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株式会社チェンジ・ザ・ワールド

チェンジ・ザ・ワールドを知ってしまったら、他の会社を選択できなかった|取締役管理部部長 梅木麻由さん

チェンジザワールド取締役管理部部長 梅木麻由さん写真

「社長が語る地球と地域への想いが目の前で現実化していくチェンジ・ザ・ワールドは、私の人生にとってかけがえのない存在」と語るのは、株式会社チェンジ・ザ・ワールドの管理部長として、人事・労務・総務・経理などバックオフィス全般を任される梅木麻由さん。創業当初から代表取締役の池田友喜さんと苦楽を共にしてきた梅木さんに、チェンジ・ザ・ワールドとの出会いと未来への想いを語っていただきました。

「私よりも会社愛が強いんじゃないかな」(by 池田友喜さん)

─池田社長からのメッセージを読み上げます。

梅木 麻由さんへ

  • チェンジ・ザ・ワールド 池田社長
  • チェンジ・ザ・ワールド 梅木さん
山形に戻ってきて地元で採用活動を始めたばかりの頃に、ハローワークを通して事務員に応募してくれたのが梅木さんでした。当時彼女は別の会社で内定が決まっていたにも関わらず、そちらを辞退して、まだ何も始まっていなかった当社を選んでくれました。チェンジ・ザ・ワールドを立ち上げたばかりでまだ経営が軌道に乗っていない頃でも、ネガティブなことを一切言わずに「信じているので大丈夫です!」とむしろ励ましてもらったりしました。バックオフィスの全般を担ってくれているので業務上でもとても助けられています。ゼロの頃の当社を知っている社員は彼女だけですね。今のチェンジ・ザ・ワールドがあるのは梅木さんの存在のおかげだと思っています。私よりも会社愛が強いんじゃないかな(笑)。今までどんな気持ちでついてきてくれたのか、そしてこれからチェンジ・ザ・ワールドをどんな企業に育てていきたいのか、梅木さんのビジョンを聞いてみたいですね。

取締役管理部部長 梅木麻由さんのチェンジ・ザ・ワールドへの想い。

2021.12.8
─このようなメッセージをお預かりしてきました。
 
池田から褒められることはなかなかないので、とても気恥ずかしいですが、私のほうが池田には本当に感謝しているので、感慨深いです。「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」という気持ちでいっぱいです。
 

面接の帰り道、「仕事を条件で選ぶのはやめよう」と決めた

チェンジザワールド取締役管理部部長 梅木麻由さん

チェンジザワールド取締役管理部部長 梅木麻由さん(画像提供:株式会社チェンジ・ザ・ワールド)

 

─梅木さんはどういったきっかけでチェンジ・ザ・ワールドに入社したのですか。

 
東京で結婚・出産・離婚を経て、息子と2人暮らしをしていました。父はだいぶ前に亡くなり、ふるさとの山形県酒田市で暮らしていた母も亡くなりました。家を空き家にできず、私と息子が実家に戻ってきました。とにかく息子を養い、一人前にしなければいけないので、当初は3つのアルバイトを掛け持ちしていました。その後、地元の金融機関に入社しましたが、カルチャーフィットが難しく、残念ながら退職して求職活動を始めました。
 
実は弊社を受ける前に、2社から内定をもらっていたのですが、ハローワークで一般事務募集、従業員数3名、資本金300万円、201423日にできたばかりの会社の求人情報を見かけたのです。何となく気になったので、窓口の人に話してみたら「すぐそこだから、1回寄ってみたら」と言われ、雪が降る中、実際に見に行ってみたのです。すると、真っ暗な小さい事務所にパイプ椅子1個と灯油缶1個しかありません。カーテンは中途半端にかかっていて、「この会社、大丈夫だろうか」と心配になりました。それでも気になっていたので、取りあえず応募してみたのがチェンジ・ザ・ワールドでした。
 
1週間後に面接となり、また事務所に行きました。そうしたら、あの何もなかった事務所の壁を自分たちできれいにして、おしゃれな照明も付けて、全然違う場所のようになっていたのです。驚きましたね。
 
面接でも驚きの連続でした。面接と言いつつ、ほぼ池田からのプレゼンでした。もちろん私の話も聞いてはくれましたが(笑)。そんな事業に対する熱い想いを池田が語り続ける23時間の面接が終わって、帰りの車の中で、「何、あの人? 何、この会社?」と、どきどきが止まりませんでした。   
 
当時は苦しい生活が続いていたので、それまで仕事は、とにかく生きるため、食べるため、お金を稼ぐため、というのが目的になっていました。内定をもらっている2社のうちの1社は東証一部上場企業で、休日もしっかりあり、給与も弊社よりも1.8倍以上ありました。
 
でも、「この先の人生、初めて会った人に対して、ここまで心が躍ることはないのではないか」と感じ、仕事を条件で選ぶことはやめてみようと決めて、チェンジ・ザ・ワールドを選びました。
 

チェンジ・ザ・ワールドのことを知ってしまったら、他の会社を選択できなかった

─池田社長のプレゼンのどういったところに心が動かされたのですか。

それまで面接してくださった方々の中で、将来を語った人は初めてだったからです。自分の会社のことだけではなくて、これから先の地元のこと、世界のことを語ったのは、池田だけでした。私には小さい子どもがいたので、この子たちが大人になる頃に、どのような世界にしたいのかということは考えていたので、とても心が惹かれました。

ですから、面接の帰りの車の中で、内定が決まっていた2社に断りの連絡を入れました。そのときは、まだ弊社の面接が終わっただけで、採用が決まったわけではなかったのですが、チェンジ・ザ・ワールドのことを知ってしまったら、他の会社を選択することはできなかったのです。「金もうけのためにこの会社があるのではない。世界をより良い方向に変えたいんだ」という池田の強い想いに惹かれました。

私も子どもには背中を見せていかなければいけないので、「母ちゃん、仕事をしていても、つまらなそうだな」と思われるよりは、世のため、人のためになるような仕事を一緒にしていきたいと思ったのです。

 

「社長よりもチェンジ・ザ・ワールドだよな」と言われる社員

─池田社長は「今までどんな気持ちでついてきてくれたのか」聞いてみたいとおっしゃっていましたね。

池田からのメッセージにもあったように、「俺よりもチェンジ・ザ・ワールドだよな」と言われます。それはなぜかというと、池田が面接のプレゼンで語ったことを実現していくために力になりたいし、それを成し遂げる彼を見届けたいという気持ちがずっとあったからです。面接のときに語っていたことが、実際に私の目の前で実現していくのです。それをまだまだ見たい、もっと見たい、次は何をやるのだろうという、わくわく感があります。

常に革新的な行動を起こし続け、世界により良いアクションやムーブメントを起こしていける会社にしたい

─「チェンジ・ザ・ワールドをどんな企業に育てていきたいのか」という点ではいかがですか。
 
今では環境問題がクローズアップされてきたので、弊社を知っていただく機会が増えて、心から感謝したいのですが、まだまだだと思っています。チェンジ・ザ・ワールドのCHANGEというサービスをさらに進化させていきたいのですが、それだけでは終わらない気がしています。現在注力しているのは環境問題ですが、今後の10年、20年を見据えたときに、この世の中でチェンジ・ザ・ワールドを知らない人がいないというぐらいに、皆の役に立つ企業でありたいです。常に革新的な行動を起こし続けて、世界により良いアクションやムーブメントを起こしていける会社にしたいと思っています。
 

全員が輝ける舞台をつくる裏方に徹する

─池田社長は「梅木さんのビジョンを聞いてみたい」ともおっしゃっていますが、いかがでしょうか。

私は管理部で部長をしていますが、弊社のメンバーはもっと増えるでしょうし、もっと表舞台で活躍する場面が増えてくると思います。そういうチャンスをいただけたときに、彼ら・彼女らがもっと輝けるように、内側から支えたいと思っています。

こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、社員に対しては「チェンジ・ザ・ワールドに一生いてください」とは思っていません。「違う世界を見てみたい」と言われたら、「行ってらっしゃい」と送り出して、違う世界を見た上で「やっぱりチェンジ・ザ・ワールドが良かった」と戻ってきたら、「お帰り」といつでも迎えたいと思います。

例えば弊社から転職しようとする人が、面接で「前職は何ですか」と聞かれて、「チェンジ・ザ・ワールドです」と答えたら、「うおー、あそこか、即採用だ」と言われるような会社にしたいです。また、風通しがいいことはもちろん、遠慮しない風土をつくりたいです。ですから、弊社ではニックネーム制を導入しています。姓で「何々さん」と呼ぶのとは違い、距離感が縮まります。そういう工夫をしています。

私は、とにかく社員全員が輝ける舞台をつくる裏方に徹します。表に出てはいけないと思っているので、実はこの取材を受けることも私のポリシーに反しているのですが(笑)

社長が語る言葉が目の前で次々と現実化していく、かけがえのない会社

─今までの仕事で印象に残っていることは何でしょうか。

面接のときの池田の姿が、最も鮮明に残っています。彼が面接で語ったことが、次々と目の前で実現されていくので、一つひとつがとても印象深いし、かけがえのないものです。その魅力を世の中の人たちにも知ってほしいです。弊社を選んで入社してくれた仲間にも、本当に感謝しています。

私が担当するのは管理部ですが、初めは一人で業務をやってきました。おかげさまで売り上げも上がり、人員も徐々に増えてきて、さすがに全ての業務をこなしていくのは難しいということで、採用活動を始めることになりました。しかし、ベンチャーであることや、当時はなじみのない太陽光発電に関する事業であったことから、採用には手こずっていました。採用できたとしても試用期間で終了するなど、なかなか人員を思うように増やすことができませんでした。

私が悩んでいたら、池田から「それなら採用は俺に任せろ!」と言われました。池田は来るもの拒まずという性格なので、「そんなことしたら誰でも採用しちゃうじゃないですか」と伝えると、「いや、俺には素晴らしい採用実績がある!」と言うのです。「誰のことですか?」と聞いたところ、「お前のことだよ!」って言ってくださり、本当に身に余る思いがしました。そう言ってもらえたことが本当にうれしく、今でもすごく印象に残っています。

チェンジ・ザ・ワールドは自分の一部、会社の喜びは私の喜び

─梅木さんにとって、チェンジ・ザ・ワールドはどういった存在ですか。

私の一部です。切っても切り離せないですし、切り離そうとも思いません。会社の喜びは、私の喜びです。会社で何かが起こったときには、全て自分事として捉えます。

池田と私の2名体制の期間が半年強あったのですが、とにかく何でも自分でやらなければなりませんでした。全てに携わり、全てを仕切る中で、いつの間にかチェンジ・ザ・ワールドの全体の運営を考えることが自然な状態になりました。もはや仕事という感じでもないのです。まさに私の一部です。

創業当初は、資金面で苦しいことも多かったのですが、別に給与をもらえなくてもいいという思いでやっていました。もちろん私にはそれほど預金があったわけではありませんが、チェンジ・ザ・ワールドにいることに喜びを感じていたし、誇りに思っていました。実際は、池田は何カ月も自分の給与を取らなかったのですが、私にはきちんと支給してくれていたので、ありがたかったです。

池田への信頼がどこから来るのかが分かりません。それが彼のすごいところだと思います。とても求心力があります。一見ビッグマウスなのですが、その背景には綿密な考えが詰まっていて、本当に実現してしまうのです。綿密な考えもなく情報を発信することもありますが、不思議と必要な人たちが集まってきて、実現してしまうのです。弊社のメインサービスとなっているCHANGEについても、当初は池田がただ構想を話しているだけだったのですが、現在CTOになっている玉置龍範がジョインするなど、引き寄せられるように必要な人材が集まり、リリースすることができました。池田と弊社は、ずっと見ていたい存在です。

革新的な事業を成し遂げるために信じる道を突き進む

─これからのチェンジ・ザ・ワールドに期待することは何ですか。

人の目に触れる機会が多くなるほど、批判されることも増えてくると思います。しかし、弊社の「10の行動指針」の中にもあるように、これからもビジョンに向かって、遠慮せず、周りの雑音も気にせず、ただひたすらに私たちが信じるものを掲げて、突き進んでいきたいです。そこには必ず社会貢献への想いがあります。革新的な事業を展開し、私たちの想いを貫いていきたいです。

入社を考える際も、条件で選ぶことをやめて、面接が終わった後の高揚感と、私にも何か力になれることがあるかもしれないという想いを取りました。本当に良かったと思っています。

私の両親は生前、山形牛のステーキ屋を経営していて、池田も小さい頃に食べに来ていたと面接のときに聞きました。もうこの世にいない両親のことを、きちんと胸に刻んでいてくれる人がいることを知って、本当にうれしかったです。「お父さんとお母さんは、この人と働けと言っているの?」と思うほどでした。

実は、私は10社ほど転職していますが、この体験も全てチェンジ・ザ・ワールドへ来るための布石だったのだと感じています。10社ほどの企業を見てきた経験が今まさに役に立っているのです。今後も社員のためにより良い職場環境をつくっていくために頑張りたいです。

チェンジザワールド取締役管理部部長 梅木麻由さん

チェンジザワールド取締役管理部部長 梅木麻由さん(画像提供:株式会社チェンジ・ザ・ワールド)

◎企業情報
株式会社チェンジ・ザ・ワールド
https://ctws.jp/
代表者:池田友喜
所在地:〒998-0864 山形県酒田市新橋2丁目26-20
TEL:0234-43-6301
FAX:0234-43-6302
e-mail:info@ctws.jp
設立:2014年2月

WRITER
サイエンスジャーナリスト
小林 浩
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1964年生まれ、群馬県出身。国立群馬高専卒。専攻は水理学と水文学。卒業後、日刊紙『東京タイムズ』をはじめ、各種新聞・雑誌の記者・編集者を務める。その後、映像クリエーターを経て、マルチメディア・コンテンツ制作会社の社長を6年務める。現在は独立し、執筆と映像制作に専念している。執筆は理系の読み物が多い。 研究論文に『景観設計の解析手法』、『遊水モデルによる流出解析手法』、著書に科学哲学啓蒙書『科学盲信警報発令中!』(日本橋出版)、SFコメディー法廷小説『科学の黒幕』(新風舎文庫、筆名・大森浩太郎)などがある。

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