
そのイヤホン、今日何時間つけていただろうか?
通勤中。仕事中のオンライン会議。帰宅後のYouTube。寝る前のショート動画。気づけば耳から外している時間の方が短い。そんな人も珍しくない。もし心当たりがあるなら、少しだけ注意した方がいいかもしれない。
今、耳鼻科で増えているのは「耳カビ」と呼ばれる外耳道真菌症だ。耳の中にカビが生える?そう聞くとどこか他人事に思えるかもしれない。だが、その原因が毎日使っているイヤホンや習慣になった耳掃除だとしたらどうだろう。しかも専門医によると、耳垢は単なる汚れではなく、耳を守る天然のバリアだという。長年悪者扱いされてきた耳垢。だが今回ばかりは、名誉回復の時間かもしれない。そして、そのバリアを失った耳には、カビだけではない“侵入者”が現れることもある。
そのイヤホン、何時間つけていますか? 耳が“カビ天国”になる前に
耳の中にカビが繁殖する外耳道真菌症は、外耳道に真菌が増殖し炎症を起こす病気だ。
症状は強いかゆみや耳の閉塞感、違和感など。症状が進むと痛みを伴い、音が聞こえにくくなる伝音難聴を引き起こすこともある。耳鼻咽喉科専門医のおくクリニック院長・奥雄介医師によると、この時期は患者が増加する傾向にあるという。背景の一つとして挙げられるのが、イヤホンの長時間使用だ。
カビが好むのは高温多湿の環境である。イヤホンによって耳の中が密閉されると湿気や熱がこもりやすくなり、梅雨時にはカビにとって格好の繁殖環境ができあがる。耳の中は見えない、だから気づきにくい。だがイヤホンの奥では、知らないうちに“カビにとって快適な梅雨”が続いているのかもしれない。
憧れのアーティストと同じイヤホンを買う人は多い。だが残念ながら、耳の中の湿度まで真似する必要はない。イヤホンは悪者ではない。問題なのは、耳を休ませる時間まで失ってしまったことなのかもしれない。
「かゆい。でも届かない」耳の奥で始まる“地獄のループ”
「地獄でした」
そう振り返る経験者は少なくない。ニュースサイトのコメント欄には、「梅雨時期になると定期的になる。夜も眠れないほどかゆい」「耳掃除が気持ちよくて、ついやってしまう」といった体験談が並ぶ。耳の奥がかゆい、綿棒を入れても届かない。指も届かない、気になって触る。少し楽になる。だが数分後にはまたかゆい、そしてまた触る。中には「かゆくて掻くと体液がにじみ出て、さらにかゆくなる悪循環だった」「最初はダニが耳に入ったのかと思った」という声もあった。
蚊に刺されたなら見ることができる。切り傷なら絆創膏を貼れるが、耳の中は見えない。何が起きているのか分からないまま、ただかゆみだけが続く。その不気味さもまた、この病気が“地味なのに地獄”といわれる理由なのだろう。
「毎日やっていたのに…」耳掃除好きほどハマる落とし穴
さらに意外なのが、耳カビの代表的な原因として、耳掃除のしすぎが挙げられていることだ。耳には本来、自浄作用がある。多少の耳垢があっても自然に排出される仕組みが備わっている。ところが綿棒や耳かきで頻繁に掃除すると、外耳道の皮膚に細かな傷ができる。そこから真菌や細菌が侵入しやすくなり、炎症を起こしてしまうのだ。耳鼻科では、外耳道真菌症の患者に女性が多い傾向もあるという。清潔に保とうとする意識が高い人ほど、知らず知らずのうちに耳を傷つけてしまう。まさに良かれと思っていたことが裏目に出る病気なのである。
耳掃除のしすぎが危険だという話は、多くの人にとって寝耳に水だろう。いや、正確には”寝耳に綿棒”かもしれない。毎朝のように綿棒を手に取り、耳垢は取るものと信じてきた人ほど衝撃を受ける話だからだ。さらに厄介なのは、私たちが取り除こうとしていた耳垢が、実は耳を守っていたという事実である。そして、その耳垢が守っていたのは、カビだけではなかった。
耳垢の逆襲 「汚いから取る」が招いた思わぬ結末
現代人は菌やカビと聞くと、すぐに排除すべきものだと考えがちだ。除菌シート、抗菌グッズ、消臭スプレー。私たちは長い間、”清潔であることは善”と教えられてきた。もちろん衛生管理は大切だ。しかし、人間の身体は無菌状態で生きているわけではない。腸内細菌が健康を支え、皮膚には常在菌が存在する。そして耳垢もまた、身体を守る重要な役割を担っている。
耳鼻科医の石井正則医師によると、耳垢には炎症を抑える成分や免疫機能に関わる物質が含まれており、外耳道を守る天然のバリアになっているという。そのため、耳掃除は極力控えることを推奨している。どうしても気になる場合でも2〜3カ月に1回程度が目安だ。毎週のように綿棒を使っている人にとっては驚きの話だろう。さらに石井医師は、耳垢を取りすぎることで起きる意外なリスクについても警鐘を鳴らす。夏場になると、羽アリやカナブン、ときには小さなゴキブリが耳の中へ入り込むケースがあるというのだ。ホラー映画の話ではない。
実際に耳鼻科で遭遇する症例である。真夜中耳の奥で何かが動く、音がする、しかし見えない。昆虫は後退りが苦手なため、一度奥へ進むと鼓膜付近で動き続けることがある。激痛で救急搬送されるケースも珍しくないという。耳垢は長年、取るべき汚れとして嫌われてきた。だが今回ばかりは、耳垢にも反論する権利がありそうだ。「だから言ったじゃないか」そうつぶやいているように思えてくる。
敵はカビだけじゃなかった 耳カビが教えてくれた“やりすぎ”の代償
耳がかゆいからといって、市販薬で自己判断するのも危険だ。外耳道炎には細菌が原因のものもあれば、真菌が原因のものもある。原因によって治療法はまったく異なる。違和感が続くなら耳鼻科で診断を受けるのが最も確実な方法だ。便利さや清潔さを追い求める現代社会では、”取り除くこと”が正しいと思われがちだが人間の身体は、菌や微生物と共存しながら機能している。耳垢もその一つだった。敵をゼロにすることが健康なのではない。大切なのはバランスだ。もし綿棒が習慣になっているなら、それは耳からのSOSを聞き逃しているサインかもしれない。人生と同じで、どうやら耳の中も「やりすぎ」が一番危険らしい。



