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「王様は裸だ!」本当に勇気があったのは誰?アンデルセン童話を読み直す展覧会

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千葉県船橋市のふなばしアンデルセン公園は、2026年10月25日で開園30周年を迎える。始まりは、1987年に開園した「ワンパク王国」だった。1989年に船橋市がアンデルセンの故郷、デンマーク・オーデンセ市と姉妹都市になったことから、1996年にアンデルセンの名を冠した「ふなばしアンデルセン公園」として生まれ変わった。

 

その園内にある子ども美術館で、開園30周年を記念した特別企画展「アンデルセン童話を旅しよう!」が開催されている。『人魚姫』『雪の女王』『みにくいアヒルの子』など8つの童話を、デンマークの絵本作家イブ・スパング・オルセンや、いわさきちひろ、現代の造形作家らの作品を通して紹介する展覧会だ。

本展を企画したのは、2004年から同館の企画展を手がけてきたアートアソシエイツ八咫の露口典子氏と倉本紀久子氏だ。来場者に特に楽しんでもらいたいのは、同じ童話でも、表現する人が違えば、表現もまた違ってくるところだという。

本当に勇気があったのは誰か

その違いがよく表れているのが、会場でひときわ目を引く『はだかの王様』の大きな作品だ。手がけたのは、彫刻家の本濃研太氏である。

『はだかの王様』は、「愚か者には見えない布」だとだまされた王様が、見えない服を着て行列を歩く物語だ。家来も町の人々も見えるふりをするなか、一人の子どもが「王様は裸だ!」と声を上げる。

この子どもは、本当に勇敢だったのだろうか。本濃氏は、この有名な場面を少し違った角度から捉えている。

作品の横には、本濃氏によるもう一つの作品『言っちゃった子供』が展示されている。作品解説によれば、子どもは捕まるかもしれないという危険を知らずに、思ったことを口にしただけではないか。本当に勇気があったのは、その危険を理解したうえで「そうだ!そうだ!」と賛同した最初の大人ではないか、というのだ。

本濃研太『はだかの王様』/『言っちゃった子供』
本濃研太『はだかの王様』/『言っちゃった子供』

悲しい物語を、子どもにも読んでもらいたい

開園30周年の節目に、子ども美術館では公園の名前の由来であるアンデルセンの童話を、改めて取り上げることにした。

アンデルセン童話は、必ずしも幸せな結末を迎えない。『マッチ売りの少女』では少女が亡くなる。『しっかり者のすずの兵隊』では、兵隊と踊り子が最後にストーブの火の中で溶け、燃えてしまう。『人魚姫』の恋も実らない。

一方、いまの子どもたちにとって、『人魚姫』といえばディズニー映画『リトル・マーメイド』、『雪の女王』といえば『アナと雪の女王』だろう。これらの映画は、原作とは異なる結末の物語として広く親しまれている。

「物語はハッピーエンドばかりではありません。子どものうちに、いろいろな感情が湧き起こる物語にも触れておいてほしいと思うんです」

アンデルセンの童話には、喜びだけでなく、悲しみや恐怖、嫉妬、孤独も描かれている。そうした複雑な感情に触れることも、物語を読む意味の一つだろう。

イブ・スパング・オルセン『人魚姫』
イブ・スパング・オルセン『人魚姫』

ちょんまげ姿の「椋助」と着物姿の「花子姫」

 

では、アンデルセン童話は日本でどのように読まれてきたのだろうか。

日本に伝わったのは、明治時代のことだった。日本語で初めて紹介されたとされるのは、1888年(明治21年)に『女学雑誌』に掲載された『不思議の新衣装』で、現在の『はだかの王様』にあたる作品である。

当時の日本には、西洋の創作童話という分野がまだ十分に定着していなかった。翻訳というより、日本の読者に合わせて物語そのものを作り替えることも珍しくなかった。

1891年(明治24年)には、尾崎紅葉が『二人椋助』を出版した。原作は『小クラウスと大クラウス』だが、日本向けに大きく書き換えられ、挿絵にはちょんまげ姿の人物が登場する。『親指姫』も、日本では着物姿の「花子姫」として描かれた。デンマークで生まれた童話は、海を渡るうちに日本人の名前と姿を与えられていたのである。

最初は“訳の訳”だったので、日本人はそれをもとに日本流に発展させていった。

当時の翻訳は、デンマーク語の原文ではなく、英語やドイツ語の訳をもとにした重訳が多かった。デンマーク語の原典から訳した大畑末吉の『アンデルセン童話集』が岩波文庫から刊行されたのは、1938年(昭和13年)のことである。

アンデルセン童話は、絵本として広まる過程でも、描き手によって異なる姿を与えられていく。その違いは、いまの『はだかの王様』にも残っている。

19世紀の初版本の挿絵では、王様は下着を身につけている。オルセンが描いた王様は、何も身につけていない。一方、本展に登場する王様はしましま模様のパンツを履いている。

王様は裸だったのか、下着を履いていたのか。行列では歩いていたのか、馬に乗っていたのか。文章は同じでも、絵になったときの姿は描き手によってさまざまだ。

 

アンデルセン童話を描き続けた二人の画家

本展では、1972年に国際アンデルセン賞画家賞を受賞したデンマークの絵本作家イブ・スパング・オルセンと、日本の画家いわさきちひろの作品が特別出展されている。

オルセンは、アンデルセンと同じデンマークで生まれ育った。母国語で物語を読み、アンデルセンの言葉のリズムや、そこに込められたユーモアや皮肉も感じ取ることができたはずだ。

それでも本人は、それだけで作品を理解できるとは考えていなかった。1992年刊行の『愛蔵版 アンデルセンの童話 第3巻 雪の女王』(福音館書店)のあとがきで、オルセンはアンデルセンの世界を、宇宙のように深く広大なものと表現している。何度読み返しても新しい発見があり、挿絵を描くことは一人の画家には大きすぎる仕事だとも述べていた。母国語で読める画家でさえ、アンデルセンの世界を捉えきるのは容易ではなかったのである。

一方、いわさきちひろは、アンデルセン童話に自分たちの暮らす社会と通じる悲しみを見いだしていた。1966年には『絵のない絵本』について、人間の悲しみや真実が描かれており、それはいまも変わらないと記している。

19世紀のデンマークと20世紀の日本。国も時代も違う二人の画家が、同じアンデルセンの物語から、それぞれの絵を生み出した。

福音館書店の編集者として知られる松居直は、アンデルセンの文章について、言葉で絵を描くように徹底して構成されており、絵画表現が入り込む余地がないほどだと評している。それほど具体的な文章でありながら、後世の画家たちは繰り返し挿絵を描いてきた。アンデルセンの物語には、描写の細かさだけでは埋まらない余白があるのかもしれない。

イブ・スパング・オルセン『親指姫』
イブ・スパング・オルセン『親指姫』
いわさきちひろ『おやゆび姫』(ひかりのくに昭和出版)より1966年
いわさきちひろ『おやゆび姫』(ひかりのくに昭和出版)より1966年

人魚姫は泡になって終わる物語ではない

今回の展覧会にあたり、現代の作家たちもそれぞれの視点から新たな作品を手がけている。

造形作家の菊地絢女氏が取り上げたのは『人魚姫』だ。王子への恋が実らず、最後は海の泡になって消えてしまう。そんな悲恋の物語として覚えている人も多いだろう。

ところが、アンデルセンの原作はそこで終わらない。人魚姫は泡となったあと、空気の精になる。さらに善い行いを重ねることで、不滅の魂を得られる可能性が示されている。

作品解説によれば、菊地氏はこの物語を「魂の成長の物語」として捉え、水の精から空気の精へと変わっていく姿を作品にした。自然界の循環も、人の心の成長も、目には見えない。それでも、見えないものには価値がある。菊地氏は、そうした考えを紙や布などを使った立体造形で表現している。

『人魚姫』は、恋の物語としてだけでなく、魂の成長の物語として捉えることもできるのだ。

『雪の女王』にも、よく知られているようで意外な一節がある。雪の女王に連れ去られた少年カイは、氷のかけらを組み合わせて、ある言葉を完成させようとする。その言葉は「永遠」だった。

造形作家の菅原正氏は、この場面を作品『氷のパズル』にした。透明なアクリルのかけらを組み合わせる作品で、来場者もカイと同じようにパズルに挑戦できる。パーツの中には、しずく形のものも用意されている。カイの凍りついた心を溶かした、ゲルダの涙を表したものだ。物語を再現するだけでなく、作品に触れることで登場人物の経験を追体験できる仕組みになっている。

「企画しながら、私たちも見直して再発見したんです」

知っているつもりの物語にも、まだ気づいていない一面があるのかもしれない。

菅原正『氷のパズル』
菅原正『氷のパズル』

大人も楽しめる、子ども美術館

公園の一角にある子ども美術館を訪れるのは、美術館を目当てに来た人ばかりではない。公園に遊びに来て、子どもと一緒に展示室へ足を運ぶ家族も多い。

「子どもだけでなく、大人もしっかり楽しめる、見ごたえのある展示にしたいんです」

たとえば展示を見た子どもに、こう聞かれたらどうだろう。

「どうして王様ははだかなの?」

答えようとすれば、自然と物語の話に繋がる。本展があえて知名度の高い8編を選んだのも、展示をきっかけに親子の会話が生まれるようにという考えからだった。

会場には、ARクリエイターの柏原悠佑氏によるデジタルクイズも設置されている。童話にまつわる問題に答えながら展示を巡る仕組みだ。デジタルをどこまで取り入れるかについては、企画段階でも議論があったという。クイズをきっかけに童話をもう一度読み直してもらえたら嬉しいとのことだ。

企画する上で大切にしたのは、展示を通して立ち止まり、考えてもらうことだ。

「いまはビジュアルがパッと入ってきてしまう時代です。だからこそ、考える部分があればいいなと思うんです」

会場を出たら、「あなたなら、どんな王様を描く?」と親子や友だちとで話してみてはどうだろう。150年以上前の物語は、読む人の数だけ違う姿を見せてくれるはずだ。

柏原悠佑『クイズ・8つのアンデルセン童話』
柏原悠佑『クイズ・8つのアンデルセン童話』

展覧会情報

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ライター:

東京都出身。フリーライター。6歳の頃から名刺交換をする環境に育ち、人と対話を通して世界を知る喜びを学んだ。人の歩んできた人生を通して、その人を形づくる背景や思想を探ることをライフワークとしている。

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