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住宅地はホテルではない 民泊「実質禁止」容認が突きつけたインバウンド拡大の限界

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民泊
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静かなはずの住宅街で、夜更けにスーツケースの車輪が鳴る。玄関先には見知らぬ旅行者が立ち、翌朝には曜日違いのごみ袋が残される。観光庁は、自治体が条例で民泊を実質的に禁止できるよう通知する方針を示した。インバウンドの受け皿として広がった民泊は、いつの間にか住民の暮らしを揺らす存在になっていた。

 

 

観光庁が民泊「ゼロ日規制」を容認へ

観光庁が、住宅地での民泊営業を条例によって実質的に禁止できるよう、自治体に通知する方針を示した。村田茂樹長官が6月17日の記者会見で明らかにし、月内にも全国の自治体へ通知する方向だという。

これは、単なる運用見直しではない。これまで観光庁は、自治体が営業日数の上限を0日にする、いわゆるゼロ日規制には否定的だった。2018年に施行された住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法は、適切な規制のもとで民泊を育てることを目的としていたため、全面的な営業禁止は制度の趣旨にそぐわないという立場を取ってきた。

だが、制度を作った側の理屈と、暮らしの現場で起きていることは違った。民泊新法によって、住宅地でも年180日を上限に宿泊営業ができるようになった。空き家の活用、宿泊施設不足の解消、訪日客の受け皿。制度が始まったころは、そうした前向きな言葉が並んでいた。しかし、住宅地は観光客を受け入れるために整えられた場所ではない。朝になれば仕事や学校へ向かう人がいて、夜になれば眠る人がいる。その隣に、数日ごとに違う宿泊者が出入りするようになれば、摩擦が起きない方が不自然だ。観光庁の方針転換は、民泊を成長産業として押してきた国が、ようやく住宅地の限界を認め始めたということでもある。

 

新宿区で苦情924件 住民が感じる「落ち着かなさ」

民泊をめぐるトラブルの深刻さを示す数字として、新宿区の苦情件数がある。区の公表資料では、届出住宅に起因する苦情は2021年度に70件だったが、2025年度には924件に増えた。違法民泊に関する苦情も、同じ期間に12件から410件へ増えている。ごみ、騒音、たばこ、標識の未設置、事前説明の不備。行政資料の項目として並ぶと無機質に見えるが、住民が受け止めているのは、もっとじわじわとした疲れだ。

夜の廊下に響く話し声、収集日ではない日に出されたごみ袋、建物前に停まる見慣れない車、エントランスで部屋番号を探す旅行者。ひとつだけなら我慢できるかもしれない。だが、それが何度も続けば、自宅の周りで心が休まらなくなる。隣に誰が住んでいるのか分からないだけでも不安なのに、そこへ毎回違う人が泊まりに来る。住宅地が、少しずつ宿泊施設に変わっていくような感覚である。

ホテルや旅館なら、フロントがある。苦情を言えば対応する人がいる。ところが民泊では、管理者が現地にいないこともある。騒いでいる宿泊者に注意したくても、誰に言えばいいのか分からない。運営者に連絡してもすぐ来ない。行政に相談しても、その夜の物音が止まるとは限らない。結局、その場に残されるのは住民だけだ。ここを見落とすと、民泊問題はただのマナー論になる。騒いでいるのは宿泊者かもしれないが、その宿泊者を住宅地に入れて収益を得ているのは運営者である。にもかかわらず、負担を受け止めるのは近隣住民だ。このねじれが、民泊への反発を大きくしてきた。

 

「空き家活用」のはずが、投資型民泊に変わった

民泊という言葉には、かつてもう少し穏やかな響きがあった。地方の家の空き部屋に旅人が泊まり、家主と会話を交わし、その土地の暮らしに触れる。子どもが独立して空いた部屋を使う。放置されていた空き家を地域の資源に変える。そうした顔の見える宿泊を思い浮かべた人も少なくなかったはずだ。もちろん、今もそうした民泊はある。地域に根づいた運営者が、宿泊者にごみ出しや夜間の過ごし方を丁寧に伝え、近隣との関係を壊さないよう気を配っている例もある。だから、民泊そのものをひとまとめに悪者扱いすれば、話はかえって雑になる。

問題は、民泊がいつの間にか投資用の箱として広がったことだ。一棟の住宅やマンションの一室が、住まいではなく宿泊ビジネスとして運用される。予約も決済もオンラインで済み、鍵の受け渡しも無人、管理者は近くにいない。そこに暮らす人から見れば、隣家ではなく、誰が泊まるか分からない施設が突然現れたようなものだ。

住宅地の安心は、顔の見える関係に支えられている。誰が住んでいるのか、どんな生活時間なのか、最低限の気配が分かるから落ち着ける。そこへ、毎日のように別の旅行者が出入りする仕組みが入れば、摩擦が起きるのは当然だ。観光客が悪いという話ではない。住宅地に宿泊ビジネスを持ち込むなら、そのひずみを運営者と行政が引き受けなければならなかった。

 

インバウンド拡大の裏で、誰が我慢してきたのか

政府は2030年に訪日外国人旅行者数6000万人を目指している。観光消費は地方経済にとって大きな柱であり、宿泊施設の不足も現実の課題だ。ホテルや旅館だけでは需要を受け止めきれない地域もある。民泊が便利な制度として広がった背景には、そうした事情がある。

ただ、観光の利益と負担は同じ場所に落ちてこない。宿泊料を受け取るのは運営者であり、仲介サイトも手数料を得る。周辺の飲食店や小売店にお金が落ちることもある。一方で、深夜の騒音やごみ出しの乱れ、建物内の不安を直接受け止めるのは、物件のすぐ近くに住む人たちだ。このズレが、民泊への不信を膨らませてきた。国は訪日客を増やしたい。事業者は収益を上げたい。自治体は観光消費を取り込みたい。だが住民は、ただ静かに暮らしたい。その当たり前の願いが、観光振興という大きな看板の下で後回しにされてきた。

民泊規制は、インバウンドを否定する話ではない。受け入れる場所と、守るべき生活圏を分ける話だ。学校周辺、閑静な住宅街、すでに苦情が集中している地域では、自治体が強く線を引く必要がある。旅行者を呼び込むために、住民の眠りや安心を差し出す必要はない。

 

禁止だけでは足りない 違法民泊をどう取り締まるか

条例で民泊を実質禁止できるようになっても、それだけで問題が片づくわけではない。正規に届け出ている事業者は、条例が変われば従う可能性が高い。だが、もともとルールを守っていない無許可営業や、管理体制が不十分な事業者が、水面下で営業を続ければ、住民の負担は残る。むしろ怖いのは、まじめな事業者だけが撤退し、悪質な運営者だけが残ることだ。そうなれば、条例は住民を守る盾ではなく、守る者だけを縛る網になる。

必要なのは、禁止区域の設定と取り締まりの徹底を同時に進めることだ。宿泊仲介サイトへの掲載確認、無許可営業の調査、所有者への責任追及、違反時の営業停止、罰則の強化、住民が通報しやすい窓口の整備。こうした地味な実務がなければ、通知はきれいな紙で終わる。騒音計や監視カメラの設置も検討されているが、機器を置けば住民が安心できるわけではない。深夜に騒ぎが起きたとき、誰が現場に来るのか。どれくらいの時間で対応するのか。再発した場合に営業を止められるのか。そこまで決めなければ、住宅地の不安は消えない。

民泊を営業するなら、宿泊者に地域のルールを伝える責任がある。ごみの出し方、夜間の騒音、駐車、喫煙、共用部の利用。それらを説明せずに旅行者を受け入れ、トラブルの後始末を近隣に押しつけるのなら、それは観光ビジネスではなく、迷惑の外注でしかない。

 

住宅地は観光客のための舞台装置ではない

民泊をめぐる議論は、ともすれば外国人観光客への感情論に流れやすい。だが、問題の中心は国籍ではない。住宅地という生活の場に、どの程度まで宿泊ビジネスを入れるのか。運営者がどこまで責任を負うのか。行政が住民の声をどこまで制度に反映するのか。そこが問われている。

民泊には役割がある。ホテルが少ない地域では宿泊の選択肢になり、空き家を生かす道にもなる。地域に人の流れをつくることもある。だが、それは住民の生活環境を壊さない範囲での話だ。自宅の隣が無人運営の宿泊施設になり、夜ごと知らない人の声が響くような状況を、観光振興の一言で飲み込めというのは無理がある。

観光庁の方針転換は、遅すぎたという声が出ても仕方ない。それでも、民泊を増やすことばかりを優先してきた制度が、ようやく住宅地の現実に追いつき始めた意味はある。次に問われるのは自治体の本気度だ。どの地域で認め、どの地域で止めるのか。違法営業をどう見つけ、どう処分するのか。住民の生活を守るつもりがあるなら、通知を受け取って終わりでは済まない。観光は地域を潤すことがある。だが、そこに住む人の暮らしを削ってまで広げるものではない。住宅地は、旅行者のための舞台装置ではない。そこを間違えたまま民泊を増やすなら、先に壊れるのは観光の評判ではなく、住民の生活そのものだ。

 

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ライター:

Webライター。きれいごとだけでは済まない現実を、少し距離を置いて綴っています。

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