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上坂会計グループ

https://www.uesaka.ne.jp/

〒915-0256 福井県越前市赤坂町4-1

0778-43-1177

算数につまずく子に、将来の選択肢を。上坂会計グループがカンボジアで始めた教育支援

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上坂会計グループ カンボジアにて
カンボジア・プレイクラン村の小学校を訪れる片川氏と現地の子どもたち(提供:上坂会計グループ、以下同)

カンボジアの孤児院で、地元の大学生が子どもたちに算数を教えている。その活動を支えているのは、福井で半世紀以上つづく会計事務所だった。税理士法人上坂会計を中心とする上坂会計グループが2025年に始めた「UESAKA算数プロジェクト」である。

会計と算数、福井とカンボジア。一見遠いものを結んだのは、十数年をかけて積み重ねられた現地との関係と、「なぜ算数なのか」という一つの気づきだった。

 

福井の会計事務所が、カンボジアへ

上坂会計グループは、税務会計を中心に、福井で地域に根ざして事業を続けてきた会計事務所のグループである。1970年の創業から半世紀以上。いくつかの関係会社を擁しながら、税理士法人上坂会計を軸に、地元の顧問先を長く支えてきた。今回話を聞いた片川氏は、入社30年目の税理士である。代表を務める上坂氏が先代から事業を引き継ぐ、ちょうどその時期に入社した。

上坂会計グループ 片川長州氏
上坂会計グループ 片川 長州氏

グループが海外に目を向けたのは、アジア各国が経済成長を続けていた時期だった。代表の上坂氏が「自分たちもアジアに出たい」という方針を掲げる。会計事務所業界でも海外進出への関心が高まりつつあり、片川氏はセミナーに足を運び、現地で事務所を構える税理士と面識を得るなどして、数年にわたり進出先を模索した。そして2012年、知人を頼ってベトナムとカンボジアの両国を視察する。担当として現地に足を運んだのが片川氏だった。

ベトナムには、すでに日系の会計事務所が複数進出していた。ここで自分たちが果たせる役割は限られる。そう判断した片川氏たちは、日系の会計事務所がまだ少なかったカンボジアを選ぶ。2013年、現地法人を設立した。顧客も、現地で働く人材も、まだいない。この国でどう事業を組み立てるのか。その問いに向き合いながら、最初の2、3年を費やしたと片川氏は振り返る。

上坂会計グループ 青木 皓一郎氏
カンボジアの現地責任者を務める青木 皓一郎氏

現地の経営を託されたのは、青木皓一郎氏である。2013年9月から駐在し、現地の顧客対応から会社の経営まで、いまも中心となって担う。事業の柱は二つ。一つは、カンボジアへ進出する日系企業の現地法人を、会計税務、そして提携先を通じた法務の面から支えること。もう一つは、日本の顧問先の会計業務を、現地のカンボジア人スタッフが担うことだ。共通言語は英語。そこにクメール語と日本語が交わる職場が、こうしてかたちづくられていった。

上坂会計グループ カンボジア事務所
カンボジア事務所の様子
 

一人の女性との出会いから、孤児院へ

「UESAKA算数プロジェクト」につながる糸を手繰っていくと、一人の女性社員に行き当たる。現地法人をここまで支えてきた、ラニー氏だ。

上坂会計グループ ラニー氏
2013年入社当時のラニー氏(右)

片川氏が彼女と出会ったのは、カンボジアのある孤児院だった。家庭の事情から孤児院に身を寄せ、そこから大学に通っていたラニー氏を、卒業の年に孤児院の関係者が引き合わせてくれた。入社後もしばらくは孤児院から通勤していたという。やがて税理士の資格を取得し、いまでは現地法人の中核を担う存在になっている。「彼女がずっといてくれたおかげで、会社はここまで来られた」。片川氏はそう言い切る。

その孤児院が、くっくま孤児院である。運営するのは、認定NPO法人GLOBE JUNGLE。代表理事の森絵美子氏は大阪を拠点に日本とカンボジアを行き来し、副代表として現地の事務局を預かる楠美和氏は、2008年頃から孤児院の「お母さん」として子どもたちと暮らしてきた。

片川氏自身も、この孤児院とは13年ほどの付き合いになる。会社としての関わりが始まるずっと前から、個人として寄付を続けてきた。カンボジアを訪れるたびに孤児院に足を運び、子どもたちの様子を見てきた。その積み重ねが、のちに会社を動かすことになる。

 

「教育」という選択、「算数」という答え

孤児院との関係が長く続くなかで、会社として何かできないか。そう考えるようになったのは、代表の上坂氏だった。グループとしてSDGsへの取り組みを掲げたことも、後押しになった。

支援の形は、いくつも候補に挙がった。図書館をつくる。物資を寄付する。トイレを整える。だが上坂会計グループは、そのなかから選ぶ前に、現地の声を聞くことにした。青木氏が現地の楠美和氏のもとへ足を運び、どのような支援を必要としているのかを聞き取る。あれでもない、これでもないと、そのやりとりに1年ほどをかけたという。

そこで見えてきたのは、思い描いていた支援の多くが、すでにある程度は行き届いているという現実だった。孤児院では、トイレも自分たちの手でつくってしまったと聞いて、片川氏は驚いたと話す。十分ではないにせよ、必要なものは現地で整えられつつある。ならば、まだ手の届いていないものは何か。

問いが片川氏のもとへ巡ってきたとき、手がかりになったのは、グループがSDGsで掲げる「質の高い教育をみんなに」というキーワードだった。そしてもう一つ、カンボジアで自身が肌で感じてきた実感である。

現地では、算数につまずく子どもが少なくない。片川氏は採用のために地方の中学校や高校、大学を訪ねる機会が多く、そのなかでそう感じてきた。背景には、同じ年齢で一斉に進級するとは限らない事情もあるという。日本の小学3、4年生ほどの年齢になってから小学1年生になる子もいれば、学校に通えない子もいる。積み重ねが崩れやすく、割り算や分数のあたりでつまずいてしまう。「教え方の問題なのか、詳しいことは自分にもわからない」と断りつつ、それでも算数を苦手とする子が多いという実感は、確かなものだった。孤児院に通うなかで、算数が難しい、苦手だと口にする子どもたちを何人も見てきた。

上坂会計グループ 片川長州氏

だからこそ、算数だと片川氏は考えた。算数でつまずかずに済めば、ほかの教科を乗り越えていくきっかけにもなる。学ぶ意欲が続けば、進学の道も開けやすくなる。「もし算数が得意になって、いつか会計に興味を持つ子が出てくれば、ラニー氏のようにうちに来てくれるかもしれない」。必ずそうなるとは限らない。それでも、そんな未来をどこかに思い描きながら、片川氏は「教育、なかでも算数を」と提案した。

思いついた支援を差し出すのではなく、現地に必要なものを1年かけて探り当てる。「UESAKA算数プロジェクト」は、そうして輪郭を得た。

上坂会計グループ「UESAKA算数プロジェクト」
「UESAKA算数プロジェクト」初回講義の様子
 

10年を見据えて決まった、年間60万円

こうして2025年、「UESAKA算数プロジェクト」が動き出した。

子どもたちに算数を教えるのは、上坂会計グループの社員ではない。孤児院とつながりを持ち、日本の支援者の力で大学へ進んだ若者のうち、数学を得意とする学生が、家庭教師として教える側にまわる。場所は孤児院のなかだ。支援を受けて学んだ側が、次の世代に教える。その循環を、グループが金銭面から支えている。企画を提案したのは片川氏だが、これを一つのプロジェクトとして認め、実行を決めたのは代表の上坂氏である。

支援額は、月に5万円、年間で60万円。この数字の導き方に、プロジェクトの性格がよく表れている。

上坂会計グループ 片川長州氏

片川氏はまず、現地で家庭教師を頼むのに実際どれだけの費用がかかるのかを、楠美和氏に尋ねた。同時に上坂氏には、10年続けるとしたらどこまで出せるかを確認している。現地に必要な額と、会社が長期にわたって出し続けられる額。二本の線が交わったところに、60万円という数字があった。

つまり、この金額ははじめから10年という時間軸のなかで設計されている。10年ならば、600万円。「これは10年ぐらいは続けさせてくださいと、上坂には言っています」。片川氏はそう語る。単年度の予算として計上された寄付ではなく、教育という成果の出方が遅い領域に、腰を据えて向き合うための設計だった。

 

続けることを、支援の条件に置く

なぜ、そこまで「続けられるか」にこだわるのか。片川氏の言葉は、支援というものの現実に踏み込んでいく。

背景には、2015年頃の経験がある。当時、上坂氏には奨学金による支援をしたいという思いがあった。学費を支え、卒業した若者に会社へ来てもらい、そのまま定着してもらう。そうした構想のもとで実際に取り組んだ時期があった。だが、思うようには続かなかった。

「使ったお金に対して、どれだけ成果が出るか。企業である以上、そこは避けて通れない」。片川氏はそう振り返る。

支援は、続いてこそ意味を持つ。片川氏の考えの根にあるのは、その一点だ。「やったりやらなかったりでは、支援される側も戸惑ってしまう」。教育の成果は、翌年に数字となって現れるものではない。子どもが算数を身につけ、学ぶ意欲を保ち、進学して将来を選び取る。その道筋がひらけるまでには、年単位の時間がいる。だからこそ、途中で手を離さずに済む形をあらかじめ組んでおく必要があった。

そして、支援を途切れさせないためには、支える側が立っていなければならない。「社員にきちんと給料を払い、税金も納め、少しずつでも成長し続ける。それができていないと、とても支援などできない」。企業として利益を上げ続けることと、支援を続けることは、片川氏のなかで切り離せない。カンボジアで13年にわたって事業を営み、黒字を保ってきたからこそ、いま踏み出せた支援でもある。「最初から支援させてくれと言っても、うちはお金を出せなかったと思うんです」。

もっとも、これは「余裕のある会社にしかできない」という話ではない。以前、代表の上坂氏は、確かな気持ちがあればどんな会社でも支援はできると語っている。二つの言葉は矛盾しない。片川氏自身、会社としての支援が始まるずっと前から、個人として孤児院への寄付を続けてきた。現地に足を運び、子どもたちの様子を見てきた年月がある。その積み重ねがあったからこそ、「UESAKA算数プロジェクト」は会社として取り組むべき企画として認められたのだろうと、片川氏自身も振り返っている。

支援を、一度限りの善意で終わらせない。そのために何が必要かを、上坂会計グループは自らの経験から導き出してきた。

上坂会計グループ「UESAKA算数プロジェクト」
「UESAKA算数プロジェクト」授業風景
 

日本の高校生にも伝える、カンボジアの学び

学びをめぐる上坂会計グループの取り組みは、カンボジアだけにとどまらない。

グループは近年、福井を拠点に高校生向けの教育プログラムを展開する一般社団法人BEAUに、オフィシャルパートナーの一社として名を連ねている。同法人が運営する「BEAU LABO Online」は、3か月を一区切りとして、高校生が自ら決めたテーマのもとで活動し、その成果を発表するプログラムだ。参加する高校生は福井の生徒が中心だが、東京や海外から加わる生徒もいる。参加費は高校生から集めず、企業の支援によって運営されている。

上坂会計グループは、資金面での支援に加え、講師としてもこの場に立つ。オンラインで開かれる夜の時間帯のプログラムに参加し、自分たちの活動を高校生に伝える。話す内容は、カンボジアでの取り組みが中心になることが多い。「UESAKA算数プロジェクト」について語り、高校生からの質問に答える。高校生たちはその内容を持ち帰り、自分のレポートへとまとめていく。

カンボジアの子どもたちの学びを支える活動が、海を越えて、日本の高校生が自ら考えるための材料にもなっている。

カンボジアの教室で、いま

プロジェクトが始まって、1年が過ぎた。現地からは、子どもたちのテストの点数が上向いてきたという便りが届いている。因果をはっきりと結ぶには早い段階だが、教える側と学ぶ側が積み重ねてきた時間が、少しずつ形になりはじめている。

くっくま孤児院で暮らす子どもは20数名。1歳ほどの子もいれば、働ける年齢に達した子もいる。その顔ぶれは、いつも同じではない。ある程度成長した子どもを、事情を抱えた親が引き取りにくることもあるという。片川氏が13年前に出会った子どもたちのうち、いまも連絡が取れるのは数人だという。日本で暮らしているとにわかには想像しがたい現実が、この孤児院の日常にはある。

だからこそ、学びなのだと片川氏は言う。カンボジアの子どもたちには、勉強が自分の将来に直結しているという感覚が、日本より強いように見える。上坂会計グループの現地スタッフも、仕事を終えた夜に語学や資格の学校へ通う。働きながら大学に通う社員も珍しくない。学び、資格を得ることが、収入や仕事の幅につながる。そうした空気が文化として根づいているのを、片川氏は現地で感じてきた。

学びが将来につながるとしても、その入り口で算数につまずいてしまう子がいる。割り算が越えられず、分数で行き詰まり、そこから先の教科にも手が届かなくなる。学びたいという気持ちがあっても、道が閉ざされてしまう。「UESAKA算数プロジェクト」が向き合っているのは、その一点だ。

上坂会計グループ カンボジア現地の社員
カンボジア現地の社員

いまカンボジアの孤児院では、かつて支援を受けて大学へ進んだ若者が、年下の子どもたちに算数を教えている。算数の問題に頭を悩ませ、解けたときに顔を上げる。そんな時間が、少しずつ積み重なっていく。10年後、この教室から巣立った誰かが、自分の力で将来を選び取っているかもしれない。福井の会計事務所が支えているのは、その可能性である。

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ライター:

Sacco編集・ライター。企業に直接出向く取材が中心。扱う記事はサステナビリティ、ウェルビーイング関係が多め。

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