
記録的な大ヒットとなり、社会現象まで巻き起こしたカップラーメン、みそきんの発売から約3年。YouTuberのHIKAKIN(ヒカキン)氏が、次なる一手として巨大な飲料市場への本格参入を表明した。
セブンイレブン限定の新商品ONICHA(おに茶)を今月21日に発売するという。期待が高まる一方で、その挑戦的なブランディング手法がSNS上で予期せぬ物議を醸している。
総額1500万円キャンペーンとヒカキン新麦茶「ONICHA」の全貌
ヒカキン氏は自身のYouTubeチャンネル『HikakinTV』で5日に行われた配信内で、新商品であるペットボトル入り麦茶「ONICHA(おに茶)」を発表した。原材料を大麦のみに絞り、ノンカフェインで「まるで家で淹れたような自然で優しい味わい」を追求した健康麦茶であるとアピールしている。
プロモーションの規模も桁外れだ。動画によると、総額1500万円分にのぼるAmazonギフトカードのSNSプレゼント企画や、お台場での無料フライング配布イベント、さらにはフルCGを駆使した大規模なCM制作など、潤沢な資金と圧倒的な影響力を投じた展開が予定されている。まさに背水の陣とも言える力の入れようであるが、肝心のマーケティング戦略をめぐって、SNS上では想定外のノイズが広がっている。
誰も感じたことのない問題提起――露呈した消費者との温度差
今回、最も議論を呼んでいるのは、ヒカキン氏が新商品開発にあたって語った既存の麦茶市場に対する問題提起のスタンスである。
同氏のYouTube動画での発言によると、親となったことで家族の健康を意識し麦茶に着目したものの、既存の麦茶に対して「地味でワクワクしない」「親に言われてジュースの代わりに飲む退屈な飲み物」というネガティブなイメージを持っていたという。そして、「日本の麦茶を変える」という大義名分のもと、従来の茶色や和風といった落ち着いたデザインを排し、ポップで目を引く鬼のキャラクターを配したパッケージを採用したと語気を強めた。
しかし、この「既存の麦茶は退屈である」という前提に立った挑戦的なブランディングは、多くの消費者の皮膚感覚と大きく乖離していたようだ。X上でのユーザーの反応を見ると、「なんか『日本の麦茶変えるぞ』って意気込んでるけど別に現状の麦茶に不満無いな」といった至極冷静な声が多数の共感を集めている。さらに「『退屈な飲み物だと思われている現状を変えたい』↑誰も感じたことのない問題提起すぎて面白い」と、マーケティング上の仮想敵の作り方の不自然さを冷笑的に指摘する意見も広く拡散されている。
既存メーカーへのリスペクト不足とコンセプトの自己矛盾
さらに消費者からの反発を強めているのが、既存市場へのリスペクトの欠如に対する批判である。日本の飲料市場において、麦茶は各メーカーが長年にわたる品質改良と企業努力を重ね、安価で安全な製品を消費者に届けてきた歴史がある。
Xの投稿によると、「これから麦茶を売っていこうとしている人間とは思えないくらい、ずっと一貫して麦茶自体や既存の麦茶メーカーに対してうっすら失礼な言動を繰り返してた」と、新規参入者としての姿勢そのものを疑問視する声が上がっている。
また、「既存の麦茶を『地味で退屈な飲み物』って貶したくせにONICHAは『家で淹れたような味』らしくて笑い止まらない」といった鋭い指摘も散見される。自ら退屈と切り捨てたはずの家庭的な味わいに帰着しているという商品コンセプトの矛盾は、センセーショナルな宣伝文句の綻びとして消費者の目に映っている。
初期ロット700万本と新会社「Bee」設立が示すビジネス的野心
こうした物議を醸すブランディングの一方で、ヒカキン氏のビジネス的な野心はかつてない規模に膨らんでいる。YouTube動画内では、工場に潜入し、初回製造分として700万本以上を用意したことを明かした。「みそきん」発売時に課題となった品薄状態を回避するための強気の経営判断と言える。
さらに同氏は、これまでの自身のブランド「HIKAKIN PREMIUM」を刷新し、新たに「Bee」という会社を設立したことも発表した。「朝から晩までHIKAKINの好きを形にする」という理念のもと、単なるグッズ販売の延長ではなく、本格的な消費財メーカーとしての地位を確立しようとする意気込みがうかがえる。インフルエンサービジネスが新たなフェーズへ突入したことを示す象徴的な動きである。
エンタメ消費から究極の日常へ――定番麦茶の牙城は崩せるか
とはいえ、飲料市場、とりわけ麦茶は、消費者の生活に深く根付いた極めて成熟したインフラ的市場である。SNSの投稿にも「ONICHAが(既存の定番商品を)越えられる訳がねぇだろ」という率直な意見が見られるように、日本の麦茶市場には長年トップシェアを誇り、圧倒的な認知度と品質への信頼感を持つ定番の王者が君臨している。
前作「みそきん」の成功は、若年層を中心としたファンダムの熱狂と、カップラーメンというたまに食べる非日常の娯楽(エンタメ)が見事に合致した結果であった。一方で、麦茶は消費者が日々無意識に、水のように手に取る究極の日常である。
ヒカキン氏が仕掛けたワクワク感という付加価値や派手なプロモーションは、初動の話題作りや試し買いを喚起する面では間違いなく強力な武器となる。初回製造分の700万本が瞬く間に市場から消える可能性も十分にあるだろう。しかし、一過性のお祭りを過ぎた後、生活必需品としてのシビアな価格競争力や、飲み慣れた味への絶対的な安心感を前に、消費者がワクワクを理由にこの麦茶を買い続けるのかは極めて未知数である。
稀代のトップクリエイターによる巨大市場への新たな挑戦。21日の発売日以降、実際の味とリピート率をもって市場がどのような審判を下すのか、その動向を冷静に見守りたい。



