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弱者搾取か、過剰なキャンセルか? 『みいちゃんと山田さん』アニメ化騒動が浮き彫りにする問題点

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話題作のアニメ化と、巻き起こる反対運動

みいちゃんと山田さん
アニメ『みいちゃんと山田さん』【公式】Xより

講談社の漫画配信サイト「マガジンポケット」で連載中の亜月ねね作『みいちゃんと山田さん』(以下、『みい山』)のアニメ化が発表され、大きな波紋を呼んでいる。

 

本作は間もなく累計300万部を突破すると目されるヒット作であり、アニメ化自体は自然な流れと言える。しかし、知的障害が疑われる元キャバクラ嬢のヒロイン・みいちゃんが最終的に殺害されてしまうという過激な内容を含んでいることから、元々「バズり」要素の強い作品ではあった。 今回の発表を受け、一部から「知的障害者や風俗関係者への偏見を助長する」として、署名サイトを通じたアニメ化反対運動(※1)が起こる事態にまで発展している(なお、当該サイトでは署名と同時に募金も集められているが、その使途については不透明な部分もある)。

この炎上に対し、アニメ製作委員会は速やかに以下の声明を発表した。

「原作の持つテーマやメッセージを尊重するとともに、偏見や誤解を助長することのないよう、専門家の助言等も得ながら、適切なレーティングや注意喚起を記載するなど、慎重に制作を進めてまいります」(※2

しかし、現在も批判の声が収まる気配は見えない。

過激な内容と読者の反応——「作品」と「読者層」は同一か

 

反対運動を主導しているのは、ジャーナリストの郡司真子氏らである。彼女はnoteにおいて、アニメ化反対の根拠を以下の2点に集約している(※3)。

  • 性風俗・性売買のノーマライズ(常態化・日常化)
  • 知的・発達特性のある人への蔑視・スティグマの再生産

これに石川優実氏や藤井セイラ氏など、著名なフェミニストの論客たちが賛同し、SNS上では「フェミニストのオールスターが集結した」などと揶揄されるほどの熱を帯びている。

ここで『みい山』の内容について簡単に触れておきたい。確かに本作はかなり過激な描写を含む。ヒロインのみいちゃんはキャバクラ嬢から違法風俗店へと身を落とし、最終的には不良に殺害されてしまう。連載がまさにその佳境を迎えているタイミングでのアニメ化発表だったことも、反発を招いた一因だろう。

作中、みいちゃんは知的障害や発達障害が疑われるものの、明確な診断は下されない。当初は温厚で健気な側面もあった彼女だが、連載が進むにつれ、感情をコントロールできず、小学生以下と思わせるような未熟な行動をとるようになる。彼女が周囲に迷惑をかけ、疎まれる姿が物語の主軸となっており、実際に障害を持つ方やその関係者が読めば、胸を締め付けられるような作品であることは間違いない。

 

これは、当初の「困難を抱えつつ生きる少女の物語」から、予測外のバズりや読者の反応に作者が引っ張られ、「トラブルメーカーとしてのみいちゃん」がクローズアップされていった結果とも推測できる。商業作品である以上、読者の反響を意識するのは当然だが、結果として読者層の中にみいちゃんを「害獣」「殺されても仕方ない」と罵るような極端な空気が生まれてしまった。SNS上で「お前、みいちゃんかよ」と、ヒロインの名前を差別用語のように使う層まで現れており、この惨状を見れば、アニメ化に眉をひそめる人々の気持ちも理解はできる。

だが、「作品自体が弱者への差別をテーマにしているか」といえば、それは明確に否である。 事実、劇中には知的障害を持つと明言されている「ムウちゃん」という友人が登場する。彼女はみいちゃんに唆されて犯罪に手を染めてしまう描写もあるが、基本的には素直なキャラクターとして描かれ、前述の過激な読者たちからも「癒やしキャラ」として愛されている。この点を見ても、過激な読者全員が「障害者に敵意を持つ差別主義者」であると断じることはできない。露悪的なネットミームがエスカレートした結果という側面が大きいのだ。

反対派は「一部の読者の悪質な反応」と「作品そのものの本質」を混同しているきらいがあり、そこに議論の危うさを感じる。

 

表現の影響力と規制の歴史

反対派の郡司氏は、「娘が職場で『みいちゃん』とからかわれ、正社員雇用をわずか4日で取り消された」と訴えている。仮にこれが事実だとしても、それは職場の労働環境や個人のモラルの問題であり、「だからアニメ化を中止すべき」とするのは論理の飛躍である。また、表現規制問題に詳しい論者からは、同氏の主張の信憑性そのものに疑問を呈する声も挙がっている(※4)。

反対派の根底にあるのは「アニメが人々に偏見を与え、実害をもたらす」という危惧である。しかし、この論法を適用すれば『名探偵コナン』は殺人を誘発するから放送禁止、ということになってしまう。

昭和の時代、『仮面ライダー』(1971年)の「ライダーキック」を真似した子供が怪我をする事故が起きた。制作側は番組内で「真似をしてはいけない」と注意喚起を行ったが、「番組がなければ事故は起きなかったから放送を規制せよ」とはならなかった。 また、1988年には『ちびくろサンボ』が「黒人差別だ」として絶版になる騒動が起き、その余波で藤子・F・不二雄らの作品(『オバケのQ太郎』の一部エピソードや『ジャングル黒べえ』)までもが自主回収に追い込まれた。その結果、日本のコンテンツから黒人キャラクターそのものが「消される(萎縮する)」という事態を招いたが、果たしてそれは文化として健全な姿だっただろうか。

 

反対運動の背後にある「思想」への懸念

ではなぜ、本件においてフェミニストたちがこれほど強く反応しているのか。彼女らが真に憤っているのは、「知的障害への差別」以上に「夜職の女性が被害に遭う物語」そのものに対してであるように見受けられる。

フェミニズムの中核には「ジェンダーフリー」や「構造主義」に紐づく思想がある。そこでは「女性らしさや男性らしさ、さらには異性愛の構造そのものが、男性による女性支配のための抑圧である」と解釈される傾向が強い(※5)。この極論に近い思想を前提とすれば、女性への加害描写やポルノグラフィだけでなく、既存の恋愛ドラマすらも「悪」とみなされかねない。

『みい山』のアニメ化を中止したところで、現実の差別や偏見が消えるわけではない。むしろ、これをきっかけに「少し足りないキャラクター」や「社会の暗部を描く作品」が軒並みキャンセル(排除)されていくことのほうが恐ろしい。

 

もちろん、『みい山』は過激な作品であり、地上波のゴールデンタイムに放送されるべき性質のものではないだろう。しかし、おそらくは深夜アニメやネット配信といった形で、棲み分けがなされるはずである。それならば、反対派が危惧するような「無防備な子供への悪影響」は最小限に抑えられる。

私たちは、『みい山』という作品に対する「個人的な嫌悪感」を抱く自由を尊重すべきだ。しかし、その嫌悪感を隠れ蓑にして、特定の思想に基づく「表現のキャンセル(抹殺)」を社会に押し通そうとする動きに対しては、冷静に線引きをし、安易に首を縦に振ってはならないのである。

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ライター:

本来はオタク系ライター。 フェミニズム、ジェンダー、弱者男性問題について考えるうち、女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱、2009年に『ぼくたちの女災社会』を上梓。noteやYouTubeでも活動中。 YouTube(https://www.youtube.com/@%E5%A5%B3%E7%81%BD%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB) note(https://note.com/hyodoshinji)

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