
『北の国から』など数々の名作を生み出した脚本家・倉本聰さんが9月18日、多臓器不全のため自宅で亡くなった。91歳だった。
訃報を受け、吉岡秀隆、さだまさし、石坂浩二、本木雅弘ら、倉本作品に関わった人たちから次々と声が上がっている。そこに並ぶのは「偉大な脚本家だった」という言葉だけではない。頑固、喧嘩っ早い、芸に厳しい。それでも、もう一度会いたかった――。残された言葉からは、作品だけでは分からない「倉本聰」という人が見えてくる。
吉岡秀隆はわずか21文字「神様に感謝します」
『北の国から』で黒板純を演じた吉岡秀隆は、所属事務所の公式サイトに「倉本先生と出会えたこと、神様に感謝します。」とコメントした。長い追悼文ではない。子ども時代から純を演じ、シリーズとともに成長した吉岡だからこそ、この短さが重く響く。
音楽を担当したさだまさしの言葉は対照的だ。「せっかちで頑固で喧嘩っ早い」と倉本さんを振り返りながら、「一途で不器用で芸に厳しい」とも表現。まだ若かった自分に『北の国から』の音楽を任せてくれた「侠気の人。大恩人でした」と感謝し、「さようならは言いません。先生またね。」と結んだ。作品を作る側にも強烈な記憶を残す人だったことが伝わってくる。
「やっと楽になってよかった」加賀まりこの言葉
『やすらぎの郷』に出演した加賀まりこは、少し違う言葉を残している。訃報を受けたテレビ朝日の取材で、「やっと楽になってよかったね」と率直な思いを語った。この2年ほど、倉本さんが鼻に酸素をつけ、車いすで生活していた姿を知っていたからこその言葉だった。
石坂浩二は、流行や価値観が変わっても、それに合わせることなく人間を見つめ続けていたことが倉本さんらしさだったと振り返る。『海の沈黙』で主演した本木雅弘も、自然と人間に深い考察と愛情を持つ人物だったとコメント。黒柳徹子は長年の交流を振り返り、「もっといろんなことを聞きたかった」と惜しんだ。誰も倉本さんを、単に「名作をたくさん書いた脚本家」として語っていない。厳しさ、頑固さ、ユーモア、人への好奇心。作品の外側にいた倉本聰の姿まで、それぞれが覚えている。
なぜ倉本ドラマは今も語られるのか
倉本さんは東京大学卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。退社後に脚本家として活動し、1977年には東京を離れて北海道・富良野へ移住した。1984年には俳優や脚本家を育てる「富良野塾」を開設。『北の国から』『優しい時間』『風のガーデン』という「富良野3部作」をはじめ、『前略おふくろ様』『昨日、悲別で』『ライスカレー』『やすらぎの郷』などを世に送り出した。
作品の題材は決して派手ではない。家族がうまくいかない。親と子がすれ違う。老いていく。仕事を失う。故郷を離れる。人を裏切り、それでも誰かと生きようとする。事件を次々と起こすのではなく、人間の面倒くささから逃げずにドラマにする。倍速視聴や短い動画が当たり前になった今、倉本作品にある「何も起きていないように見える時間」はむしろ新鮮だ。人が黙り、風景が映り、言えなかった言葉が残る。その間まで物語になっている。
では、訃報をきっかけに倉本作品を見てみたい人は、何から見ればいいのか。代表作の中から、今だからこそ触れてほしい5作品を挙げたい。
『北の国から』 「昔の名作」で片づけるには生々しすぎる
1981年に連続ドラマとして始まり、その後もスペシャルドラマが制作され、2002年の『北の国から 2002遺言』まで続いた。田中邦衛演じる黒板五郎と、純、螢。北海道・富良野で暮らす家族を20年以上にわたって追った倉本さんの代表作だ。
「北海道の美しい自然を描いた家族ドラマ」だけではない。離婚、貧困、不倫、初恋、妊娠、借金、老い。黒板家には次々と現実が押し寄せる。五郎も完璧な父親ではなく、純も螢も親の期待通りには育たない。それでも家族であり続けるとは何なのか。親子でも分かり合えず、簡単には縁を切れない。その厄介さは、2026年になっても古びていない。
『前略おふくろ様』 昭和の東京で描いた「言えない人たち」
1975年から放送され、萩原健一が板前のサブこと片島三郎を演じた。東京・深川の料亭を舞台に、板前として働く青年と周囲の人々を描く。
料理場で働き、人とぶつかり、恋をして、母親へ語りかけるようなナレーションが入る。サブが母親に書きつづる手紙が「心の声」になる構成も印象的だ。50年以上前のドラマだが、人間関係のぎこちなさや、本当は言いたいのに言葉にできない感情は驚くほど今に通じる。スマートに気持ちを説明できない人間を、倉本さんはずっと描いていた。
『風のガーデン』 死を前にすれば、人は許されるのか
2008年放送。中井貴一演じる麻酔科医が末期がんを患い、絶縁状態だった家族が暮らす富良野へ戻っていく。『北の国から』『優しい時間』に続く「富良野3部作」の集大成とされる作品だ。
死がテーマなのに、単純な「泣けるドラマ」では終わらない。自分勝手に生きてきた人間が、死を前にすればすべて許されるのか。傷つけられた家族はどうすればいいのか。その横で、自然は人間の事情など関係なく季節を進めていく。倉本さんが長年書き続けた「人間と自然」が強く重なる。
『やすらぎの郷』 老人を「いい人」にしなかった
2017年放送。石坂浩二を主演に、浅丘ルリ子、加賀まりこ、有馬稲子、五月みどりら往年のスターが顔をそろえた。舞台は、テレビ業界に貢献した人だけが無料で暮らせる老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」だ。
老い、恋愛、嫉妬、死を描きながら、テレビ業界への皮肉も容赦なく盛り込んだ。80歳を超えてなお、倉本さんは老人をきれいな存在として描かなかった。年を取っても嫉妬する。恋もする。昔の栄光にもすがる。高齢者を「穏やかな余生を送る人たち」という枠にはめず、最後まで欲を持つ人間として描いたところに倉本さんらしさがある。
『海の沈黙』 最後まで問い続けた「本物とは何か」
2024年公開。本木雅弘主演で、倉本さんが長年温めてきた物語を若松節朗監督が映画化した。倉本さんの公式サイトでは、構想60年、「どうしても書いておきたかった」作品と紹介されている。
物語は美術界を揺るがす贋作事件から始まり、姿を消していた天才画家と、かつて愛した女性の人生へ入っていく。そこで問われるのは「本物とは何か」「美とは誰が決めるのか」。『北の国から』を書いた人というイメージだけでは見えにくい、最晩年の倉本聰に触れられる作品でもある。
「先生と出会えたこと、神様に感謝します。」
吉岡秀隆が残した言葉は、わずか21文字だった。『北の国から』で純を演じ始めたのは子どもの頃。それから20年以上、黒板純として生きた。だからこそ、長い説明はいらなかったのかもしれない。
倉本さんが残したのは『北の国から』だけではない。東京の料亭、富良野の大地、老人ホーム、終末期を迎えた家族、美を追い続ける画家。舞台が変わっても、見ていたのはいつも人間だった。訃報に触れて「昔見ていた」と懐かしく思った人もいれば、名前は知っていても作品を一本も見たことがない世代もいるだろう。91年の人生は終わった。しかしドラマは残る。今だからこそ一本見てみると、そこで描かれている人間が、思っているほど「昔の人」ではないことに気づくかもしれない。



