国内最古の寝具メーカーのひとつとして、京都市に本社を構える株式会社イワタ。老舗の座に甘んじることなく、時代の先を行く高品質の製品を次々と生み出してきた。
岩田有史社長の下、会社が目指すのは「自然との調和を眠りから実現する」というパーパスの達成だ。
「快適で豊かな人の暮らしと地球社会の調和を長く持続させたい」という姿勢は、サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向けた独自のアプローチに繋がっている。
イワタの歴史
イワタの創業は、徳島藩沖に英国の黒船が出没した1830年(天保元年)。
初代岩田市兵衛が京都のメインストリートである三条通に既成の綿布団を売る店を構えたのが始まりだが、綿の布団は一部の特権階級でしか普及していなかったという。
現社長の祖父にあたる3代目岩田市兵衛は大正時代、欧州で羽毛布団が使われていることを知り、羽毛の研究に着手した。
繊維商社に入社した先代の岩田卓三は羽毛布団の生地開発に乗り出し、1963年の家業復帰に伴い羽毛布団の専門メーカーとして現在のイワタを設立。
日本初の「ダウンプルーフ(羽毛が飛び出ないよう高密度に織られた生地)」を発売し、高度経済成長時代における羽毛布団ブームの火付け役となった。
1986年には、日干し・水洗い可能な羽毛布団の開発に成功。
1987年には保温性と調湿性に優れるラクダの長毛を使った「キャメル敷パッド」を発表するなど、寝具業界のパイオニアとして数々の実績を残してきた。
睡眠を追求したベッドづくり
一方、それまでの寝具は睡眠科学との結び付きが皆無で、各社の新作は柄や素材を変えただけのパターンが主流だった。
こうした状況に疑問を感じた岩田社長は、睡眠科学の研究者や睡眠医療の専門医らが集まる日本睡眠学会に異色の立場で入会し、現代のライフスタイルに合う寝床環境を探求。
睡眠改善インストラクターを認定する日本睡眠改善協議会の立ち上げにも尽力し、眠りのスペシャリストとして執筆・講演活動などに取り組んできた。
岩田社長は「多くの先生方に学ばせていただいたことを一般の方々に還元するため、睡眠の大切さなどを分かりやすく啓蒙していきたい。睡眠改善インストラクターをはじめ、睡眠に関する科学的な知識を持つ方が増えているのも良い傾向で、そうした方々に発信してもらうことで日本の睡眠事情が改善されるよう期待している」と語る。
2010年に初の直営店としてオープンした「寝具御誂(おあつらえ)専門店」では、羽毛布団や枕、マットレス、ベッドなど和洋の寝具一式をワンストップで販売している。
現在は京都、大阪、東京に計4店舗を出し、インバウンドが急増している昨今は外国人観光客が枕などを買い求める光景も頻繁に見られる。
2017年には、京都大学総合博物館の「ねむり展」で初公開された楕円形の「人類進化ベッド」が多数のメディアに取り上げられ、大きな評判を呼んだ。
京都大学の座馬(ざんま)耕一郎アフリカ地域研究資料センター研究員(当時)らのアイデアを基に開発したもので、チンパンジーが樹上でこしらえる枝葉のベッドをモチーフとした試作機を完成させた。
試作機にはマットの中綿に羽毛を取り入れるなどの改良を加え、市販化にもこぎつけている。
2018年には日本の寝具メーカーとして唯一、アメリカ・インダストリアル・デザイナー協会(IDSA)が主催する世界3大デザイン賞のひとつ「IDEA賞」にノミネートされた。
サーキュラーエコノミーの実践
岩田社長のあくなき探求心が次に向かった先は、サーキュラーエコノミーの概念の要となるデザインだ。
2021年に登場した新ブランド「unbleached(アンブリーチド)」は素材の無染色や無漂白、蛍光増白剤の不使用にこだわり、再エネ100%電力の滋賀工場で製造されている。
自社の従来製品と比べた二酸化炭素の排出量削減率は42%に達し、2023年12月からは間伐推進によるクレジット58%分を付したカーボンオフセット・プログラムを販売している。
「東洋思想に『天人合一』という言葉がある。睡眠だけでなく、ものづくりでも自然と人間を同調させ、健康な暮らしを実現したいと考えた」(岩田社長)
イワタの上質な寝具はホテルのスイートルームや旅館の特別室などでも採用され、それらの寝心地は宿泊者から高い評価を得ている。
2024年7月末現在の社員数は41人と決して多くないものの、すべての製品は繊維製品の国際的な安全規格「エコテックス」の認証を受けている。
サーキュラーエコノミーの取り組みについて、
岩田社長は「中小企業にはマンパワーやリソースに限りがあり、一気には進められない。しかし、いったん大企業に先行されると、その後はキャッチアップが不可能になってしまう。だから、前もって段階を踏みながら先手を打っておきたかった。EU(欧州連合)の欧州委員会が2015年に発表した経済政策のサーキュラーエコノミーパッケージを知ったことがきっかけになり、それまでの活動を整理・修正しながら準備を積み重ねてきた」と打ち明ける。
そうした中、寝具業界では初めて「再エネ100宣言RE Action」に参加。2024年2月には「脱炭素チャレンジカップ2024『再エネ100宣言RE Action賞』」に選ばれた。
サーキュラーエコノミーへの貢献に加え、創業190年を超えて事業を継続しているサステナブルな会社であることも高く評価された。
コロナ禍の最中は、改めて自社の原点を見つめ直す時間を持った。企業理念をパーパスとして再定義した。
「自然との調和」は、忙しい現代人の毎日に「自然のリズムと調和した良質の睡眠」を届けることと、「自然の限界範囲内でのものづくり」という2つのアプローチを大切にしている。
さらに、パーパスを実現するためのフィロソフィーとしては、「SLEEP(良質な睡眠を提供)」「SAFE(安全かつ安心な品質)」「SUSTAINABILITY(持続可能なものづくり)」に沿った事業活動を掲げ、地球社会の未来のために必要とされる会社であり続けることを目指している。
190年余りの長きにわたりファミリービジネスが続いてきた理由について、岩田社長は「岩田家だけでなく、京都人全体に言えることかもしれないが、時代の半歩先を行きたいという革新的な気質がある」と説く。
事実、創業当時は画期的だった綿布団の販売から始まったイワタはサーキュラーエコノミーの取り組みに至るまで、進取の精神を発揮したビジネスを常に展開してきた。
コロナ禍を乗り切った後は、羽毛やラクダの長毛など原材料価格の高騰が立ちはだかるが、岩田社長は「粗大ごみとして廃棄される布団を減らしたい。
布団が使い捨てのように扱われている状況は時代にそぐわず、何とか変えていきたい」と力を込める。
東京二十三区清掃一部事務組合の清掃事業年報によると、都内で出された粗大ごみの量が圧倒的に多いのは布団だ。
全国ではおよそ年間1600枚もの寝具類が廃棄されと推計され、大半が焼却処分されるという。
2024年8月には、台湾の百貨店に自社製品の取り扱い店舗がオープンした。
高品質と持続可能性を両立させたイワタは、創業から2世紀を迎えようとしている今も寝具業界のパイオニアとして大きな存在感を示し続けている。
<企業情報>
代表者 岩田有史
資本金 9900万円
従業員数 41名(2024年7月末現在)
創業 1830(天保元)年
事業内容 寝具の企画・製造・販売 所在地 京都市中京区大阪材木町