コンビニエンスストアやファストフード店、喫茶店…。街中で見かける自動ドアの多くに、JADのロゴマークが付けられている。
「日本自動ドア」の名前は知らなくても、一度は目にしたことがある人は多いだろう。創業から半世紀以上にわたり、日本の街並みとともに歩んできた自動ドアメーカーの老舗、日本自動ドア株式会社。
同社は近年、新たな挑戦として木製自動ドア「Selvans(セルヴァンス)」を開発した。
木の温もりと最新技術を融合させた製品には、持続可能な社会の実現に向けて、伝統と革新を融合させながら未来を切り開こうとする同社の強い思いが込められている。
1966年の創業以来、高度経済成長期からバブル経済期にかけて、建物の高層化や都市開発が進展する中、日本自動ドアは成長を遂げた。
欧米からの輸入品が主流であった自動ドアを、いち早く国産化。品質と価格競争力を武器に、瞬く間にシェアを拡大していった。
特に、全国に店舗網を拡大していく大手コンビニエンスストアチェーンや、駅ビルなどに出店するファストフード店や喫茶店などの小売店への導入を積極的に進めたことで、人々の目に触れる機会が増え、生活に欠かせない存在へと成長していった。
誰もが利用する身近な場所にあるからこそ、安全性と信頼性が求められる自動ドア。日本自動ドアは、その期待に応え続けることで、日本の街の風景の一部となっていったのだ。
自動ドアの二極化と安全性への意識の高まり
当時の自動ドア業界は、高価格帯のステンレス製と、比較的安価なアルミ製に二分されていた。高層ビルやホテルなどには主にステンレス製の自動ドアが採用され、小売店などではアルミ製の自動ドアが多く導入されていた。日本自動ドアは、後発メーカーとして、アルミ製の自動ドア市場にいち早く参入。小売店の出店ラッシュの波に乗り、事業を拡大していった。
しかし、2004年、六本木ヒルズで発生した回転ドアによる死亡事故は、自動ドア業界に大きな衝撃を与えた。事故は日本自動ドアの製品ではなかった。しかし、連日の報道は、自動ドア業界全体の安全軽視を糾弾するものであり、多くの消費者から苦情が寄せられたという。吉原二郎社長は、業界全体が安全に対する意識を改めて問われていると重く受け止めた。
吉原社長
「安全性を最優先に、社会に貢献できる製品を生み出さなければならない」
この事故をきっかけに、吉原社長は、従来の金属製の自動ドアにとらわれず、新たな素材や技術を取り入れた製品開発に乗り出すことを決意する。それは、創業以来、金属製の自動ドアを追求してきた同社にとって、大きな転換期を告げる決断でもあった。
木材の可能性と地域貢献への思い
そこで白羽の矢が立ったのが、古くから日本の建築物に使われてきた木材だった。木材は金属に比べて温かみがあり、環境負荷が低いというメリットがある。さらに、適切に管理すれば、1000年以上も使い続けることができる。世界最古の木造建築である法隆寺は、1400年もの時を経てもなお、その美しい姿を今に伝えている。法隆寺の建築には、日本の風土に合った建築技術と、木という素材の経年変化による強度や美しさへの深い理解が見て取れる。
吉原社長は、この日本の伝統的な建築様式から学び、現代の技術と融合させることで、これまでにない新しい自動ドアを生み出せると直感した。
「木の温もりと最新技術を融合させることで、安全で環境に優しく、そして長く愛される自動ドアを生み出したい」
吉原社長のこの強い思いが、社内を動かしていった。
しかし、木製自動ドアの開発は容易ではなかった。素材となる木材の調達、加工技術の確立、そして職人たちの育成など、課題は山積みだった。木材調達では、埼玉県飯能市を中心に生産される「西川材」に注目。西川材は、江戸時代から良質な木材として知られ、西川林業地帯は、古くから江戸の街を支えてきた歴史を持つ。しかし、近年は、後継者不足や木材価格の低迷など、林業を取り巻く環境は厳しい状況にあった。
吉原社長は、西川材を使うことが、地域貢献と林業の活性化につながると確信。地元の林業関係者と連携し、伐採から加工、製品化までを一貫して行う体制を構築した。社内では、木製自動ドアの専門チームを立ち上げ、試行錯誤を重ねながら、独自の加工技術を確立していった。金属とは異なる木の性質を理解し、その特性を活かすための加工技術の開発は、容易ではなかった。
しかし、技術者たちは、幾度となく試作品を作り直し、伝統的な木工技術を持つ職人たちからも教えを乞いながら、妥協することなく、理想の木製自動ドアの開発に情熱を注いだ。
そして、幾多の困難を乗り越え、2022年、ついに木製自動ドア「Selvans」が完成する。木の温もりと最新技術を融合させた「Selvans」は、安全性、環境性能、そしてデザイン性の高さから、ホテルや商業施設、公共施設など、幅広い分野から注目を集めている。
木の持つ優しい風合いは、訪れる人に安らぎと温かさを与え、空間に自然と調和する美しさをもたらす。それは、単なる機能性だけを追求した従来の自動ドアとは一線を画す、新しい価値観を生み出すものであった。
自動ドアがアートになる未来
吉原社長は、「Selvans」の開発を通じて、日本の伝統技術の素晴らしさ、そして自然と共存することの大切さを改めて実感したという。
吉原社長
「私たちは、単なる自動ドアメーカーではなく、『空間の価値を高める企業』でありたい。そして、1000年後も人々の暮らしに寄り添い、愛され続ける企業を目指したい」
そのために、吉原社長は、自動ドアにアートの要素を積極的に取り入れていく方針を掲げている。例えば、デジタルサイネージと組み合わせることで、季節や時間帯に合わせて変化する映像を映し出すことができる。また、木製の扉に彫刻を施したり、照明と組み合わせることで、空間を彩るアート作品としての可能性も広がる。
古代ギリシャの時代、発明家ヘロンは、蒸気の力で神殿の扉を開く自動ドアを考案したという。それは人々に驚きと感動を与えるとともに、神聖な空間を演出する装置でもあった。現代においても、自動ドアは単なる「扉」ではなく、空間の価値を高め、人々に感動を与える可能性を秘めている。日本自動ドアの挑戦は、そのことを私たちに教えてくれる。