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田中嶺臣くん不明、「かれい川の湯」700メートル下流で遺体 父「本当は生きててほしかった」

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鹿児島県霧島市隼人町嘉例川の温泉施設「かれい川の湯」で6月21日から行方不明になっている熊本県八代市の保育園児・田中嶺臣(れお)くん(5)の捜索で、7月17日午前、施設から約700メートル下流の天降川沿いで子どもとみられる遺体が見つかった。

遺体は男性で身長約115センチ。衣服は身につけておらず、死後相当期間が経過しているとみられる。警察は嶺臣くんの可能性も視野に身元の確認を進めている。

 

「もうちょっと遊びたい」内鍵の浴室から姿消す

MBC南日本放送などによると、嶺臣くんは6月21日、両親と2歳の弟の4人で鹿児島市の平川動物公園を訪れた。熊本県八代市へ戻る途中、汗を流すために「かれい川の湯」の家族湯へ立ち寄った。

母親と弟が先に脱衣所へ移り、その後に父親も浴室を出た。水遊びが好きだった嶺臣くんは「もうちょっと遊びたい」と内湯に残った。

約3分後、父親が浴室へ戻ろうとすると、ドアには内側から鍵がかかっていた。硬貨で解錠すると嶺臣くんの姿はなく、川側の窓と網戸が開いていた。

施設関係者によると、窓から外の敷地までは約1.8メートルの高低差があり、その先には木々が生える敷地と土手が続いていた。浴室から天降川までは約8メートル。警察は、嶺臣くんが窓から外へ出た後、川へ転落した可能性があるとみて捜索してきた。

 

延べ約1000人が捜索 父親は毎日八代市から現場へ

警察と消防は温泉施設周辺から約10キロ下流の河口まで範囲を広げ、ドローンによる上空からの確認や潜水捜索を実施した。捜索に投入された人数は延べ約1000人に上った。

父親は熊本県八代市から毎日のように現場へ通った。7月15日には地元漁師の協力を受け、7隻の漁船で錦江湾を捜索。波が高く途中で5隻が離脱したものの、残る2隻が午前11時ごろまで海上を調べた。

大雨や台風7号の影響で天降川の水位が高い日が続き、水中は濁っていた。消防は6月30日にいったん活動を終え、川の状態を確認しながら再捜索の時期を調整していた。

 

増水時に確認できなかった堰 透明度が戻った捜索で発見

九州南部の梅雨明け後となる7月17日、警察と消防は約70人態勢で一斉捜索を再開した。午前9時20分ごろ、施設から約700メートル下流にある発電所の取水口付近で、子どもとみられる遺体を発見した。

遺体があったのは、川を横断するコンクリート製の堰の脇だった。木くずや竹などが岸にたまり、その上に乗るような状態だったという。

MBC南日本放送によると、行方不明当時の現場は水位が約1.6メートルあり、流れも速かった。霧島市消防局の狩川靖消防局長は、当時は視界が悪く、流速も速いため近づけなかった場所の一つだったと説明した。水位が下がり、川の透明度が戻った状況で再び確認したところ、遺体が見つかった。

 

「かれい川の湯」は7月1日に営業再開

「かれい川の湯」は行方不明後の6月23日、公式サイトで「しばらくの間」の臨時休業を告知した。その後、7月1日付で営業再開を発表している。

公式サイトの再開告知は営業再開を伝える短文のみで、浴室の窓や河川側に講じた安全対策、行方不明事案に関する説明は記載されていない。

父「会ったときは褒めてあげたい」

KTS鹿児島テレビによると、遺体の発見から約9時間後、嶺臣くんの父親が取材に応じた。

父親は覚悟していたものの、生きていてほしかったとの思いを明かした。大雨の中で流されずに残っていた息子を、会えたときには褒めたいと語り、これまで捜索に携わった警察、消防、漁師やボランティアへ感謝を伝えた。

発見現場には両親も駆けつけ、母親は涙を流していたという。警察は嶺臣くんの可能性も視野に遺体の身元を確認している。7月18日夕方までに、身元が確定したとの発表は出ていない。

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ライター:

東京都出身。一日中ネットに張り付いている。

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