
遺産分割、遺留分、遺言無効、使途不明金問題、共有不動産、信託――。相続にまつわる幅広い案件に注力するのが、大阪市北区堂島の田阪法律事務所だ。人の想いが複雑に混じりながら、法的な正しさが求められる相続の事案において、同事務所は圧倒的な経験値と確実な調査をもとに、依頼者を「事件の終わり」まで導いている。なぜ「事件の終わり」を重視するのか、どのように導くのか。同事務所代表の田阪弁護士に伺った。
人生の整理を手伝う、相続のプロフェッショナル
田阪法律事務所は、大阪市北区堂島に事務所を構える法律事務所だ。相続・不動産・企業法務を主な取扱分野とし、なかでも遺産分割、遺留分、遺言無効、使途不明金問題、共有不動産、信託など、相続に関する幅広い事案に注力している。
同事務所の強みは、過去に取り扱ってきた事件の圧倒的な多さに裏打ちされた経験値と、徹底した調査にある。
相続案件は複雑なことが多く、正確かつ迅速な作業が求められる。戸籍収集や相続関係図の作成によって相続人を確定させ、不動産登記簿謄本、預金通帳、保険証券、有価証券の取引報告書、車検証といった資料を収集して遺産目録を作成し、遺産を確定させる――。この過程で扱う資料やデータは過去10年分以上に及ぶことや、1,000ページを超えることも日常茶飯事だ。
しかし、その膨大な資料を的確に整理してはじめて、事案ごとの最適な方針を立てることができるようになる。手間も時間もかかる作業が敬遠されがちだからこそ、田阪弁護士は相続という分野にやりがいを持ち、スピード感と緻密さを武器に多くの事案を扱ってきた。

そんな田阪弁護士が意識していることは「迅速に整理して、道筋をつけること」だという。
「依頼者は解決を求めて相談に来られますから、まずはそこまでの道筋をきちんと明確にすること。悩まれている方は、どうしても頭の中で考えがぐるぐると巡ってしまって、何をどう進めたらいいのかが分からなくなっていることが多くあります。そこで『大変ですよね』と、ただ共感したり悩み事を聞いたりするのではなく、できること・できないことをしっかり線引きし、何をどうするのかをしっかりと示す。これが私にできることであり、相続の事案においては、それを一つ一つやっていくしかありません」(田阪弁護士)
そうして事案を導く先は「事件を終わらせること」だ。これこそ、田阪弁護士が特に重視している結果である。
「相続は当事者がたくさんいたり、先鋭的に対立していたりして、全員が納得する結論というのがそもそも存在しないことも多くあります。誰しも多かれ少なかれ不満が残ってしまうという前提で進めるしかないのです。だからこそ、事件を早く終わらせて、それぞれの方に本来の人生を歩んでもらえるようにしたい。それが、専門家という立場で私にできることだと考えています」(田阪弁護士)
だからこそ同事務所では妥協せず徹底的に調査することを重視しており、依頼者から見てもやり尽くしたと思えるまで取り組むことを大切にしているのだ。
数々の事案を見てきた田阪弁護士は、相続を「人生の整理」と捉えているという。株や投資信託が多い人、金の延べ棒が出てくる人、不動産にこだわった人……。故人が残した財産には、その人の思いや意思が込められていることもある。そのなかで、家族に思いを伝えたり、財産を法律に従って承継させる。そんな人生の整理を、故人に代わってその意思の実現を、手伝うことこそ、同事務所の務めだ。
総務省からの転身。安心して任せられる弁護士へ
田阪弁護士のキャリアは弁護士からのスタートではなかった。1999年に京都大学法学部を卒業後、旧郵政省(現・総務省)に入省した田阪弁護士。当時の日本は、銅線の電話回線にモデムをつないでアナログ回線による通信を行うのが一般的だった。しかし、隣の韓国ではすでに集合住宅へのDSL普及が先行し、ブロードバンド化で大きく差を広げられつつあったという。そんな状況を見て、日本の先行きに大きな不安を抱いたことから、郵政省への入省を決めたのだと話す。
入省後はNTTの銅線や光ファイバーの解放を命じる政策に携わり、日本の通信インフラを大きく変える仕事の一翼を担った。これによって、新規参入事業者がADSLサービスを立ち上げ、利用者への光ファイバーサービスが始まることとなった。このタイミングで「自分の仕事はやりきった」という思いがあったという。
その頃は、行政から司法へという大きな改革の流れが進みつつあった時期だった。バブル崩壊に対応するため、事前規制型から事後監視・紛争解決型の社会への移行を目指して、規制緩和や司法制度改革が行われた。それにより、行政が事前に規制する従来のシステムから、問題が起きたときに司法などで解決する「事後救済型」へと社会が変化し始めていたのだ。
そんななかで田阪弁護士は「裁判実務に携わりたい」という思いが強くなり、また行政から司法への大きな流れに乗ろうという考えから、弁護士を目指すことに。田阪弁護士は、当時をこう振り返る。
「もともと郵政省で一生働くつもりで入ったわけではなかったので、特に大きな葛藤はありませんでした。公務員の安定を捨てるとか、道を断つみたいな感覚もなく、その時、社会で求められていることを自分なりにやってきた、という感じです」(田阪弁護士)
その後、京都産業大学大学院法務研究科に進学し、司法修習を経て2007年に弁護士登録した。

弁護士として最初のキャリアは、大手企業の顧問などを務める法律事務所だった。大企業の顧問業務や医療関係の訴訟を多く手掛けたほか、道路・鉄道などのインフラ関連の案件など、実に多岐にわたる経験を積んだ。その後、もともと独立することを考えていたという田阪弁護士は、事務所から独立。個人で案件に取り組むなかで、徐々に相続案件の取扱いが増えていったという。
団塊の世代が高齢化し、今後相続事件がさらに増えることが予想される。また、相続事件は突発的に起こる場合が多く、早急に対応しなければいけない手続きもある。「いざというときに相続事件を安心して任せられる弁護士がいなければ困る」――そう考えた田阪弁護士は、相続の分野に注力するようになった。
また、医療事件で膨大な量のカルテを読み込んだ経験が、認知症などによる意思能力の有無が問題になるケースで活かされており、相続における一連の作業や手続きも自身に合っていると感じていたという田阪弁護士。相続分野に徹底して取り組むため、2024年に田阪法律事務所を設立した。
自分で正しいものを見つける。価値観やキャリアをつくったもの
――公務員時代の経験や学びで今に生きていると感じることは何ですか?
田阪:公務員時代には非常に膨大な資料を扱っていたことから、多くの人が苦痛に感じるほどの量の資料でも迅速に処理できるのは、まさに今に生きている経験ですね。
また、役所の文書の文言の審査はかなり厳しく、その訓練も今につながっていると思います。公務員の仕事を始めたばかりの頃は、A4一枚の文書が訂正で真っ赤になって上司から返されるほど、いわゆる「てにおは」など文言に厳しい仕事でした。
役所も弁護士も、二重の意味に解釈する余地のない文章を書く必要があります。読む人によって解釈がバラバラになってはいけないので、誰が読んでも一つの意味になるように書かなければならないのです。弁護士になるためにそのような訓練があるわけではないので、公務員時代に学んでよかったと思います。
――「徹底的に調べる」という姿勢の原点は、どこにあるのでしょうか?
田阪:少し変わっているのかもしれませんが、小さい頃から、人の話を信じるというよりは、自分で正しいと思われるものを見つけていかないと気が済まない性格でした。人の話を鵜呑みにしてしまって、そのために間違えてしまったら、困るのは自分ですから。
だから、仕事でも徹底的に調べないと気が済まないんですよ。紛争の相手方が資料を出してきたとしても、それを鵜呑みにはせず、チェックしたうえで、怪しければ金融機関などに照会するようにしています。

仕事の源にある正義感
――相続案件に多く取り組んでこられた背景にある思いを教えてください。
田阪:相続では、お金を取った・取られたという事件が多くあります。たとえば、高齢の方が認知症になり、自分で財産管理ができなくなって子どもにお金を預けて、その結果、管理を任された人にお金を取られてしまい、裁判をして取り返さないけなくなるといったケースですね。
そういう事件のときには、「親のすねをかじってお金を取っていくのはいけない」というような正義感が自分の根底にあるんですよ。その正義感と今の仕事が一致しているから、自分の性格に合っており、やりがいを感じているのかもしれないと思います。
――今後の展望を教えてください。
田阪:私は、事件をコツコツやっていくスタイルなので、大きくするというよりは、今の延長線上で少しずつ人や拠点を増やし、担い手を広げていきたいと思っています。
でも、これから入ってきた方それぞれが自分の得意なところを伸ばしていっていただけたら嬉しいですね。
◎事務所情報
事務所名:田阪法律事務所
所在地:大阪府大阪市北区堂島1-1-5 関電不動産梅田新道ビル4階
代表:弁護士 田阪 裕章
URL:https://souzoku.t-bengo.com/
◎インタビュイー
田阪法律事務所 代表
田阪 裕章



