビ番組の中で行われていた発掘や育成が、その手前へ移っていく。劇場やライブ、YouTube、SNSなどで自ら結果を作り、その実績を持ってテレビへ進む。全国放送に何度も出演しながら人気者になるルートから、先に人気者になってテレビに呼ばれるルートへの転換だ。
後番組『THE FLOOR』が示す方向転換
『有吉の壁』の後枠には、岡田准一がMCを務めるクイズ番組『THE FLOOR』が入る。海外で展開されてきたフォーマットで、日本テレビは2026年10月改編のテーマに「誰かと見たい、が、一番見たい」を掲げている。
クイズ番組は途中から見ても参加しやすく、出演者をよく知らなくても楽しめる。芸人のキャラクターや過去の企画を知るほど面白くなる『有吉の壁』とは構造が違う。地上波ゴールデンで「誰でも入りやすい番組」を重視するなら、こうした変更には筋が通る。だがその結果、大人数の芸人を継続的に試す枠は一つ減る。
「テレビで育ててから売る」モデルが崩れ始める
ここまで見ると、テレビ業界で起きているのは単なる番組の入れ替えではない。かつてはテレビ局自身が新人や若手を見つけ、番組に何度も出演させ、人気者へ育てる循環を持っていた。今後はその順番が逆になる可能性がある。
まず劇場、SNS、YouTube、賞レースなどで結果を出す。その数字や実績を見たテレビ局が出演させる。テレビは「人気者を生み出す場所」から、「すでに芽が出た人気者を全国へ広げる場所」へ役割を変える。そうなれば、芸人側もテレビ出演を目標に待つより、自分でファンを作ってからテレビへ進むことが当たり前になる。
問われるのは「次の有吉」を誰が育てるのか
テレビ局にとって番組の効率化は避けにくい。視聴者の時間は地上波、YouTube、TVer、SNSなどへ分散し、一つの番組を毎週地上波だけで育て続ける意味も変わっている。『有吉の壁』を特番として残す判断も、人気コンテンツを長く使う戦略として考えれば合理的だ。しかし、コンテンツを効率よく使うことと、人を育てることは同じではない。失敗する芸人を何度も出す。まだ人気のない芸人にも機会を与える。数字になるまで時間をかける。そうした一見効率の悪い過程から、次のスターが生まれてきた。
『有吉の壁』のレギュラー終了と『THE W』の開催見送りが突きつけているのは、番組の未来だけではない。テレビが芸人を育てる役割を縮小していくなら、その役割を誰が引き受けるのか。劇場なのか、YouTubeなのか、SNSなのか。それとも芸人自身が、自分で人気になるところまで背負う時代になるのか。テレビから「芸人が育つ途中」が見えにくくなるとき、お笑い界のスター誕生の仕組みもまた、大きく変わろうとしている。



