
黒煙が夜空を覆い、赤い炎が舗装道路を照らした。
ガソリンスタンドに横付けされた車から武装した男たちが降り立ち、燃料をまき、火を放つ。数分後には幹線道路が封鎖され、別の地域では大型量販店の駐車場で車両が燃え上がった。
引き金となったのは、メキシコ最大級の麻薬組織「ハリスコ新世代カルテル(CJNG)」の最高指導者、ネメシオ・オセゲラ・セルバンテス、通称エル・メンチョの死だった。
軍事作戦と報復連鎖 20州へ拡大した暴動
メキシコ軍が西部ハリスコ州で実施した作戦後、エル・メンチョは死亡した。これを受け、国家警備隊員25人と警備員1人、計26人が報復攻撃で命を落とした。
銃撃戦ののち重傷を負い、搬送中に死亡したと報道されている。
しかし、事態はそこで収まらなかった。メキシコ32州のうち少なくとも20州で放火や道路封鎖が確認されたという。空港では一時退避命令が出され、交通網が寸断された地域もあった。
とりわけ緊張が走ったのが、2026年ワールドカップ開催都市の一つ、グアダラハラだ。リーガMXの試合や国際親善試合が延期・中止となり、街は重い空気に包まれた。
州政府は「状況はコントロール下にある」と発表したが、黒煙の痕跡は簡単には消えない。
エル・メンチョとは何者だったのか
ここで改めて問われるのが、「エル・メンチョとは何者だったのか」という点だ。
元警官という異色の経歴を持つネメシオ・オセゲラ・セルバンテスは、2010年前後にCJNGを台頭させた中心人物とされる。組織は急速に勢力を拡大し、国内21州以上で活動。構成員は約1万9000人規模ともいわれる。
最大の収益源は、フェンタニルやコカインの密輸だった。米司法省はフェンタニル関連で起訴し、米政府は最大1500万ドルの懸賞金を設定。CJNGは重武装やドローンの活用、SNSでの威嚇など軍事的色彩を強め、「最も凶暴な犯罪組織の一つ」と評されてきた。
その象徴的存在が消えたことで、組織は弱体化するのか。それとも内部抗争によるさらなる流血を招くのか。いま、誰も確かな答えを持たない。
トランプ政権の圧力と米墨連携
今回の作戦の背景には、米国の強い圧力があった。
トランプ大統領はCJNGを外国テロ組織に指定し、メキシコ政府に取り締まり強化を求めてきた。報道によれば、米墨合同タスクフォースが情報面で支援した可能性もある。
フェンタニルは米国内で深刻な社会問題となっており、今回の作戦はその象徴的成果とも言える。しかし同時に、報復の拡大は、国家とカルテルの対立が依然として“戦争”の様相を帯びている現実を浮き彫りにした。
ワールドカップは安全に開催できるのか
北中米共催の2026年ワールドカップで、グアダラハラは主要会場の一つだ。アクロン・スタジアムでは複数国の試合が予定されている。
スタジアム周辺の警備強化は当然だろう。だが懸念されるのは、地下鉄やファンゾーン、観光地など“ソフトターゲット”への攻撃だ。
近年、カルテルが小型ドローンを用いた攻撃を行った事例も指摘されている。大会期間中に別地域で混乱を起こす“分散型報復”の可能性も否定できない。
大会まで数カ月。国際社会は、メキシコの治安情勢を注視している。
終わりではなく、始まりか
エル・メンチョの死は、一つの節目であることは間違いない。
だが、それが麻薬戦争の終焉を意味するとは限らない。むしろ、CJNG内部の再編や新たな抗争の火種となる可能性もある。
炎が鎮まったあとに残るものは何か。
メキシコは、歴史的な転換点に立っている。



