「地球2.5個分の生活は可能か?」スイスが国民投票で環境の未来を決定
スイスでは2月9日、「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」を超えない経済活動の是非を問う国民投票が実施される。この投票は、同国の経済活動を自然の回復能力の範囲内に抑えることを憲法に明記し、今後10年以内に実現を目指すという画期的な提案を含む。
スイスにおける国民投票の歴史と意義
スイスは、国民投票(レファレンダム)が頻繁に実施されることで知られている。国民は連邦議会で承認された法律の是非を直接投票で決定する機会を持つ。例えば、2021年には二酸化炭素排出量削減のための改正CO2法が国民投票で否決された。この法案は、気候変動対策の一環として二酸化炭素(CO₂)排出量の削減を目指したものだったが、経済成長を優先した国民の判断により廃案となっている。
また、2022年にはスイスの動物実験を禁止するかどうかの国民投票も行われたが、こちらも否決された。スイスは直接民主制を特徴とし、さまざまな社会的、経済的課題が国民投票にかけられてきた。
アースオーバーシュートデーとは
2月9日の国民投票の議題は、「アース・オーバーシュート・デー」が絡むものとなっている。アースオーバーシュートデーとは何かというと、国際NPOのグローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)が提唱する概念で、人間が消費する生物資源の量が、地球が1年間に再生できる量を超える日を指すようだ。毎年、特定された日を境に、その年の残りの期間は将来のために残すべき資源を切り崩しながら生活していることを市民に認知してほしいための活動と思われる。
例えば、2023年のアース・オーバーシュート・デーは8月2日だった。つまり、世界全体で見た場合、1年分の自然資源を8月2日までに使い果たしているということになる。
各国ごとのアース・オーバーシュート・デーも算出されており、スイスの場合は2024年に5月27日とのこと(日本の2024年のアースオーバーシュートデーは5月16日)。
「アース・オーバーシュート・デー」とスイスの現状
スイスは世界平均よりも約2カ月早くアースオーバーシュートデーを迎えているのだが、国際環境団体「グローバル・フットプリント・ネットワーク」によると、もし世界の人々がスイス人と同様のライフスタイルを送れば、地球2.5個分の資源が必要だということらしい。
こういった背景をもとに、環境責任イニシアチブは、スイス連邦憲法に「スイスの経済活動を自然の回復能力の範囲内に抑える」との条文を追加することを提案しているようだ。この条文が追加されれば、スイスは資源消費や汚染物質の排出が自然の回復力を超えないよう、政策を徹底的に見直すことが義務付けられる。
グリーンピース・スイスの調査によれば、スイスは現在の経済活動を維持しながら持続可能な環境負荷レベルを達成するためには、二酸化炭素(CO₂)排出量を1人当たり90%以上削減する必要があるとしている。
支持派の主張
緑の党青年部や同イニシアチブを支持する団体は、地球環境を保護し、次世代に持続可能な未来を引き継ぐためには、このような憲法改正が不可欠だと強調している。彼らは、気候変動や異常気象の増加、生態系の破壊が進む中で、経済活動を見直さなければ、スイスの暮らしそのものが危機に瀕すると警鐘を鳴らす。
発起人委員会は、環境責任イニシアチブが栄養価の高い食料、飲料水、きれいな空気といった人間の生活に不可欠な資源を守ることを目的としていると説明している。
また、同様の考えに近いものとして、フランスでは、環境法典にエコロジカルフットプリントの実質ゼロをクリアすることが明記されているそうで、ドイツでも持続可能性戦略2021年で、地球の限界がすべての政治的決定の基礎に置かれているようだ。
反対派の主張
一方、政府と議会は、このイニシアチブに反対の立場を取っている。特に「10年以内に」という期限が現実的ではないと批判している。政府は、イニシアチブが可決されれば、厳しい環境規制が経済活動に悪影響を及ぼし、企業の競争力を損ない、社会全体に莫大な変革コストを強いる可能性があると指摘している。
経済団体エコノミースイスは、資源消費を無理に抑えることは、貧困につながりかねないと警告する。また、イニシアチブの要件を満たす国は現在、アフガニスタンやハイチ、マダガスカルなど、経済的および政治的に不安定な状況にある国々しかないと反論している。
他国の国民投票の事例
環境問題を巡る国民投票は他国でも行われた事例がある。例えば、2011年にイタリアで実施された国民投票では、原子力発電所の再稼働の是非が問われ、国民の多数が反対票を投じた。イタリアは原子力政策の転換点を迎え、国民の意志に基づき再稼働が阻止された。
また、ニュージーランドでは2020年に大麻合法化に関する国民投票が実施され、国民の僅差の反対で合法化が否決された。この投票は、社会的課題に対して国民の意志を反映させる重要な機会となった。
さらに、ドイツでは地方レベルで環境問題に関する住民投票が行われており、都市部での車両規制や再生可能エネルギー推進政策が住民の支持を受けて導入されるケースも増えている。
投票の行方と今後の展望
2月9日に行われるスイスの国民投票の結果次第で、同国の環境政策は大きな転換点を迎える可能性がある。環境保護を優先する支持派と、経済活動の制限を懸念する反対派の間で議論が続く中、投票の行方が注目されている。
今回のイニシアチブが可決されれば、他国にも影響を与える環境政策の先例となるかもしれない。