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株式会社茂呂製作所|山梨で世界と戦うモノづくりDNAを継承| 茂呂哲也氏が感謝を伝えたいステークホルダー

茂呂製作所の茂呂哲也社長の語るステークホルダーへの思い

長く海外を拠点に活動してきた茂呂製作所の茂呂哲也さんは、日本のモノづくり産業に強い危機感を抱いている。「グローバルな先端ロボット産業はもちろん、地方の優れた技術を持つ町工場が生き延びていくためには企業の枠を超えて技術を継承していくしかない。培った技術を守り伝えて、『恩送り』の心で企業の困り事を1つひとつ解決していきたい」。現在50歳、2012年に先代社長から経営を引き継いだ茂呂代表に、今回は今まで繋がりを築いてきたステークホルダーへの想い、そして日本のモノづくり産業の行く末について伺いました。

世界有数のグローバル企業から中小モノづくり企業までを広範にカバーする茂呂製作所

――御社は、山梨県下にありながら世界有数のグローバル企業から中小モノづくり企業に至るまで様々な企業を顧客に抱え評価も高い。また、近年も順調に業績を向上させています。

 弊社は、最先端の工作機械の製作・開発から、あらゆるメーカーの機械修理・メンテナンスまで幅広く手がけています。海外でも評価を得ているのは積極的にグローバル企業と提携し、事業を海外に展開したのが理由の1つです。2020年はコロナの影響で難しかったのですが、それまでは私も1年の大半はタイやベトナム、ミャンマーやインドネシアそして中国などで活動していました。今は国内外に300ものクライアントを抱えるまでに業容を拡大しています。

――多くの企業から「茂呂製作所さんがいなくては」と評されていますが、なぜそれだけ高い評価が得られるとお考えでしょうか。

 よく『御社の強みは?』と聞かれるのですが、正直、よく分からないんです。何か尖ったことをしているわけではありません。それでも、お客様から『茂呂製作所は、何でも対応してくれる』とお褒めいただけることは素直にとても嬉しいことです。ただ、社員たちと話をしていても、自分たちとしては、ただ当たり前のことをしているだけだよな、と。

 

技術の継承は人材の育成

[取引先企業へ]

 ――具体的にその「強み」を見ていくために、御社のステークホルダーとの関わりについてお伺いします。代表の経歴を追いながらお聞きしますが、茂呂代表は最初から会社を継ぎたいと思っていたのではなく、先代社長の父に反発して高校を中退、家を出ていた時期があったと聞いています。その後紆余曲折を経て松下電器株式会社(以下、パナソニック)のグループ会社に所属し、それから家業である株式会社茂呂製作所に入社したということでしょうか。

私は幼い頃は仕事に没頭している父の姿を見て『父のようになりたくない』と思っていたのです。父に言われるがまま工業高校へ進んだのですが、その違和感がずっと心に残っていて、結局1年生で中退してしまいました。

高校中退後は将来を見ずに今を楽しむためだけに、夜の街に出入りするようになりました。しばらくは甲府で水商売をしていた時期もあるのですが、数年もそんな生活を続けていると悪い面も目にするようになった。それでこのままではいけない、こんな生活が続くはずがないと思い、家に帰りました。20歳の時です。

弊社は当時からパナソニックと繋がりがあったこともあり、父の紹介でパナソニックのグループ会社の生産技術の保全部門に入社することができました。

取引先との向き合い方
パナソニック株式会社さんへ

――パナソニックさんさ対しての想いについて伺えますか。

 

パナソニック、当時はまだ松下電器産業株式会社(以下、松下電器)でしたが、仕事をしていく上での信念や心得については当社で学びました。高校を中退した20歳そこそこの自分が、社会人として、そして1人の人間として自立することができたのは最初に就職したのが松下電器だったからです。当時の松下電器は家電メーカーとして多くの部門で国内トップシェアを誇るだけでなく、そのブランドは世界中で高い評価を得ていました。『経営の神様』松下幸之助氏の理念が社内に根強く残っていたのです。当時、毎朝朝礼で社訓を唱和していましたが、繰り返しているうちにその理念が心に刻み込まれていきました。松下幸之助氏の想いを、私を含め社員1人ひとりにずっと落とし込んでいったから世界有数の大企業になったのだと思います。

 

――当時関わりがあった人で想いを伝えたい人は。

 

林出課長や水田課長、青木係長、他多数の方がいます。皆さんは右も左も分からなかった私を指導し、多くの経験をさせていただき一人前に育ててくれました。もう30年近くも前になりますので、皆さん定年退職を迎える頃だと思いますが、諸先輩方のご指導に改めて感謝をお伝えできたらと思います。先輩方の教えを次世代に伝えていくことが、私なりの先輩方への恩返しになると考えて、初心を忘れずにこれからも後進の指導に当たっていきたいと思います。

 

茂呂製作所は大小さまざま製造機械や道具が揃うワンストップのものづくりが可能

FA社さんへ

――松下電器を退社し、改めて家業である株式会社茂呂製作所に入社するが、現在のクライアントの中で特に恩義を感じているのは。

 

第1はFA社です。FA社は同じ山梨県下にありながら、産業用ロボットのモーター製造に関して世界シェア70%を占める企業で、世界4大産業用ロボットメーカーの1つに数えられている優良企業です。弊社はFA社が使用する切削加工用治工具の多くを製造させていただいております。

 

FA社とは15年ほど前に商社からの紹介で取引が始まったのですが、当時同社では製造ラインの故障に対する人員不足が課題になっていました。開発や製造が忙しくそちらに人員を割かれることによることで修理不足しているとのことでした。メーカーへ修理と時間も手間もかかる。どうにかできないかと考えていた時に、県内に様々な機械を修理できる会社があると商社から弊社の名前が挙がったのだそうです。FA社には『メーカーの人間ではないのにこの機械を直せる技術や経験はあるのか』と思われていたようなのですが、私たちからしてみれば人の手で作られた機械なのだから『中を開けてみれば分かる』という自信がありました。

 

それで無事に修理させて頂いて以来FA社との関係が生まれたのですが、FA社は世界一自動化された生産工場を保有し、あらゆるものを内製化できる企業だと言われるほどでした。どうしても自社で生産できないものがあれば製造できる会社をM&Aしてしまう。そんなところに資本金1,000万円足らずで、しかも『製作所』と名前にある「町工場」の弊社がどうして直接サプライヤーとして入っていられるのか、と周囲から言われたのですが、当時はまだ修理を主にしていたので技術請負と言う形で特別に入ることができたのです。

 

――修理業というポジションから、なぜ上流工程の製造までも担うまでになれたのですか。

 

弊社に目をかけてくれた当時の技術本部長が『修理だけしていたのではダメだ。知識を与えるからもっと成長しろ。そういう努力をする下請けと成長していきたい』と言ってくれる方だったのです。そしてその部下の生産部長や生産技術課長も同じ想いを持っている方たちでした。同社にも危機感があったのだと思います。世界有数の企業ですから、入社してくるのは東大工学部などのエリート揃い。しかし実際に手を動かす熟練の技術がなければ、高度な製造ラインの開発・運用に将来行き詰まってしまうことが予見されていたのだと思います。例えば今は手描きの図面をPCでデータに変換すれば、製造ラインの加工プロセスでプログラムが自動で最新の図面に沿って仕様を変更してくれます。しかしそれは演算されて決まったルールに従って修正してくれるだけですから、本当に精度の高い加工技術を持つ職人の目から見れば完璧ではありません。自動で図面を直し、最適化するにしても、最終的にはやはり人の目と熟練の技が必要なのです。

 

過去、世界で評価されていた日本のモノづくり企業の多くが、『人の手による』部分を活かすことを怠り、自動化・機械化して効率だけを追い求めていった結果、衰退していきました。FA社の技術本部長もその点を危惧していたのだと思います。それで技術屋の弊社を引っ張り込んで共に成長していこう、と言ってくれた。私たちもその期待に応えようと努力を重ね、結果大きく飛躍することができました。

 

当時、技術本部長だった方は、現在FA社の取締役をされています。生産技術課長だった方は技術部部長に。日本のモノづくり産業の将来を憂う者同士として、また弊社を共に成長したいパートナーとして選んでくれたことについて本当に感謝しています。

 

 

最先端の製造機器も導入し、世界と叩くグローバルなモノづくりにも対応

株式会社峰岸商会 代表取締役社長 峰岸一郎さんへ

――茂呂代表自身が思い出深い、恩義を感じている人物は。

 

甲府市にある株式会社峰岸商会の代表取締役社長をされている峰岸一郎氏です。彼とは山梨青年工業会で知り合いました。この会は私の父が所属していて、私も23歳の時に入会しました。峰岸社長も先代から同会に所属していたので、後継ぎ同士、ほぼ同世代でしたので意識するようになりました。最初は所属する支部が違ったこともあり、話をする機会が少なかったのですが、一度、戦艦大和が好きだという話で盛り上がって、それから一緒に活動したり、グループ旅行で広島県の呉に戦艦大和の模型を見に行ったりしました。

 

その関係が大きく変わった出来事がありました。私がまだ会社を継ぐ前のことです。当時私は専務として既にほとんどの会社の業務をとり仕切っていたのですが、銀行対応だけはまだ父が担っていました。それがある時、父から『これからは銀行とのやり取りもお前に任せる』と言われ、引き継ぐことになりました。大したことはないだろうと思って気軽に引き受けたのですが、それからまもなく事務員が慌てて私のところに来て『入金される予定の金額が1千何百万円も不足している。取引先への支払いも社員の給料も払えない、どうしましょう』と。そんなこと言われても引き継いだばかりで何も分からない。これは困ったと思って相談したのが峰岸社長でした。

 

峰岸社長に相談すると『それは俺以外に誰にも言うな。他にバレたら会社が潰れかねない』、と。そんな大事なことだったのかと思いましたが、峰岸社長は銀行とのやり取りなど、丁寧にアドバイスをくれました。それで距離が縮まって、彼の真摯さや実直さ、そして筋が通った人物像を尊敬するようになったのです。

 

――峰岸社長に伝えたいことや聞きたいことはありますか。

 

株式会社峰岸商会は金属材料の卸業をされているので、弊社とは業務の面でも深く関わっています。株式会社峰岸商会には峰岸社長流に貫いてきた社会的な信用を重視して、できるだけ当社から仕入れるように指示しています。その関係を継続していきたいと願っています。

 

私は峰岸社長の仕事への姿勢に憧れていますし、行動を一部、真似をして少しでも自分の習慣として身に着けたいと考えています。株式会社峰岸商会が材料を販売してくださるから共に山梨で頑張っていける、とも思っています。もし聞けるなら、山梨のモノづくり産業の今後についてどう考えているのか、伺ってみたいですね。地元愛、地産地消の考えが強い人ですから、その辺りをどう考えているのか、今後共に歩んでいきたい自分としては聞いてみたいですね。

 

――お話を伺うと、茂呂代表には山梨の、引いては日本のモノづくり産業と技術力についての危機感や不安があるように思います。

FA社のように下請け企業と共に成長していきたいと思っている大企業がどれだけあるのでしょうか? 私は長年中国やタイなどアジアで仕事をしてきましたが、彼らの躍進は目覚しい。いつまでもアジアの技術を低く見ていたら日本はあっという間に置いていかれる。中国のタクシーはもう皆電気自動車になっていますよ。だから日本の企業は今後を見据えて仕事をしていかないといけない。特に今は3Dプリンタなどで、誰でもモノが作れる時代になっています。一方で人にしかできない仕事もある。私たちはその価値を分かってくれる企業と仕事をしていきたいのです。

茂呂製作所の社員の皆さま(集合写真)

世界で戦う茂呂製作所は多様な人材が活躍する

 

日本のモノづくりのDNAを継承するために

 [社員に対して]

――誰でもモノが作れる時代だからこそ、技術を継承していかなければならない、と茂呂代表は話されています。この点も含めて、想いを伝えたい社員について伺えますか。

3Dプリンタでもモノを作ることができるからと言って、修理などの人の手が必要な仕事があることには変わりはありません。モノがあるから修理しなければならないし、修理してくれる安心感があるから、よりよいモノを作ることができるのです。だから修理を学びたいと入社してきた若い人にも、まずモノを作ること、鉄に穴を開けるところから教えます。モノづくりの原理から分かってもらわないと、生き残っていくことはできない。彼らをどうやって生き残らせていけるのか、それが私のいちばんの課題です。

 

社員・家族との向き合い方
矢崎徳雄さんへ

技術の継承については多くの先人、特に年配の社員たちに深い感謝の想いがあります。まず矢崎徳雄さん。矢崎さんは私が入社する前、先代社長の時代から弊社で働いてくれていた大先輩です。彼は本当にモノづくりをしてくれた人。私が社長になった2年後に定年退職されたのですが、今も工場で後進の指導に当たってくれています。

 

実は私が社長をやってもいいな、と思ったのは矢崎さんがいたからです。父の後を継いで社長になる時、最後まで心に引っかかっていたのは『定年退職という名の肩たたき』を人生の先輩にしなければならないことでした。技術者は仕事を離れると急速にボケて死ぬ、と聞いたことがありますか。私は実際に以前、高齢の社員が入院して仕事を離れたら、バリバリ働いていたのが嘘のように急激に衰えてしまった姿を目の当たりにしたことがあります。会社の功労者をそちら側に行かせることを、私は絶対にしたくなかった。それで、ならば自分が社長になって技術を継承するやり方を考えることで、先輩に生きる道を作ろうと考えたのです。それが私のビジネスの考え方の全ての基礎にあります。

 

引退された方も工場に来てもらって、若者にモノづくりを教えられるようにできたらいい。教えるだけなら座ってでもできるし、年配の方に好きなモノづくりに携わる場を用意できる。それができれば、私も継いで良かったと思える。それで矢崎さんに退職後も好きな時に工場に来てもらっていいことにしました。

 

矢崎さんは今でも工場に来てくれます。頑張ってくれているのは嬉しいのですが、仕事が好きだからつい手が出てしまう。もう70歳を過ぎているのに夜9時10時まで働いてしまう。若手が帰ってからも仕事をしてしまう方なので、頼られるし頼られたいのは分かるのですが、区切りは付けてもらいたい。だから今は有限会社ホワイトオールという別会社の所属にして、そこから出向してもらう形にしています。

 

佐野博さんへ

もう1人、佐野博さんも矢崎さんと同じように長く仕事をしてくれた人です。彼も2年前に退職されましたが、佐野さんは仕事を離れてしまった。できれば佐野さんにも持っている技術を後進たちに継承してほしかったので、とても残念に思っています。

 

熟練技術者の技術を継承する仕組み作りが日本のモノづくりの課題

――茂呂製作所さんで現在ご活躍されている社員の方では。

南場順子さんへ

南場順子さんには本当にお世話になっています。弊社とFA社とのパイプ役になってくれていて、南場さんがいなかったらFA社とは縁が切れていたのではないかとさえ思います。南場さんは技術者たちの中で珍しい文系の女性です。なぜ弊社に入社してくれたのか聞いてみたいくらいです。おおらかで心が広く、器が大きい。南場さんがどこかで企業を経営していたら凄い社長になっていたと思います。
長年会社に貢献してくれているので、私としてはヨーロッパ周遊旅行などをプレゼントして、たまにはゆっくりしてもらっていいと思っています。あまり欲を出さない方なのですが、もっと輝いてほしいですね。その姿を見て後輩も奮起すると思いますから。

茂呂製作所へ

茂呂製作所は何にでも挑戦できる会社です。それは様々なことにアンテナを張り巡らせた人たちが多いということでもあります。茂呂社長はもちろん情報に敏感で、いつも私たちが知らない情報を教えてくれます。そして、社員の皆さんもそれを受けて新しいことに挑戦して結果を出せる人材が揃っています。『こういう物を作ったら面白いな』という、新しいことに挑戦する向上心を持った人達が集まっている会社です。…

嶋田克枝さんへ

もう1人も女性なのですが、嶋田克枝さんです。私は嶋田さんが入社した時のことを鮮烈に覚えてます。面接の時に志望動機を聞いたら『私は10年後には自立して子供とだけで生活してきたい(笑)。しかし大企業に就職したら普通の事務員のような、自分としてはやりがいを感じられない部署に配属されて給料も上がらないだろうからこの会社に来ました』と。自立したい、という強い気持ちに感銘を受けて入社してもらいました。最初は事務員が欠員していたので事務をお願いしていましたが、今は技術者の一員としてバリバリ頑張ってくれています。男の子3人を立派に育て上げて、2021年春には双子のお子さんも学校を卒業したそうです。10日間くらい休暇を取ってリゾートでゆっくり身体を休めてもいいよ、と伝えているのですが、『休みはいらない、身体がおかしくなっちゃうから』と。嶋田さんと南場さんにはここで働けて良かった、幸せだったと言ってもらえる人生を過ごしてもらいたいですね。

3人の若手社員へ

今、20代から30代の若手社員が3人働いてくれています。3人ともまだ技術者としてはスタートしたばかり。今が頑張り時だと思います。3人とも結婚しており、子供もいます。だからこそ家族の理解と応援が必要です。会社は社員の家族も含めて一丸となって運営できるのが理想です。どうしても仕事が深夜に及ぶことがあります。そんな時、家族の存在が何よりの助けになります。旦那にとっては仕事も家庭も同じように大事なもの。旦那は偉そうにしているかも知れませんが、本当は家族に感謝しています。僕らが仕事に全力で向かえるのは、家を守っている家族がいるからですから。

 

女性の技術者も活躍できるのが茂呂製作所の魅力のひとつ

茂呂製作所の地域社会と金融機関への感謝 

 [地域への感謝]

地域社会・地球環境との向き合い方
弊社の地区の自治会長さんへ

――次に地域との交流について伺いたいのですが。

 

「弊社の地区の自治会長には様々お世話になっています。彼は以前、県外で大学教授をされていた方で、退職後故郷の山梨に戻ってきて、周囲の人から頼まれて自治会長をされています。彼も地域貢献活動に熱心に取り組んでいらっしゃる人で、その点で弊社の考えと一致しています。弊社では3年前から茂呂製作所まつりというイベントを開催し、社員が家族や地域の人たちと交流できる場を設けています。昨年の夏まつりの際は、自治会長から、地域で一体となったイベントにしたい、しかし運営費として自治会費を一企業に支払うわけにはいかないから参加費を集めてほしい、それを自治会費で還元するから、と提案してくれました。こういうアイデアを出してくれたのは嬉しかったですね。

山梨中央銀行さんへ

――金融機関との関わりも企業としては切り離すことができません。

 

以前からお世話になっているのは山梨中央銀行。特に今東京支店の支店長をしている古屋賀章さんには感謝を伝えたいですね。古屋さんはこちらが正直に話せば、それに応えて腹を割った話をしてくれます。そのおかげでこちらもならば勝負しよう、と勇気を持つことができました。人のために自分の時間を割ける方ですし、チャレンジする企業を応援したいという志をお持ちの方です。今後、彼のような方が金融業界に増えれば、日本の企業金融も大きく変わっていくのではないかと思います。

 

日本のモノづくりの技術と継承するには海外企業との連携も重要

茂呂製作所の事業承継への思い

 [父について]

父へ

――最後に、先代社長である茂呂社長への想いをお聞きしたい。

 

 父にはいくら感謝してもしきれないくらいの想いがあります。最初にお話したように、私は学生時代、父に反発して自分勝手に生きようとしました。しかしそんな人生に思い悩んで家に帰った時、父は黙って受け入れてくれました。家に戻った時、将来について父と本気で語り合ったことを今でも覚えています。そして高校中退の学歴しかない自分が入れる会社を探し回ってくれて、パナソニックのグループ会社に入ることができました。

5~6年ほど勤務した後、体調を崩したのを機に退職しました。妻も子もいましたので、養っていくためにすぐ働く必要があったのですが、父が手を差し伸べてくれ、弊社に入社させていただいたのです。人生の様々なポイントで何度も私は父に助けてもらっているのです。

以前は父には会社を継ぐ気はないと伝えていて、父も納得してくれていた様子でした。しかし次第に会社を受け継ぎ、守っていかねばならないという想いが高まり、41歳の時に『やっぱり自分が継ぐよ』と伝えました。それに対し父も『お前にやってほしい』と言ってくれた。父も長く苦労してきましたから、肩の荷を下ろしたかったのでしょう。父の息子として生まれ、そして今では父から会社を任されて、こうして仕事をさせていただいていることに心から感謝しています。 

 

おわりに

茂呂代表が父から会社を引き継ぎ9年が経過。グローバル企業との提携、独自の海外展開により業容は大幅に拡大。さらに現在は修理案件を地域各地の技術者と連携して解決するためのウェブサイト「機械修理ドットコム」を立ち上げるなど、積極的に地域との連携の活動を広げています。

茂呂社長の「地元のモノづくり企業の困り事に何とか応えたい」という想いが、地域の新たな技術者の掘り起こしと、企業の枠を超えた技術の継承へと繋がっているのです。

さらに、茂呂社長はこう話します。

「私が個人的に大切にしているのは『恩返しより恩送り』という言葉です。私は、父を始めとする人生の諸先輩方から受けた数えきれないほどのご恩によって、今、仕事をさせていいただいています。私が受けたご恩というのは、他の誰かや次の世代へと送り届けていくことによって、本当の意味での恩返しになると思っています。だからもっと社会に埋もれた技術を発掘し、次世代に受け継ぐことに力を注がなければならない。仮に育てた社員が地方や海外で独立しても、自分たちがカバーできない分野を担ってもらえば、業界全体の発展に繋がる。それでいいじゃないか、と心から思うんです」

「今後はオリジナル修理工具の製造販売をしてみたい」とも話されていた茂呂代表、今回は長時間の取材を受けていただきありがとうございました。

茂呂製作所は日本のものづくりDNAを継承する山梨の隠れた名企業

<プロフィール>

茂呂哲也
1971年生まれ。高校中退後、1990年に父の創業した茂呂製作所に入社。2011年に同社代表取締役に就任。

<企業概要>
株式会社茂呂製作所
https://moross.co.jp/

〒407-0001 山梨県韮崎市藤井町駒井3169
Tel:0551-23-3366 Fax:0551-23-6644

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WRITER
シニアライター
菰田 将司
このライターの記事一覧

1980年千葉県生まれ 筑波大学大学院博士課程中退(台湾留学経験有り)。専門は中国近代政治外交史。その他、F1、アイドル、プロレス、ガンダムなどのジャンルに幅広く執筆。特にガンダムに関しては『機動戦士Vガンダム』blu-ray Box封入ブックレットのキャラクター・メカニック設定解説を執筆(藤津亮太氏と共著)。

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