
国家資格の試験会場で、試験監督員が知り合いの受験者にこっそり問題を教えていた。もしそれが事実なら、資格の公平性を根底から揺るがす重大な不正である。令和8年の第二種電気工事士技能試験をめぐって、そうした告発がSNS上で数百万回にわたり閲覧され、大きな波紋を広げた。
だが試験を主催する一般財団法人電気技術者試験センターは、全会場を調査した末にこの投稿を事実ではないと結論づけ、ついに告訴状の提出に踏み切った。警察はこれを受理し、事態は刑事手続きの段階へと移っている。拡散された告発は、いったい何だったのか。
「ホンマにその問題やん」拡散された告発投稿の中身
発端となったのは、令和8年7月18日に実施された第二種電気工事士技能試験をめぐる、あるXユーザーの投稿である。
投稿者は、試験会場の前で試験監督員と受験者が交わしていたという会話を目撃したと記した。監督員とおぼしき人物が、顔見知りらしい受験者に向けて候補問題のうち特定の問題を見直しておくよう声をかけ、試験が始まってみると実際にその問題が出題された、という筋書きである。会話の様子は関西弁のやりとりとして再現され、投稿の末尾には、本当にその問題だったという驚きと感謝の言葉が添えられていた。
この投稿は瞬く間に拡散された。電気工事士は住宅や店舗の屋内配線を担う国家資格であり、技能試験は配線図どおりに実際の作業をこなす実技形式で課される。事前に出題される候補問題のどれが本番で出るかを知っていれば、受験者が極めて有利になることは論をまたない。ネット上には、事実なら国家資格で担保されるべき公平性が蔑ろにされているのではないか、と憤る声が相次いだ。
一方で、投稿者が収益を得られるタイプのアカウントで発信していたことから、閲覧数を稼ぐための作り話ではないかと疑う向きも早い段階から現れていた。投稿者自身も、嘘やインプレッション稼ぎだと決めつける人々に反発する言葉を重ね、騒動はさらに熱を帯びていった。
電気技術者試験センターの調査結果「虚偽もしくは誤解錯誤」
多くの通報を受けた電気技術者試験センターは、令和8年7月27日に公式サイト上で見解を公表した。
センターの発表によると、全会場の試験監督員を含む運営スタッフを対象に、投稿にあるような状況を見聞きしたかどうかを調べたものの、そうした事実は確認できなかった。さらにセンターは投稿者本人の特定にも踏み込んでいる。投稿内容に不自然な点があるとして連絡を要請したところ、センターのホームページに匿名の書き込みがあり、その人物があらかじめ特定していた受験者と一致したこと、センターの指示どおりの投稿が行われたことから、投稿者本人と判断したという。
質問調査の結果、センターは三つの矛盾を挙げている。投稿者が会話を見聞きしたとする時間帯に、試験監督員全員が会場本部室に招集されており、会話があったとされる場所にはいなかったこと。投稿者が運営スタッフの着用する表示を確認していないこと。そして投稿者が証言する監督員の特徴と一致する運営スタッフが一人もいなかったことである。
投稿者本人がこれらの矛盾を合理的に説明できなかったことから、センターは投稿内容を事実ではなく、虚偽もしくは誤解錯誤であると判断した。あわせて、試験監督員を含む運営スタッフと受験者との私的会話は禁じられていること、試験問題が配布されるまでは運営スタッフが問題内容を一切知ることのできない多重の防護措置を講じていることを、重ねて説明している。
告訴状を警察に提出、受理 刑事手続きへ
そして令和8年10月8日、電気技術者試験センターは新たな更新を公式サイトに掲載した。本件に関する告訴状を警察に提出し、受理されたという内容である。
センターは、問題の投稿が収益性アカウントであることに触れつつ繰り返し行われ、引用を含めて数百万回閲覧されたと説明する。合格発表に向けた集中的な作業と並行して全国規模の調査を強いられたこと、投稿者本人からその後に釈明がなかったこと、国家試験業務に重大な影響を及ぼしたことを踏まえ、外部の法律専門家の支援を得ながら悪質な虚偽か誤解錯誤かを見極め、あらかじめ定めた手順に従って民事・刑事の対応を進めることにしたとしている。理事長の堀尾容康氏の名で出された文書には、情報技術は電気エネルギーと同じく豊かな恵みをもたらす一方、使い方を誤れば社会だけでなく自分自身をも深く傷つけることになる、との一文も添えられた。
この一連の対応は、SNS上で改めて議論を呼んでいる。受けを狙った捏造投稿であれば当然に警察事案となる、という冷ややかな指摘がある一方、自業自得だと突き放す声、厳正な対処と再発防止を期待する声も目立つ。副線図を淡々と書いていれば受かる資格なのに、なぜこんなアピールをするのか、と呆れる現役電気工事業者の投稿も見られた。
真偽不明の告発が招いた代償
今回の騒動は、一本のSNS投稿が国家試験の運営そのものを揺さぶり、やがて投稿者自身に刑事手続きという重い現実を突きつける展開をたどった。
J-CASTニュースによると、センターは当初から投稿内容を虚偽もしくは誤解錯誤だと説明しており、今回の告訴はその判断の延長線上にある。収益化されたアカウントにとって、注目を集める投稿は閲覧数という形で直接の利益につながる。だからこそ、公的機関の公平性を疑わせる告発が事実の裏づけを欠いたまま拡散されたとき、その代償は本人にも社会にも小さくない。
試験の公正さを守る側にとって、こうした情報への対応は本業の片手間で済むものではない。センターが第三者によるリスクマネジメント体制を整えていると強調したのも、同種の事態が今後も起こりうるという危機感の表れだろう。情報が一瞬で広がる時代に、国家資格の信頼をどう守るのか。今回の告訴がその一つの答えとなるのか、警察の判断を含めた今後の行方が注目される。



