伝統の技術で新たな価値を生み出す

山形県河北町に拠点を置く阿部産業は、大正8(1919)年に創業し、100年以上にわたり履物づくりを続けてきた老舗スリッパメーカーだ。市場の9割が海外製品に占められるなか、同社は自社ブランド「ABE HOME SHOES」を立ち上げ、新たな価値を創出している。その代表商品が、かかとを折り返して履ける2ウェイ仕様の「帆布バブーシュ」。年間4万足を販売し、海外7カ国にも輸出するまでに成長した。
その誕生の経緯と未来への展望について、阿部弘俊社長に話を聞いた。
老舗企業としての歴史、草履の町
――阿部産業の歴史について教えてください。

阿部:当社はもともと草履の製造からスタートしました。河北町は古くから農業が盛んな地域で、冬場の副業として稲わらを使った履物づくりが発展したんです。戦後、生活様式の変化とともにスリッパの需要が高まり、製造を本格化しました。高度経済成長期には全国の百貨店向けOEM生産が主力となり、町内には30社ほどのスリッパメーカーが存在していました。しかし、安価な海外製品の流入が進むと国内生産は縮小し、現在では5社まで減っています。
――そんな中で、自社ブランド「ABE HOME SHOES」を立ち上げた理由は?
阿部:OEM依存のビジネスでは、価格競争に巻き込まれやすく、利益率の低下が課題でした。そこで、2009年に自社ブランドの商品開発に挑戦し、米沢織の袴地を使った「KINU HAKI」を発表しました。この商品がグッドデザイン賞を受賞したことが転機となり、自社ブランドの可能性を実感しました。
ヒット商品 帆布バブーシュ

――「帆布バブーシュ」はどのようにして生まれたのでしょうか?
阿部:KINU HAKIをきっかけに、より多くの人に愛される商品を作りたいと考えるようになりました。そこで目をつけたのが「バブーシュ」という履物です。モロッコで生まれた伝統的な室内履きを、日本の住環境に適した素材と設計で仕上げようと考えました。
レディスサイズの布製バブーシュは2000年頃から製造していたので、誰でも履けるように素材、型、サイズ、カラーを変えて修正を繰り返してやっと完成しました。
――開発時にこだわったポイントは?
阿部:まずは素材選びです。通気性が良く丈夫な国産帆布を採用し、履き心地を向上させました。また、布製のバブーシュの場合は2タイプあり、踵を折り返して畳んであらかじめ底に縫い付けてありサンダルとして履くタイプと、踵を立てて靴の様にしても履けるタイプとがあるのですが、どちらも履ける2ウェイ仕様にすることで、好みに応じて使い分けられるデザインにしました。さらに、家庭で手軽に洗えるようにしたのも大きなポイントです。
――発売当初の反応はいかがでしたか?
阿部:これまでオリジナル商品開発と並行してギフトショーや展示販売会に出展し手ごたえは十分感じていました。その後2019年頃からメディアに取り上げられる機会が増え、徐々に注文が増加し、ました。特に2021年には一時2カ月待ちになるほどの人気商品になりました。
――海外展開も進められているそうですね。
阿部:はい。現在はアメリカ、台湾をはじめとする7カ国に輸出しています。海外では「日本製の品質の高さ」が評価されており、特に北米市場では着実に販路を広げています。
今後の青写真
――販売拡に向けた取り組みについて教えてください。

阿部:EC販売だけでなく、セレクトショップやライフスタイルブランドとのコラボレーションも進めています。特に、ライフスタイルを提案する店舗とは相性が良く、お客様の生活の中に自然と取り入れていただけるのではないかと考えています。また、ふるさと納税の返礼品としても提供し、地方創生の観点からも発信を続けています。
――今後の展望についてお聞かせください。
阿部:まずは国内でのブランド認知度をさらに高めるため、直営ショールームの開設を予定しています。工場見学の受け入れを強化し、職人技術の魅力を伝えていきたいですね。また、さらなる海外展開を視野に入れ、新たな販路開拓にも力を入れます。
――お客様からの反響で印象に残っているものはありますか?
阿部:あるお客様が、「このスリッパを履くと、帰宅した実感が湧く」とおっしゃっていました。毎日履くものだからこそ、心地よいものを選びたい。そんな思いに応えられているのだと感じた瞬間でした。洗濯できるから安心、初めてスリッパをはきやすいと思った、など多数あります。
また、ギフトとして購入される方も多く、「贈り物にぴったりだった」という声も嬉しかったですね。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
阿部:「ABE HOME SHOES」は、日本の伝統技術を生かしながら、新しいライフスタイルに適した履物を提案しています。履く人の暮らしに寄り添い、快適さを提供することが私たちの使命です。これからも「長く愛されるスリッパ」を目指して、ものづくりを続けていきます。
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変わりゆく市場の中で、日本のものづくりの価値を次世代へつなげる挑戦は、今後も続いていく。