
「退職代行を使うと転職で不利になるのか」。春の採用シーズン、新たな職場に足を踏み入れたばかりの若者たちの間で、その問いが静かに広がっている。直接「辞めます」と言えない状況を救うはずだった退職代行は、いまや企業側の評価を左右する材料になりつつある。
東京商工リサーチの調査では、企業の3割が業者からの連絡に取り合わず、7割が採用に影響すると回答した。さらに業界では非弁行為をめぐる問題も浮上し、サービスのあり方そのものが問われている。一方で、「辞める」前に「休む」ことを代行する新サービスも現れた。退職代行はなぜ不利になるのか。その実態と背景を追う。
退職代行は不利になるのか 数字が示す「転職への影響」
結論から言えば、退職代行は転職に影響する可能性が高まっている。
東京商工リサーチの調査では、採用時に前職での退職代行の利用歴が判明した場合、「採用に慎重になる」が49.3%、「採用しない」が26.0%にのぼった。つまり約四社に三社が、何らかのマイナス評価を与えていることになる。
なぜここまで厳しいのか。企業側の見方はシンプルだ。退職という基本的な意思表示を自分で行えなかった人物は、同様の問題を再び起こす可能性があると判断されるからである。職場では、仕事の能力と同じくらい、対人コミュニケーションや責任の取り方が重視される。その入口で「直接言えなかった」という事実が重く受け止められている。
退職代行は本来、個人を守る手段として広がった。しかしその選択が、次のキャリアに影を落とす構造が、いま現実として浮かび上がっている。
企業の3割が拒否 退職代行はなぜ取り合われないのか
では、なぜ企業の三割は退職代行に取り合わないのか。
調査では、弁護士や労働組合以外の業者から連絡があった場合、「非弁行為が含まれる可能性があるため取り合わない」と回答した企業が30.4%に達した。ここで問題となるのが、「退職代行と非弁行為とは何か」という点である。
非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が報酬を得て法律事務を行うことを指す。退職の意思を伝えるだけなら問題は少ないが、有給休暇の消化、退職日の調整、未払い賃金の請求などに踏み込めば、法的交渉とみなされる可能性がある。
実際、今回の調査でも、退職代行業者から「有給休暇の取り扱い」や「退職日の交渉」などの通知を受けた企業は少なくなかった。2026年2月には、退職代行モームリの運営会社関係者が弁護士法違反で摘発されたこともあり、企業側の警戒は一層強まっている。
電話口の一言が、単なる連絡なのか、それとも法的交渉なのか。その線引きが曖昧である以上、企業が慎重になるのは当然ともいえる。
それでも退職代行が使われる理由 「辞められない職場」の現実
それでも、退職代行の利用は減っていない。むしろ増加傾向にある。
2024年以降、退職代行を利用した退職があった企業は8.7%に達し、前回調査より増加した。特に大企業では2割を超え、中小企業の約2.7倍にのぼる。
この背景にあるのは、個人の弱さではない。むしろ、辞めることを個人の責任として押し付ける職場の構造だ。
上司に言い出せない。引き止められる。空気が重い。顔を合わせるだけで胃が痛くなる。そうした状況の中で、「退職代行を使うしかなかった」という選択は決して珍しくない。
つまり、退職代行は逃げ道ではなく、最後の手段として機能している側面もある。企業が拒否姿勢を強めるほど、「直接言えない人」の行き場がさらに狭まるという矛盾も生まれている。
休職代行とは何か 辞める前に立ち止まる新しい選択肢
こうした流れの中で注目されているのが、「休職代行とは何か」という新たな問いである。
休職代行は、心身の不調などで休職したい人に代わって会社へ意思を伝え、手続きの調整を行うサービスだ。利用者は20代が中心だが、40代から50代にも広がっている。
退職代行との違いは、人生を一度止めるという選択にある。辞めるのではなく、休む。そのための手続きを代行する。
しかし休職は、退職以上に制度が複雑だ。法律で一律に定められているわけではなく、企業ごとの就業規則に依存する。そのため、自分が対象になるのか、どの手続きを踏めばいいのかが分かりにくい。
診断書の取得、申請書の準備、会社とのやり取り。体調が悪い中でこれらを進める負担は大きい。だからこそ、休職代行という新しい需要が生まれている。
退職代行は使うべきか 問われるのは個人ではなく構造
では、退職代行は使うべきなのか。
この問いに単純な答えはない。パワハラや違法な引き止めなど、本人が直接交渉できない状況では、退職代行は有効な手段となる。一方で、その利用歴が転職に影響する現実も無視できない。
重要なのは、サービスの是非ではなく、なぜそれを使わざるを得ない状況が生まれるのかという点である。
退職も休職も、本来は個人が自分の言葉で伝えられるべきものだ。それができないほど関係が壊れている職場、制度が見えにくい環境、相談できない空気。そこに問題の本質がある。
退職代行と休職代行は、便利なサービスであると同時に、働く環境の歪みを映し出す鏡でもある。選択を責める前に、その背景を見つめ直す必要がある。
退職代行は「出口」から「リスク指標」へ変わった
退職代行は、これまで「辞めるための手段」として広がってきた。しかしいま、その意味は変わりつつある。
企業にとってはリスク判断の材料となり、採用にも影響を及ぼす存在へと変化した。一方で、働く側にとっては、依然として必要な「最後の出口」でもある。
退職代行は不利になるのか。その答えは単純ではない。ただ一つ言えるのは、このサービスの広がりが、働き方の問題を可視化しているという事実である。辞めることも、休むことも、もっと自然に選べる社会に変わらない限り、この議論は終わらない。



