
16日、俳優の高畑裕太氏が自身の公式Xおよび公式サイトを更新し、約9年前に発生した不祥事に関する詳細な声明文を公表した。
不祥事から9年、本人の口から公式声明を発表
高畑氏は前日15日の夜、公式Xにて「明日5/16(土)正午にとても大事な発表がございます」と予告していた。この発表は、自身が主宰する劇団の公演とは一切無関係であり、今後の活動および人生を続けていく上で「あくまで私個人が必要だと判断し、行うことにいたしました」と説明されていた。翌日、正午から30分遅れて公開された声明は、瞬く間に大きな反響を呼んでいる。
声明によると、高畑氏は当時、地方での撮影期間中に滞在していたホテルにおいて、従業員の女性への性的暴行容疑で逮捕され、連日マスメディアで大々的に報じられた過去を持つ。その後、約2週間の勾留を経て検察官による最終的な判断として不起訴処分となり釈放されたが、今回の声明では、これまで公にされてこなかった事実関係や法的な位置づけについて、自らの言葉で克明に整理している。
報道との「大きな齟齬」と不起訴処分の背景
特に注目されるのは、当時の報道内容と実際の認識との間にあった「大きな齟齬」への言及だ。高畑氏は、女性と関係を持ったこと自体は事実と認めつつも、報道されたような「性的暴行」や「無理やり部屋に引きずり込んだ」という事実は一切なかったと強く否定している。さらに、警察での取り調べ中に、元暴力団関係者であると後に判明した女性の「交際相手」を名乗る人物が所属事務所などに怒鳴り込み、高額な金銭要求を行っていたという衝撃的な舞台裏も明かした。
また、法的な位置づけについても補足がなされている。当時かけられていた容疑は「強姦致傷罪(当時)」であり、被害者の告訴がなければ起訴できない親告罪ではなく、検察が証拠や事実関係に基づいて判断する非親告罪に分類されていた。そのため、単に「示談が成立したから不起訴になった」という単純な構図ではなく、検察が客観的な証拠を精査した上での不起訴判断であったと受け止めているとし、仮に起訴されていれば無罪を主張する方針であったとも述べている。
沈黙を破った理由と今後の決意
これまで長年にわたり弁明を控えてきた理由について、高畑氏は「怖かった」という率直な恐怖心とともに、発言によって家族や周囲に再び迷惑をかけることへの懸念があったと吐露する。しかし、事件から10年という節目を迎える2026年、固定化された世間の印象が今後の活動や人生に大きな制約となっている現状を打破し、関係者に対する誠実な姿勢を示すため、今回の公表に至ったという。
高畑氏は「自らの軽率な行動により、多くの方方に多大なるご迷惑をおかけしたことは紛れもない事実であり、弁解の余地はない」と深く反省の意を示し、「今後も一生をかけて背負い続けていくべきもの」と綴っている。
その後、高畑氏は追加のポストを投稿。「本声明は、私自身の過去の責任について否定するためのものではありません」「世間に対して対立や煽動を行うことを目的としたものでもない」とし、事実無根の情報拡散や誹謗中傷に対しては、必要に応じて法的対応を含めて適切に対処する意向を示した。
SNS上で広がる議論、再生へのエールと残る疑問
この突然の声明発表を受け、SNS上では瞬く間に多種多様な意見が飛び交い、議論が紛糾している。
寄せられている意見の多くは、過去の過ちを認めつつも前を向こうとする高畑氏の姿勢を評価し、応援するものである。ネット上では、「司法が罪なしと判断した以上、それ以上のことはない。まだまだ若いのだから頑張ってほしい」という温かいエールや、「黙って復帰することもできたはずなのに、自らの脇の甘さを認めつつ、言うべきことを丁寧に書いていて誠実さが伝わった」と、自らの言葉で説明した姿勢を支持する声が見られた。また、「ホテル従業員と関係を持った軽率さと、性的暴行がなかったという事実は厳密に区別されるべきだ」という冷静な指摘や、「全文を読んで心象が変わった。これからの表現活動を静かに見守りたい」といった理解を示すコメントが多数を占めている。
一方で、当時の不祥事が社会に与えたインパクトの大きさから、厳しい視線や複雑な胸中を吐露する声も一定数存在する。「そもそも宿泊先のホテル従業員とそうした関係になること自体が、普通の感覚では理解しがたい」という行動そのものへの疑問や、「当日の詳細な経緯がプライバシーを理由に伏せられているため、自身に都合の良い説明に見えてしまう」といった釈明に対する不信感も根強い。さらに、当時の共演者や作品のファンからは、「当時の逮捕報道で本当に辛い思いをした。今さら声明を出されることで、当時の記憶や古傷を抉られるような気持ちになり、複雑だ」という、当時の当事者を取り巻く周囲の痛みに寄り添う意見も寄せられている。
過ちからの再生をどう見つめるか
過ちを犯した人間が、長い歳月を経て自らの内面と向き合い、再び前を向いて生きようとする時、社会はその再生の歩みをどう見つめるべきなのだろうか。
宿泊先での行動という発端における軽率さは否めず、それに対する批判が存在するのは当然かもしれない。しかし、単なる冷徹なバッシングやレッテル貼りに終始するのではなく、本人が真摯に自らの責任を背負い、表現者として誠実に取り組もうとする姿勢に耳を傾ける寛容さもまた、現代社会において必要な視点ではないだろうか。
失敗や挫折を経験しながらも、これからの人生を一生懸命に生きようとする一人の表現者の決意を、私たちは過剰に追い詰めることなく、静かに見守っていくことが求められている。
以下に、高畑裕太氏が公表した声明の全文を掲載する。
【高畑裕太氏 声明全文】
この度は、本書に目を通していただき、ありがとうございます。
本書は、私、高畑裕太が約9年前に起こした不祥事について、事実関係の説明と、これまで公にしてこなかった経緯、そして現在の自分の考えを、自らの言葉で整理し、公表するものです。
長文となりますが、ご一読いただけますと幸いです。
すでにご存知の方も多いかと思いますが、私、高畑裕太は今から9年前にとある出来事(以下において「本件」とします)により逮捕されて、世間から大きな注目を浴びた過去がございます。
本件の内容は、当時地方での撮影期間中に滞在していたホテルにおいて、私がホテル従業員の女性に対し「性的暴行を加えた」とする容疑がかけられたというもので、連日TVなどのマスメディアで報道されました。その後およそ二週間の勾留期間を経て、検察官による最終的な判断として、私は不起訴処分となり、釈放されました。
以下は、私自身の認識および関係者が把握している範囲の事実に基づく説明です。
まず、ホテル従業員の女性と関係を持ったこと自体は事実です。
しかしながら、報道されたような「性的暴行」に該当する行為は行っておりません。また、怪我を伴うような暴力行為も行っておりません。
当時、「歯ブラシを持ってきてほしいとフロントに電話をかけ、来た女性を無理やり部屋に引きずり込んだ」といった報道がなされましたが、このような事実はありません。
当日の詳細な事実経過については、プライバシーの観点から、この場での説明は控えさせていただきます。
ただし少なくとも、報道にあったような一方的に電話で呼び出し、無理やり室内に連れ込むといった事実はなく、事実と報道には大きな齟齬がありました。
加えて、私が警察署で取り調べを受けている最中、当時所属していた事務所および撮影関係者が警察署内で待機しているところに、ホテル従業員の女性の「交際相手」を名乗る人物が怒鳴り込んできました。
この人物については、その後、元暴力団関係者であることが判明しました。この人物から、当時所属していた事務所および関係者に対して、高額な金銭要求が行われていたことも確認されています。
このような経緯が存在していたことは、本件の全体像を理解する上で無視できない要素であると考えます。
また、本件については、先にも記載した通り、約二週間の勾留期間を経た後、最終的に検察の判断により不起訴処分となっておりますが、重要な点を補足させてください。
当時私にかけられていた容疑は「強姦致傷罪」というものであり、これはいわゆる刑事事件の中でも重大な犯罪類型に該当します。
そして本罪は、当時においても「親告罪」ではありませんでした。親告罪とは、被害者が「処罰してほしい」と告訴しなければ、起訴できない種類の犯罪を指します。
一方で本件は、被害者の意思の有無にかかわらず、検察が証拠や事実関係に基づいて、起訴・不起訴を判断する「非親告罪」に分類されていました。
すなわち、仮に当事者間で示談が成立していたとしても、それのみをもって当然に検察官が不起訴と判断する性質の事件ではありませんでした。
したがって、「示談をしたから不起訴になった」という単純な構図で本件を理解することは、刑事手続の実態とは一致しないものと考えており、本件においては、そうした前提のもと、検察が最終的に不起訴という判断を下したと受け止めています。
なお、私自身は示談に応じておりますが、それはあくまで当時の状況下において、長期間不安定な立場に置かれるリスクを考慮したうえでの判断によるものであり、仮に起訴されていれば、無罪主張を行っていたことに変わりはありません。
以上が、本件の刑事事件としての結果及びその法的な位置づけについての私の認識です。
本件の経緯は、過去に一部週刊誌で報じられたことを除き、私の身近な範囲でのみ共有されており、当時大々的に報じていたマスメディアなどの報道媒体で報じられることはありませんでした。
そのため、世間に報道された内容と事実の間にあるギャップを埋める機会はほとんどなく、時間だけが経過していきました。
今日に至るまで、私は本件についての弁明を公にすることはせず、必要に応じて信頼関係のある方や公演で関わる方にのみお話ししてきました。その理由は単純に、「怖かった」という気持ちに加え、自分が言葉を投じることによって、家族や、周囲の方々にまた迷惑をかけてしまうのではないかという想いが拭えなかったためです。
しかし、これまで多くの方々にご迷惑をおかけした事実を胸に抱えつつ、長い時間をかけて自身の気持ちと向き合ってきた過程で、いつかは自らの言葉で整理し、説明すべき時が来るのではないかという想いが少しずつ強くなっていきました。
本件における私自身の軽率な行動により、多くの方々に多大なご迷惑をおかけしたことは紛れもない事実であり、弁解の余地はございません。皆様の期待を裏切ったこと、多くの方々を傷つけてしまったことを、ただただ深く反省しています。また今後も一生をかけて背負い続けていくべきものだと考えています。
しかし一方で、当時の報道によって形成された私の印象が、そのまま現在まで固定化されている状況については、今後の人生や活動を行っていく上で、大きな制約となっていることも事実です。
また、今年2026年は本件から10年という月日を迎える年となります。
この9年間、私は本件を胸に抱えながらも、一方で劇団を主宰し、表現活動を通して、自分なりに人生を積み重ねてきました。
それは、両親や家族、友人、そして関わってくださった多くの方々の支えがあってこそ成り立っているものだと感じています。
そして、当時の報道による悪影響が私個人にとどまらず、関係者の方々にまで及ぶことが未だにあることから、今後も活動を続けていくにあたり、過去の出来事について自らの言葉で正式に説明することが、関わってくださる方々に対する誠実さであると考えるようになりました。
その想いと、10年という歳月を踏まえ、本書の作成に至りました。 本書の公表は、現在の環境に対する感謝と、これからの人生および活動に向き合っていくために行うものです。
したがって、本書は、過去の出来事に対する法的な主張や、何らかの請求を行うことを目的としたものではございません。
今後についてですが、私は一人の表現者として、また一つの団体を率いる立場として、これまで以上に責任と自覚を持って、誠実に取り組んで参ります。
本書を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
高畑裕太



