
冬の乾燥から肌を守り、吸湿発熱効果も備えた驚異の「米ぬか繊維」。この画期的な素材を生み出したのは、大手繊維メーカーではなく、兼業農家として土と向き合い続けてきた株式会社鈴木靴下の社長、鈴木和夫氏だった。
目先のトレンドに流されず、廃棄される米ぬかの有効活用という1つのテーマに20年以上心血を注いできた歩みは、まさにSDGs時代のモノづくりの体現である。地域資源を活かし、衣服の循環を見据える同社の挑戦を追う。
地域農業の日常から芽生えた「もったいない」と資源循環の原点
鈴木氏は現在も、2,400坪もの田をほぼ1人で耕し続ける兼業農家としての顔を持つ。学生時代から農業に携わってきた彼にとって、米ぬかは非常に身近な存在だった。大学時代、玄米を精米するたびに大量の米ぬかが田や畑に廃棄されるのを見て、ある思いを抱くようになる。

鈴木氏
「もったいない、何かこれを有効活用できないだろうか、と。今で言うSDGsになるのかは分からないですが、もったいないなと常々思っていました」
その時、鈴木氏の脳裏に浮かんだのが、小学校時代の記憶だった。当時は米ぬかを布の中に入れた「ぬか袋」を作り、学校の廊下を拭いていたという。そのぬか袋で磨かれた廊下は、黒光りするほど美しかった。
「この米ぬかで、昔作ったぬか袋のようなものができないだろうか。米ぬかでそれができるとしたら、足のつやも良くなるのではないか、というのが元々の原点です」
身近な未利用資源を活用して人々の役に立てないか。これが、後に業界の常識を覆す米ぬか繊維の原点となる着想だった。
地域の「知」とプロの技術を結集し、未利用資源を工業ベースへ
アイデアはあったものの、糸作りのノウハウを持たない鈴木氏の提案は、当初誰にも相手にされなかった。25歳の頃に糸の商社に構想を話しても良い返事は得られなかったという。しかし、それから20年の時を経た2003年、45歳になった同氏は自らの手で実験を始める。鍋に靴下と米ぬかを入れて煮込むという、素人ならではの挑戦だった。

自力で研究を進めていく中で限界を感じた鈴木氏は、和歌山県工業技術センターで米ぬかの研究を専門とする谷口久次先生に教えを請う。そこで、「成分を抽出して糸に入れるしかない」という指導を受け、フライパンで米ぬかを炒るところから、エタノールを用いた成分抽出までを自らの手で行った。繊維用の接着剤を用いて完成した手作りの「米ぬかソックス」を約80名に試してもらったところ、「肌がスベスベしてきた」という確かな手応えを得た。
そこから量産化への道が始まる。粉末である米ぬかを繊維に活用するという発想は、プロの技術者ほど不可能であると考える領域だった。
「バナナやサトウキビのように繊維長になっていない粉末の米ぬかを糸にするなど、技術者になればなるほど『できるわけがない』と考えるものです。振り返れば、私は素人で何も分からないからこそ、『なんとかならないのか』と突き進むことができたのだと思います」
手作りでの実証を経て、最終的には食品メーカーやプロの紡績工場と連携することで、安全性と品質を兼ね備えた信頼性の高い「素材」へと昇華させることに成功した。2006年のことである。販売価格から逆算した予算ありきの開発ではなく、開発者であり決裁者でもある鈴木氏だからこそ、糸の限界と本質的な価値を突き詰めることができたのだ。
17年間、毎年100万円を投じ続ける安心・安全への絶対的責任
画期的な素材を生み出した鈴木氏だったが、その道のりは決して平坦ではなかった。全くの未経験から営業に飛び込み、量販店での極度のプレッシャーから駅で体調を崩し、歩けなくなるほどの重圧も経験したという。
しかし、それらの悔しさはすべて、自社のモノづくりを本物にするための原動力を生み出すきっかけとなった。鈴木氏が何よりも重きを置いたのは、目先の利益ではなく「安全性」だった。食品由来の成分を特殊な製法で糸に練り込んでいるため、機能性以前に、人体への安全性や腐食の有無などを徹底的に検証する必要があったのだ。

「1足しか売れなくても、毎年有害物質の検査などに100万円ほど使ってきました。それが17年ほど続いています。今、自信を持って話ができるのは、それだけの年数をかけて問題が起こらないことを十分に確認してきたからです」
開発には私財を含め約1億円を投じた。金融機関からの融資に頼らず、自社資金で自分のペースで研究を続けられたからこそ、途中で諦めることなく品質を追求できたという。結果として、20年間にわたり靴下を販売して肌のトラブルは一度も起きていない。人々の肌の健康を守り続けるという、モノづくりにおける絶対的な責任感がそこにある。
自然の恵みと科学が証明した米ぬか繊維〈䋛-mai-〉
こうして完成した米ぬか繊維は、非常にユニークな構造をしている。繊維の断面を見ると、レーヨンが食器を洗うスポンジのような形状をしており、その無数の小さな穴の底に米ぬかの美肌成分を含むオイルが練り込まれているのだ。

「ポリエステルのような樹脂の中にオイルを入れても永遠に表に出てきません。しかし、このレーヨンはスポンジ状なので、成分がじわりじわりと滲み出してきます。断面が破損しても次の断面から成分が出る構造になっており、50回洗濯しても持続性があることが確認できています」
その効果は、客観的なデータによっても実証されている。2026年に行われた試験では、被験者15名全員の肌水分量が上昇するという顕著な結果が出た。一般的なレーヨンは夏場には涼しい反面、冬場には体の水分を奪いがちだが、米ぬか繊維は保湿しつつ発熱するという画期的な機能性を備えている。
さらに、この繊維がいかに無駄のない資源循環から生まれているかを示す、分かりやすい指標がある。
「1足の靴下を作るのに必要な米ぬか成分の量は、1個のおにぎりを作る時に出る米ぬかの量とほぼ同じなのです」
廃棄されるはずだったおにぎり1個分の米ぬかが、冬の乾燥から肌を守り、人々を温める1足の靴下に生まれ変わる。まさに自然の恵みを余すところなく活用するエコロジーの体現と言える。
目先の流行に流されず、一筋の思いを通す経営
鈴木氏の根底にあるのは、父親から受けた厳しい教えだ。「よそが8時間働くなら、うちは12時間働かなければやっていけない」。大学時代から夜7時から深夜2時まで家業に従事し、下請けや地味な作業をこなしてきた経験が、人一倍の粘り強さを育んだ。
「普通の人は開発してダメだったら次、またダメだったらこっち、となるかもしれませんが、私はゲルマニウムが流行ってもシルクが流行ってもそちらへ行くことはありませんでした。長年米ぬかだけに筋を通してきたというのが私の誇りです」
市場のトレンドに振り回されず、一つの地域資源の価値を信じ抜く。そのぶれない姿勢が、持続可能なサステナブル経営の基盤となっている。

次世代へつなぐ、身近な課題解決の推進力と「関心」の教育
現在、鈴木氏のもとには、中学生や大学生、さらには東京大学大学院のゼミ生など、多くの若者が工場見学や学びを求めて訪れている。彼らに必ず伝えているのが、「夢を持つこと」以上に「関心を持つこと」の重要性だ。
「例えばコーヒーカップに関心を持てば、取っ手の位置や素材を変えることでどういうメリットがあるかが見えてきます。落語家になりたいなら、どうすればなれるのかを考え続けることで近づいていける。物事に関心を持ち、分からなければ専門家に教えを請う、資金がなければ制度を活用する。それらをつなぎ合わせていけば、何でもゴールに近づいていけるのではないかと考えています」
さらに鈴木氏は、自ら課題を解決するための「推進力」を生み出す秘訣について、こう言葉を結んだ。
「例えばアパートの1室の角を改善しようとした時、世の中に80億人いても、その現状と課題を知っているのはその住人だけです。つまり、そのことに関しては自分が『世界の第一人者』なのです。そう思えば見る目が変わり、力が出てきます。私も、朝から晩まで米ぬかソックスのことを考えているのは私しかいない、私が世界の第一人者だと思って推進力にしてきました」
現在でも、鈴木氏は毎朝4時50分に出社している。「自分は人より劣っているから、人よりも何かでカバーしなければならない」という謙虚さと、圧倒的な熱量。一人の兼業農家の「もったいない」から始まった米ぬか繊維の物語は、次世代のモノづくりに向けた確かなバトンとして、これからも社会に温かい循環を生み出していくだろう。



