ここ数年、上場企業各社ではESGへの取り組みをどうするかという話が存在感を増すようになっている。ESGとは、「環境(Environment)」、「社会(Social)」、「ガバナンス(Governance)」という3つの言葉の頭文字をとった造語のこと。企業が持続的成長を遂げるために重要となる3要素を切り出したものだ。ところが、環境保全、気候変動リスク(E)やコーポレートガバナンス(G)の観点は組織内で声高に議論され、取り組みの情報開示が一般化しつつある一方で、個の尊重にもつながる「社会(S)」の観点が置き去りにされている節が見受けられる。実際に、機関投資家のエンゲージメント活動における社会の存在感は小さい。
コロナ禍やワークライフバランスなどにより、一人ひとりにとって企業の存在や「働く」ことの意識そのものが変容し、ビジネスの前提条件が変わりつつある時代の変革期に、人が人として幸せに生きるとはどういったことなのか、企業が「社会」との関わりの中で果たすべき責任とは何なのか。長年、個が尊重される社会の実現を真剣に考え、活動をしてきたキーパーソン21に関わるメンバーで語り合ってもらった。 (取材・構成/加藤俊)
ESGで置き去りにされた「社会」の議論
座談会はPwCあらた有限責任監査法人の会議室をお借りして開催された。
―国連が公表している責任投資原則(PRI)によれば、ESGの「S・社会」とは、人々やコミュニティーの権利、ウェルビーイングに関する事項を指すようです。ダイバーシティやインクルージョンから、人材研修や教育といった人的な資本開発要素までテーマが多岐にわたることや具体的なイメージを持ちにくいことも相まって、「社会」に関する議論は、女性活躍推進といった分かりやすいものの他は置き去りにされているように思います。そもそも、人が人として幸せに生きるとはどういったことなのでしょうか。皆さんのお考えをお聞きしたい。
朝山あつこ様(認定NPO法人キーパーソン21)(以下、朝山) 私は、大人も子どもも年齢や性別を問わず、一人ひとりが自分らしく生きる力を育むことができる世の中を実現しようと、これまで地域・行政・企業・団体を巻き込みながら様々な活動を行なってきました。わくわくして動き出さずにいられない原動力「わくわくエンジン®」の提唱者として、全国各地で様々なプログラムを実施しています。いままで5万人以上の子どもたちに提供してきました。
―朝山さんはESGについてどう感じているのでしょうか。
朝山 はたして、いまの世の中はサステナブルの方向に向かっているのでしょうか。
いま、世の中で言われているサステナブルという文脈とは、少し違う印象を私は持っています。
持続可能な社会というと、気候変動や環境保全の話、あるいは企業の持続可能性などが一般的に想起されるようですが、コロナ禍でますます人間中心の社会が求められる中、生きとし生ける一人ひとりの人間がどうすれば幸せになれるのか、議論されるべきと考えています。
現代社会は一人の人間として幸せに生きようと考えたときに問題が多い社会です。あらゆるところで危機が顕在化しています。自殺や失業の増加、働いていても、働きがいを見いだせない人の増加。本来多くの人にとって居場所となるはずの家庭でも、子どもの虐待や、DV、育児ストレスや夫婦間の離婚率の向上。こうした各種の問題を孕んでいる社会は、サステナブルとは言えないのではないでしょうか。
堀悟様(株式会社電通デジタル)(以下、堀) 私も同じで、人が人として生きるための「居場所」「アイデンティティ」の喪失と社会の分断が大きな問題だと思います。私は、普段は広告会社で企業や組織のデジタル化を推進・改善していく仕事をしています。自分自身への自戒の念もあり、大学生の就職のあり方への問題意識からキーパーソンに参加しました。
私が問題だと思うのは、子どもから大人まであらゆる世代で、昔は機能していた「居場所」がなくなって見えることです。分かりやすいのは、コロナ禍になって小中高生が、去年、479人も自殺しているという事実です(文部科学省調べ)。これは例年より100人以上増えている数値です。大学生もリアルな授業がなくなり、孤立している学生が多く見受けられます。会社員に目を向けると、終身雇用が崩れ、世の中の劇的なパラダイムシフトの中で、社内失業し居場所を失っている人がいます。
あらゆる年代で、物理的な場所や自分自身のアイデンティティというメンタル的な部分で、拠り所がなくなっていることが問題だと思います。
木村則昭様(元 カシオ計算機株式会社)(以下、木村) この問題の要因は、大人の社会の歪みが子どもの社会にも影響していることです。子どもの社会は大人の社会の写し鏡です。子どもの社会でいじめや自殺が起こるのは、大人がいじめたり、いじめられたりしている姿を見ているからであり、自殺もしているからです。私は今年2021年の5月、39年勤めたカシオ計算機を退職しました。最後の12年間はCSR、サステナビリティを担当していました。キーパーソン21の中では、特に企業連携についてのアドバイザーとして関わっています。カシオ在職中から、子どもたちをダイレクトに教育したいと思っていました。実際にカシオでは「命の授業」という出前授業の取り組みを行っていました。
―カシオの出前授業は、単独の企業としては断トツの実績で、15,000人にも及ぶ子どもたちや保護者に授業をしているそうですね。しかし、居場所の喪失はなぜ、起きているのでしょうか。
木村 日本の教育システムに疑問があります。まず子どもたちに自己肯定感がありません。将来への希望を持てず、自尊心がありません。教育の仕組みがおかしいのです。
堀 個人では自分軸の喪失、組織ではパーパス(拠り所となる存在理由)が見えなくなっている企業が多く感じられます。その上で社会の分断が起こっている。インターネットにより誰とでもつながれる社会になったことで、逆に見えない壁ができてしまっています。気が付かないうちに偏った思想にだけアクセスしてクローズ化する、自分が好きなものだけを見て、好きなところだけに共感していくエコーチェンバー現象が言われるようになりました。価値観のサイロ化ともいいます。狭くなった視野でものを見るから、他者を排除し、同調圧力が強くなる。最近では、コロナ禍で言われた「自粛警察」のように多様性に反し、他者を許容できない空気が見られるようになりました。
―よく考えてみると、日本人は表面的には「おもてなし」の民族で人に優しいと言われますが、深層のところでは移民やジェンダーの扱いもそうですし、下層の人たちを自己責任問題で片付けてしまう考えが根付いているように思いますね。
堀 その結果の社会の分断であり、格差が広がることにより、希望を感じられず生きづらさどころではない「無理ゲー(攻略することが極端に難しいゲームから転じて、実現不可能な物事のたとえ)」という言葉まで出てくるような社会になりつつあるように思えます。分断が進む中で社会がサステナブルになるのかというところは疑問に思うところです。
渡邉明男様(富士フイルムビジネスイノベーションジャパン株式会社)(以下、渡邉) 私は富士フイルムビジネスイノベーションジャパンで普通のサラリーマンをしています。今日は様々な兼業活動をしている個人としての意見をお話させていただきます。まず社会人として企業で長く働いている身から考えると、世の中の職業人生は一般的な企業のライフよりも長くなってきました。そうすると、組織がうまくいく、社会がうまくいくという考えの前に最小単位である一人の人間として、自分が何をすると幸せを感じるのか、わくわくするのかを深く考えるようになりました。実際に、仕事以外での活動として、キーパーソン21の理事という顔と、それ以外に社会人基礎力協議会のリカレント委員会の理事という顔を持っています。また、フィジカルな面では子どもたちに空手を教えています。
私自身が思うのは、企業が社会や社員とどう関わるかという議論において、まだ時代の変化に企業が追い付いていないということです。高度経済成長期は、みんなが食べていくことに大変であり、生活する糧としてお金を稼いでいくしかありませんでした。だから、つらいことでも、自分を押し殺して頑張って働くという選択肢しかなかった。いまの時代は次のフェーズに移行しています。イノベーションを起こすためには、従業員体験(EX)として、やりがいや自己実現をどう満たしていくかが重要です。自分がわくわくすることや、好きなことで仕事をして、自己実現していく時代が訪れているのに、企業各社では、その新しい時代にどう適合していくかがあまり議論されてこなかったために、うまく機能していないのだと思います。
齊藤剛様(PwCあらた有限責任監査法人)(以下、齊藤) 皆さんが言うように、ESGの「S・社会」については、2021年現在、多くの企業で手探り状態に見えますね。私は本業の監査法人では、主に上場企業を中心として、海外展開している日本企業の決算の監査と、海外展開のアドバイザリーを担当しています。キーパーソン21では監事をしています。
昨今ほとんど全ての上場企業の取締役会や役員会で、ESGを議論していないところはないというぐらい、ESGについて活発な議論なり、経営計画への展開が行われつつあります。特に環境対応の面については、各企業がとても真剣に考えて、行動する段階に移っています。
ただ、社会については、必ずしも十分に議論が深まっていません。
―議論が深まらないのはなぜなのでしょうか。
ESGの「社会」の議論が深まらない3つの理由
わくわくする瞬間:本業ではまずもってクライアントに喜んでいただくこと。特に企業と他の企業や行政、様々な団体をつなげることを通して、組織の中に新しい変革の芽が育まれるのを目にするのはやりがいがありますね。「齊藤さんのアドバイスを受けて、おかげで変革できた」と言っていただけると格別の喜びがあります。
齊藤 私見では3つのポイントがあると思っています。1つ目は、企業にはいままでの経験値が十分ではないので、市民を交えて協働でビジネスをつくり社会を良くしようというアプローチや発想が薄くなってしまいがちなこと。企業はどうしても、顧客、仕入れ先、サプライチェーン、製造プロセス、従業員というマルチ・ステークホルダーとマーケットの中で、ビジネスを考える傾向が強い。自社ビジネスを持続可能な社会の実現に寄与するものに適合させていく、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の必要性が言われるようになりましたが、企業各社が、社会のサステナビリティと同期化するには、企業がビジネスそのものを変革していく必要があります。しかし、多くの企業では、現段階はトランスフォームしていくための経験値を組織の中につくっている状態というのが現状です。
2つ目が、産業界は、常に企業として利益をあげないといけない巨大なプレッシャーにさらされているために、利益や売上高などの財務情報を重視する思考、しかも短期的な思考が強いことです。市民の思いや共感といった、いわゆるソーシャルキャピタル(社会関係資本)と呼ばれるものを大切にするとか、自分たちの中でアセットとして積み上げていくような長期的で、かつ社会全体を巻き込むというインクルーシブな思考が組織に必ずしも定着していません。それはハードローやソフトローといった制度としてもそうです。私自身会計士の立場からも、非財務情報、特にソーシャルキャピタルをどうやってアピールしていけばいいのか、どうやって対話していけばいいのかを、いま真剣に考えています。そういった制度は、まだ模索段階で、制度らしき制度になっていない状態というのが2つ目のポイントです。
3つ目が、市民性教育、一般的にシチズンシップ教育と言われていますが、学校教育の中でも、組織内教育や研修の中でも、専門性が重視される教育が続いています。学校教育の中では専門ごとに区切られていて、専門性の能力で評価されます。それは企業に入っても同じです。知識だけではなくて、知識を使う教育へ、学校教育も変わりつつあります。とはいえ、それは専門性を磨くという視点からです。市民性と言われる、自分が市民として社会のために何をしなければいけないのか、何をやっていこうかといったテーマを直接的に教育するような仕組みが、学校の中にも組織の中にも、ほとんど根付いていない状態です。
2022年4月から高校で「公共」という科目ができると言われています。SDGsなど社会的に注目される問題を通じて自分の考えをまとめ、授業で話し合いを促す内容です。東京都では一部で市民科という授業科目がありますが、こちらも手探り状態です。市民性教育がきちんとできていないので、いまのこういう状態、つまりESGの「社会」が根付いていないのではないかという問題認識です。
─上場企業各社のESGに対する意識が高まっていることは感じます。しかし、統合報告書、サステナビリティレポートを出しているのは、上場企業約3,700社のうちの数百社。半分以上がまだ取り組めていない。そして取り組めていない企業に話を聞くと、「ESGはCSRやCSVの延長線上から出てきたのでしょう」という声が聞こえます。実際にCSRの担当をしているセクションの方たちがESGを受け持っていて、社内理解を進めようとなったときに、なぜESGになったら、これだけ急に世の中で重要なことに置き換わってしまったのかが、現場や事業を担っている人たちまでは、理解させることができていないことが伝わってきます。もともとCSRをカシオで担当していた木村さんに、この点をどう感じるのかお聞きしたいです。
ESGが組織に浸透しないのはトップがコミットメントしていないから
わくわくする瞬間:私のわくわくエンジン®は(自分が)サステナブルに成長すること。やはり、幾つになっても健康で成長したい。私はゴルフが趣味です。18ホールの1ラウンドを自分の年齢以下の総打数でホールアウトするエイジシュートを達成することが目標です。パー72ですから、72歳で達成できるのですが、まだ80台しか出せていません。何とか頑張って達成したい。この間の土曜日に、パー5で2オンしまして、約10メーターのパットが入るとイーグルでした。これにはとてもわくわくしました。結局外れましたけれども(笑)。
木村 長年サステナビリティを見てきた者として言わせてもらうと、CSRとESGは同じことだと思っています。やることは1つです。
企業がステークホルダーをはじめとした社会からの期待あるいは要請に、事業を通じて応えること、それがCSRの定義です。それを企業の立場から見ると、企業の社会的責任(=CSR)になるし、それを金融あるいは投資家側の視点から見ると、ESGという言い方になるだけの話です。サステナビリティという言葉も、どちらかというと目的に重きが置かれたものです。持続可能性を担保するには、CSR、ESGに力を入れなければならない点で活動内容は同じです。SDGsもそうです。あれは国際社会からの視点で見た企業への要請事項です。従ってCSRもESGもSDGsも全部やることは同じ、つまり「事業を通じて社会課題の解決に貢献すること」です。
ESGという考え方が全社になかなか伝わらないということは、そうだと思います。しかし、一番伝わらなければいけない対象は、経営トップなのです。経営トップがESGを理解しないと、どんなにCSR担当が頑張ってもESGは社内浸透しません。もし、その企業にESGの取り組みが行き渡っていないと思ったら、それは経営トップがコミットメントしていないからです。
しかし、上意下達という形で自動的に浸透するかというと、そうではなくて、色々なトレーニングや教育、あるいは社内広報活動が重要です。そこにはテクニカルな面ももちろん入ってくるので、いかに効率よく理解の浸透を図るかに巧拙は出ます。ただ、全てはトップのコミットメント次第だと私は思います。
齊藤 各社のパーパスを見ると、トップが真剣にやっているかどうか、従業員やステークホルダーを巻き込んで、本当に真剣に考えているか、理解できるものです。パーパスの深さにおいては、トップの意識の差が出ると思います。
朝山 そう思います。理念など、飾られている言葉には立派なことが書いてあるけれども、かたや現場のご担当が日常業務の中で苦労されている企業もあるように感じます。トップの方が、自らまずしっかりと認識していただいて、社運をかけるくらいの意気込みで、行動していただくことが大切だと感じます。
―では、企業ESGの「社会」をどう考えていけばよいのでしょうか。
ESGの「社会」を企業はどう扱っていくべきか
朝山 そもそも、サステナブルな社会を創造するためには、個人一人ひとりが主体的であることが前提として必要であると思います。
やらされ感ではなく、自らやりたいと思う。指示され動くのではなく、自発的に動き出す。こうした人たちを育て、あふれる社会をつくっていくことを目指しています。
渡邉 組織の面で私が気になっていることは、齊藤さんが先ほど言及した、長期的で統合的な経営の思考と、非財務情報、ソーシャルキャピタル重視となっていったほうがいいということです。企業の経営者は総論賛成・各論反対ということがよくあります。いま、一般的な企業の中で偉い人は、ご高齢な方が多いです。その人たちに中長期的思考と言ったときに、全くピンと来ないのです。また、その経営者の任期もサラリーマン社長だと、何年も社長ではないという現実があります。自分がいるときに利益が出て、過去最大の増収増益であることのほうがいい。それは株主資本主義から来る評価軸がそうであるがゆえに仕方ない。構造的問題です。
こうした意識をどう変えていくかを考えると、齊藤さんのような人が経営者たちに働き掛けていくことによって、サステナブルな取り組みや非財務情報を評価し、ESG全体の取り組みが目で見えるようになることが必要なのだと思います。
齊藤 キーパーソン21のミッションを踏まえて申し上げますと、まず、私が先ほど申し上げた3番目の市民性教育という目線が非常に重要だと思います。個や組織の如何を問わず、誰しもが社会の中で常に何らかの役割や居場所があるのです。何か目的意識を持つことや、何かわくわくすることは、人それぞれ違うわけです。個々人、組織、それぞれがきちんと居場所があるという社会でないと意味がありません。そうでないと、結局、企業も個々人も部分最適でしかないです。そこをきちんとつくり上げる必要性があります。
いまはキーパーソン21の会員という立場から申し上げていますが、まずはモデルケースとして、どこかの地域やコミュニティーでスタートさせてみる。そして、最終的にはオールジャパンで取り組んでいく。そのためには、一人ひとりが部分最適ではなくて、何かしらの市民性の役割が確保されている社会が醸成される必要があります。キーパーソン流に言えば、わくわくエンジン®が当たり前の社会です。サステナブル社会とは、全員のわくわくエンジン®を漏れなく社会の発展のために活かせる状態です。みんながそういう意識に変わっていく教育・人つくりという視点が重要だと私は思います。
渡邉 齊藤さんは社会に対する危機を感じてキーパーソン21に入ってきたのですよね。それ自体が私から見たら大きな行動変容と思います。どういうお考えで会員になり、理事になり、いまは監事で活躍するようになったのでしょうか。
齊藤 私はキーパーソン21についてあまり深く調べずに、「川崎市」、「NPO」、「教育」、この3つのキーワードだけで選んだら、たまたまキーパーソン21が最初に出てきたので、朝山さんに連絡して会いに行ったのです。私は川崎市在住です。まず、自分が住んでいる最小単位である川崎市というコミュニティーの中で、NPOに自分自身が貢献できることはないかと思いました。しかも、PwC Japanグループという組織や公認会計士という立場はいったん除いた上で貢献できることはないかということでドアをたたきました。
自分がPwC Japanグループの経営執行部の役割をいったん離れたので、地域に何かの形で貢献して、先ほど言ったようなコミュニティーとの協働をやってみようという考えからスタートした経緯があります。その経験から言わせてもらうと、先ほど「社長が」という話がありましたが、社長の少し手前の、これから経営トップに入る少し前の執行役員や部長クラスの方が、NPOの会員として参画して、可能であれば、理事をやってみたらいいと思います。地域のコミュニティーとの協働とはどういうことなのか、自分自身が手弁当で学んでほしいです。企業が変わるためには、そういう地道な活動から始めることが必要だと思います。
渡邉 私はNPOで活動する中で「報酬って何?」という話をよくします。キーパーソン21で活動する中で、メンバーは四百何十人もいますが、1万円の会費を払って、自分で交通費を払って、現場に行き、子どもたちを育てて、「良かったね」と言って帰ってくるのです。その人たちが得られている報酬はいったい何か。別に金銭でお礼をもらっているわけではありません。子どもに接して、変わっていく子どもを見て、気が付いたら自分の心も洗われて、自分が成長するという自己実現ややりがいを、自分が自分に報酬として渡しているのです。サステナブルな社会づくりは、まずはわくわくする自分から始める社会づくりであると感じています。
わくわくする瞬間:いま、この瞬間です!私のわくわくエンジン®は、皆の力をつなぎ合わせて新しい何かを生み出すこと。今日、この座談会には様々な立場の方が一堂に会して、一緒に社会課題を考えようという稀有な場になっています。私は子をもつ一人の母親としてここに来ています。母親という立場で、これからの社会をどうするのかということを、皆さんと共にこうやって真剣に考えて生み出せそうな感覚に、いまわくわくしています。
朝山 まさにその通りです。本来、組織や社会が先にあるのではなくて、人が先にあるものだと思います。
社会への志を持つ、わくわくする個を育て、それがパッチワークのようにつながっていく。その上で社会や組織が形作られていくことが理想です
いまの組織は、組織に入った瞬間から、その組織の論理に則って動くことが求められます。社員は「あなたは会社の目標に従い、これだけの利益をあげてください」というように、歯車として枠の中で動くことが求められる。
それで、みんな窮屈になって、苦しくなって、会社を辞めたくなるのです。
経営者も株主の顔色をうかがって「利益と株主価値をこれだけあげました」という結果が求められる。利益創出が先行し「なぜそれをやるのか」がないがしろにされている。そういった枠の中で、窮屈に感じ、日々苦しんでいる人が多くいるのではないでしょうか。
渡邉 確かに、生活やつらいことで困ったときに、実は「つらいけれども、それをやりなさい」と言うよりも、考え方として、わくわくすることや好きなことをしっかりやるようにしたときの方が、つらいタイミングでも頑張れるし、危機を乗り越えていけます。そう考えると、人が頑張るというのは、わくわくすること、好きなことと頑張る対象をいかに同期化できるかだと思います。そのように世の中の人がみんな変われば、サステナブルな社会になるのではないかと思っています。
―そもそも、わくわくすることをどうやって見つけられるのでしょうか。
わくわくの見つけ方
朝山 自分のわくわくエンジン®や生きる原動力は何なのか、まず自分で言語化することを試みてと言いたいです。そうすると、見えるものも違ってきます。
堀 自分を「社会化」してほしいと思います。社会と関わるという意味です。日本では会社に入れば組織の論理に染まってしまいます。私は「呪い」と言っていますが、世の中の同調圧力や、大人が「こうしなさい。こうあるべきだ」と言うことがあまりに多すぎます。ここにいるメンバーのように会社という組織から飛び出してNPOで活動するのもいいですが、いま立っている場所から1歩踏み出し自分を社会化して、いろんなことを感じた上で、まず社会の一隅を照らすために、自分の地域で活動してみるのがよいと思っています。
渡邉 わくわくするには、それ自体が行動変容を問われます。行動変容をするときに、そこには気付きがあります。「これだ」と思うことがあって、わくわくエンジン®に気付いて変わっていきます。今朝も1つの気付きがありました。電車の中で、ふと、重要なのはSXのような大きな話ではなくて、WX(わくわくトランスフォーメーション)なのではないかと思い至ったのです。一人の人間がわくわくトランスフォーメーションをすることが、わくわくが当たり前の社会になり、その延長線上にサステナブル社会の実現があるのではないかと。
朝山 企業が行動変容するために、組織を形成している社員一人ひとりを活かす力が求められていると思います。
人が主体的に行動する原動力は、外ではなく、その人の中にあるものです。
上司と部下、友達同士、夫婦、先生と生徒、いろんな関係性がある中で、その人の中にある本性のようなもの、ありのままの姿のようなものを見抜く力、引き出す力、それを尊重し活かす力などを付けていくことが大切です。
引き出す力、見抜く力を持つことで、個々人、一人ひとりを活かすことができます。企業や社会の枠組みに人をはめ込もうとした瞬間に、みんな面白くなくなってしまう。一人ひとりを活かすパッチワークのようなシステムで、社会や企業をつくっていくほうが望ましいし、これからの時代は、そういった企業が活躍していくのだろうと思います。
これは行政も同じで、まちづくりに関して、「君はこうあるべきだから、こうしてくれ。市民の皆さん、頑張って」と言っても、誰も動きません。その人がわくわくして主体的に動くということからしか、何も生まれないのではないかと思います。
一人ひとりが活かされる、つながりを
わくわくする瞬間:子どもたちに空手を教えていて、上手ではない子が成長してくれる様を見ること。黒帯になったりしてくれると、大変うれしいです。これは仕事でも同じで、成長の遅い部下が大きな商談をとれるような成長を遂げてくれると、わくわくします。総じて共通で言えることは、人が育って変わった瞬間、「やったー」とその子が言ってくるようなときに、やはり喜びとか、やりがいとか、わくわくする思いを感じます。
渡邉 実際に、朝山さんから「キーパーソンはパッチワークだからね」とよく言われます。一般的な組織では、役割があって、既に枠や形が決まっていてそこに人を当てはめて、歯車にします。そうではなくて、いろんな形をつなぎとめるパッチワークです。まさにダイバーシティの実践団体です。
―企業が「社会」とどう関わるかという観点から、主体的な個の育成、そして、パッチワークのようなつながり方が重要であると。実際のキーパーソン21の活動はどのようにパッチワークを意識しているのでしょうか。
朝山 それはもう、様々な立場の方が「ごちゃ混ぜ」になって、わくわくする人づくりからサステナブルな社会をつくっていく活動をずっとやっています。
わくわくする人づくりから、サステナブルな社会を、子どもを中心に、わくわくする人づくりから親、家庭、先生、学校、大学生、大学、企業人、団体、行政、NPO、PTAも含めた共感者たちによる「ごちゃ混ぜ」のパッチワークです。
一人ひとりがわくわく動き出すことが日本を元気にする
心に残っている言葉:「子どもって地域みんなで育てるんだよね」というママ友の言葉。私は自分の子どもは自分で育てると思っていたのですが、そうではないのかと。「そうか。先生や地域の大人たち、みんなで育てるものなんだ」と、二十数年前にショックを受けました。地元の子だけではなく、北海道の子どもを私たちが一緒になって応援してもいい。それが実現できるのがサステナブル社会だと思います。
朝山 キーパーソン21の特長は複数あります。まず、人がわくわくして主体的に生きるための本質へアプローチするHOWを、汎用性のあるプログラムとして持っています。しかも、ゲーム形式のため、みんなが楽しく参加できるものです。
また、既に全国に共感者である「わくわくイノベーター」たちがおり、多くのステークホルダーと連携して、協働しています。私たちは、志を同じにする人・コミュニティーをつなげるハブとして機能しています。
私たちは、この連携を強化していきたい。いままでは地域間でのつながりに閉じていたものを、プラットフォームのような場所を作り、そこで日本全国のコミュニティーをつないでいくハブとなることにより、日本の未来を創る「人つくり」全体を強くしていきたいのです。
―つまり、みんなと一緒にプラットフォーム的な場を設けて、コンテンツを楽しく生み出して、持続可能な社会づくりの土壌を耕していくことができるのが、バリューなのですね。キーパーソン21にこれまで参画した人たちが全国でつながりだせば、先ほどの課題が解決していくのではないかと思えますね。
朝山 多様な共感者たちがプラットフォームでつながることで、わくわくした主体的な個が誕生し、他者を尊重し合うようになり、家族という形がきちんと機能するようになります。そして、学びたい学校ができて、住みたい地域が生まれて、働きたい職場ができて、自由で伸びやかなイノベーションが生まれる日本になります。
人の幸せ、家族の幸せ、企業の幸せ、まちの活性化、国力アップ、世界の幸せ、イノベーションのきっかけということが起きていくだろうと思っています。一人ひとりがわくわく動き出すことが日本を元気にするための根本解決であり、そのための自立した持続可能なシステムをつくりたいのです。
―そのシステムはどうやって作っていくのでしょうか?
朝山 まずは、参加者同士の横のつながりをもっと広げていくことです。志を同じくする参画者同士が、地域や組織の垣根を越えてつながっていく場を醸成します。毎年数多くの協賛企業の方に支えていただいていますが、連携して、一緒になって社会を良くしていく機運を高めていきます。
渡邉 個も組織も実はお互いをよく知らないものです。企業同士もそうだし、企業と自治体もそうです。同じ釜の飯を食う様にプログラムの実施などで長く時間を一緒に過ごすと、「企業ってそんなことに困っているの?」とか「学校ってそんなことに困っているの?」と知って、お互い強みを活かして、組織同士がパッチワークとして作っていった絵柄がプラットフォーム的な場なのではないかと思います。
それが「ごちゃ混ぜ力」であり、文部科学省が言う「チーム学校」です。学校にはできないことを、企業や地元の人に頼みたいということが、新しい学習指導要領に書いてあるのですが、なかなか実現できていないと思います。もっと「ごちゃ混ぜ」にしてパッチワークしていければいいと思います。
木村 大人の社会はなかなか変えることができません。しかし、子どもたちには、本気で語るとダイレクトに通じるのです。「子どもは命などという難しい話は分かりませんからやめてください」とも言われることもありましたが、そうではありません。子どものほうが分かってくれます。ダイレクトに働き掛けて、変えたいという思いを持っていました。そこにミートしたのが、キーパーソン21の「わくわくエンジン®」でした。「これだ」と思いました。絵に描いた餅ではないし、実際にステップ・バイ・ステップでやり抜く、実行可能なプログラムだと思います。私も退職して会社を辞めましたが、サポートできることがあると思って、お手伝いをさせていただいています。
行政は組織の問題で、なかなか横の連携が難しいと思うのですが、企業は割と自由に連携を組めると思います。私は「わくわくエンジン®という言葉を広辞苑に入れよう」とよく言います。言葉に市民権を持たせて浸透させることが、プラットフォーム的な場の役割だと思います。浸透させれば、持続可能なコンセプトになると考えます。
プラットフォーム的な場はスケボーパークのつながり方をまねるべし
わくわくする瞬間:在宅勤務でフラットな生活を続けているとわくわくすることがなかなかないです。私は、渋谷のスクランブル交差点のように異文化が混ざり合う場に身を置くことが好きです。緊急事態宣言が解けてきて、世の中に映画やライブのようなイベントが少しずつ復活しつつあるので、また人と人とが混じり合う接点が戻ってきたことに、少しわくわくしています。
堀 いま話を聞いていて思ったのですが、国、政策、グランドデザインなど、上段的なところから語るだけではなく、横の連携は、もっと身近なところから考えることもできるのではないかと思います。
最近、私が「スケボー競技の衝撃」と呼んでいることがあります。これまでのオリンピックのあり方は、強化費が出て、メダルの数を競って、メダルを取るためにスポンサーもいるというアプローチでした。ところが、スケボー競技は、そういった従来のオリンピックの文脈とは違って、競い合っている感じがありません。誰かがメダルを取ると、皆で仲間として喜びたたえ合う。わくわくの延長線上でオリンピックに出ているかのようです。あれが理想的なカタチに感じます。
これはプラットフォーム的な場を作っていく際にも応用できるのではないでしょうか。周りで大人がサポートしながらも、大人の価値観に縛られないで自主的に活動できる環境が自然です。スケボーパークのようなコミュニティーが地域のあちこちに存在する社会が、少しずつできていくことがいいと感じました。
渡邉 キーパーソン21の活動もスケボーパークさながら、「わくわくパーク」を目指していきたいですね。わくわくトランスフォーマーでいっぱいになればいいと思っています。
齊藤 キーパーソン21のわくわくエンジン®は、世の中をつくっていくOSになり得ます。いまの時代は、テクノロジーが発達しているので、ユースケースをサイトで公開し、それを積み重ねていくことが叡智になり、社会全体を変えていくことにつなげていきたいですね。「キーパーソン21のプログラムをベースに、組織の中でこんなことを取り組んでみました」とか、「組織と組織が融合して、連携して、こんなことをやってきました」とか、「ある組織とある子どもが一緒になって、こんなことができました」とか、色々なことができると思います。
朝山 子どもたちと共につくっていきたいです。
まずは、既にわくわくできている子どもたちに集まってもらいたい。堀さんが言ったように、そういう子をうまく社会が応援していく仕組みをこのプラットフォームの中で実装できたら、イノベーションが起きて、大人が触発されて、「会社もこのままだったらいけない」となって、会社の改革が始まり、みんなの意識が変わっていくように思います。
齊藤 2050年ビジョンを作り出した企業がありますが、2050年にいまの社長は絶対にいないわけです。2050年をつくる人は、いまの子どもたちです。子どもたちのアイデアやわくわくがなくて、2050年の個々の企業のビジョンや、行政のビジョンはないでしょう。そういう意味で、子どもたちがビジョンの議論の中に入っていく、 プラットフォーム の中に入っていくことは大賛成です。
―最後に企業の方に向けてのメッセージを。
ESGの「社会」をどう扱えばいいのか分からない企業の方へ
齊藤 キーパーソン21の会員という立場から言います。 プラットフォーム に入ってきてくださる中で、きっといろんな気付きがあると思います。SXとは、そんなに簡単な変容ではないので、そういうものを共に学び合う、それを プラットフォーム と呼ぶのかどうかということはありますが、そういう プラットフォーム 的なグループにしていけるといいと思います。自分たちなりに何かをやってみたいと思うという方々には、どんどん参加していただきたいと思います。
朝山 まずは私たちの活動にどんどん参加して、一緒に活動してみてください!
わくわくエンジン®が世間に広く認知されるようになったら、みんなが地域の課題に主体的に取り組めると思います。
◇
コロナ禍であらわになったのは、医療、介護、物流、生活必需品の小売店、教育などのエッセンシャルワーカーこそが、労働への対価が低く、またウィルスを避けることができないという現実だった。パンデミックは格差を明るみにし、そして助長させた。K字経済(格差が二極化した状態)が世界的に広がり、気候変動リスクはもはや無視できるラインを大きく超えた。今日の社会は、人と組織との関係性が劇的に変わりつつある端境期にあると言える。新しい社会形態に円滑に移行できるかどうか、私たちの叡智が問われている時代とも言える。
多くの企業で手探り状態が続いているESGの「社会」との関わり方。まずは、生きとし生ける者の立場に立った優しさ(エンパシー)、地域性と多様性の尊重、協調と連携をもった活動者の知恵が求められるのではないだろうか。企業がキーパーソン21をはじめとした様々な団体とつながり、彼らの知恵や経験に触れることを通して、ESGの「社会」との関わりを考えるきっかけになれば幸いだ。