企業は日々の経済活動を行うことで、さまざまな価値を創造しています。
その価値は、財務的な利益だけに留まりません。企業は社会や環境にも影響を与えており、その影響は、企業の将来や競争力にも関わっています。
では、企業がどのように価値を創造しているのか? そのプロセスを理解するためには、どのような視点が必要でしょうか? 本稿では、「6つの資本」について紹介し、それぞれの資本の活用法や保全法、統合思考する経営管理の方法について解説していきます。
価値創造の基盤となる「6つの資本」とは
企業の活動は、財務面だけではなく社会や環境にも影響を与えています。企業による価値創造のプロセスを理解するためには、どのような視点が必要なのでしょうか?
「6つの資本」という概念について知っておくと、理解しやすいかもしれません。
これは、国際統合報告評議会(IIRC)が提唱する「統合報告フレームワーク」で用いられている考え方です。企業が価値創造に利用し影響を与える資源や関係性を、6つのカテゴリーに分類しています。
- 財務資本:株式、借入金、寄付金など、企業が経済的な取引によって得た資金
- 製造資本:建物、設備、インフラなど、企業が物理的な生産活動に使用する資産
- 知的資本:特許、ブランド、ノウハウなど、企業が知識ベースで保有する無形の資産
- 人的資本:従業員の能力、スキル、モチベーションなど、企業が人材によって得る資産
- 社会・関係資本:顧客、取引先、地域社会などとの信頼や協力関係など、企業が社会的なつながりによって得る資産
- 自然資本:水、空気、土壌、生物多様性など、企業が自然環境から得る資源やサービス
これら6つの資本は、それぞれ独立したものではありません。企業は、これらの資本を組み合わせてビジネスモデルを構築し、経済活動を行います。
そして、その結果として生み出された製品やサービスは、社会に価値を提供するとともに、6つの資本に対しても影響を与えます。この影響は、「創出」「保全」「毀損」の3つに分けられます。
例えば、自動車メーカーは、
- 財務資本や製造資本を投入して自動車を生産し(インプット)
- 知的資本や人的資本を活用して技術開発や品質管理を行い(活動)
- 自動車を販売して収益や利益を得るとともに(アウトプット)
- 顧客満足度やブランドイメージを高めて社会・関係資本を創出し(アウトカム)
- 環境負荷低減や安全性向上に貢献して自然資本や社会・関係資本を保全し(アウトカム)
- 排ガスや廃棄物などを排出して自然資本や社会・関係資本を毀損する(アウトカム)
というプロセスを通じて、価値を創造しています。
このように6つの資本は、企業の価値創造の基礎となる概念です。企業は、6つの資本に対する自社の影響を把握し、責任ある管理を行うことで、持続的な成長と競争力の向上を目指す必要があるでしょう。
そのためには、「統合思考」という考え方が重要になってきます。統合思考とは、6つの資本を短期的・中期的・長期的に考慮し、企業の戦略やリスク、見通しと日々の意思決定を統合的に行うことです。
統合思考を実践することで、企業は、6つの資本を正の循環に導き、企業価値を持続的に向上させることができます。
財務資本と製造資本の活用方法
6つの資本のうち、財務資本と製造資本は、企業が経済的な成果を高めるために必要な資本です。
財務資本は企業が経済的な取引によって得た資金であり、製造資本は、企業が物理的な生産活動に使用する資産です。
これらの資本を効果的に活用することで、企業は収益性や生産性を向上させることができます。
では、財務資本と製造資本の活用方法とは何でしょうか?
まず財務資本の活用方法としては、以下の3つが挙げられます。
資金調達の多様化:企業は、自己資本や借入金だけでなく、株式市場や債券市場などの外部資金調達の機会を活用することで、財務的な柔軟性や安定性を高めることができます。また、寄付金や助成金などの非営利的な資金調達も有効です。
資金配分の最適化:企業は、自社の事業ポートフォリオや戦略に基づいて、投資や配当などの資金配分を最適化することで、財務的な効率性や収益性を高めることができます。また、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する要因も考慮することが重要です。
資金管理の強化:企業は、キャッシュフローの予測や分析、リスク管理やコントロールなどの資金管理を強化することで、財務的な安全性や信頼性を高めることができます。また、デジタル技術やフィンテックなどの活用も有効です。
次に、製造資本の活用方法としては、以下の3つが挙げられます。
製造設備の更新:企業は、製造設備を定期的に更新することで、生産能力や品質を向上させることができます。また、省エネルギーや低炭素化などの環境対策も重要です。
製造プロセスの改善:企業は、製造プロセスを改善することで、生産効率やコスト削減を図ることができます。例えば、リーン生産方式やトヨタ生産方式などの導入が有効です。
製造ネットワークの最適化:企業は、製造拠点や供給網を最適化することで、市場ニーズや競争環境に応じて柔軟に対応することができます。例えば、グローバル展開や地域密着型などの戦略が有効です。
以上のように、財務資本と製造資本の活用方法は、企業の経済的な成果を高めるために必要です。
しかし、これらの資本の活用にはリスクや責任も伴います。企業は、6つの資本のバランスを考えながら、価値創造のプロセスを管理することが求められるでしょう。
知的資本と人的資本の育成方法
6つの資本のうち、知的資本と人的資本は、企業がイノベーション力を強化するために必要な資本です。
知的資本は、特許、ブランド、ノウハウなど、企業が知識ベースで保有する無形の資産です。人的資本は、従業員の能力、スキル、モチベーションなど、企業が人材によって得る資産です。
これらの資本を効果的に育成することで、企業は新しい価値やソリューションを生み出すことができます。
では、知的資本と人的資本の育成方法とは何でしょうか?
まず知的資本の育成方法としては、以下の3つが挙げられます。
知識創造の促進:企業は、研究開発や技術革新などの知識創造の活動を促進することで、知的資本を増やすことができます。また、オープンイノベーションや共創などの外部との連携も有効です。
知識保護の強化:企業は、知的財産権や契約などの法的手段を用いて、自社の知識を保護することで、知的資本を守ることができます。また、情報セキュリティや倫理規定などの内部管理も重要です。
知識活用の最適化:企業は、知識管理やナレッジシェアリングなどの仕組みを整備することで、自社の知識を活用することができます。また、マーケティングやブランディングなどの戦略も有効です。
次に、人的資本の育成方法としては、以下の3つが挙げられます。
人材採用の多様化:企業は、人材採用において多様性やインクルージョンを重視することで、人的資本を豊かにすることができます。例えば、ジェンダー、年齢、国籍、文化、ハンディキャップなどの多様性を尊重し、公平な評価や待遇を行うことが有効です。
人材育成の充実:企業は、人材育成において能力開発やキャリア支援を行うことで、人的資本を高めることができます。例えば、教育訓練やメンタリングなどのプログラムを提供し、スキルアップやキャリアアップを促進することが有効です。
人材活躍の促進:企業は、人材活躍において働き方改革やエンゲージメント向上を行うことで、人的資本を活かすことができます。例えば、柔軟な勤務形態やパフォーマンス評価などの制度を導入し、働きやすさや働きがいを高めることが有効です。
以上のように、知的資本と人的資本の育成方法は、企業のイノベーション力を強化するために必要なことです。
しかし、これらの資本の育成には、コストや時間などの投資も必要です。企業は、6つの資本のトレードオフを考えながら、価値創造のプロセスを管理することが求められます。
社会関係資本と自然資本の保全方法
6つの資本のうち、社会関係資本と自然資本は、企業が社会的な責任を果たすために必要な資本です。
社会関係資本とは、顧客、取引先、地域社会などとの信頼や協力関係など、企業が社会的なつながりによって得る資産です。
自然資本とは、水、空気、土壌、生物多様性など、企業が自然環境から得る資源やサービスです。これらの資本を効果的に保全することで、企業は、社会的な価値や貢献を高めることができます。
では、社会関係資本と自然資本の保全方法とは何でしょうか?
まず社会関係資本の保全方法としては、以下の3つが挙げられます。
ステークホルダー・エンゲージメントの実践:企業は、ステークホルダーとの対話や協働を実践することで、社会関係資本を保全することができます。例えば、顧客満足度調査やコミュニティ活動などの取り組みが有効です。
コーポレート・ガバナンスの強化:企業は、コーポレート・ガバナンス(経営統治)を強化することで、社会関係資本を保全することができます。例えば、役員や株主の多様性や透明性を高めることや、コンプライアンスや内部統制を徹底することが有効です。
コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(CSR)の推進:企業は、CSR(企業の社会的責任)を推進することで、社会関係資本を保全することができます。例えば、人権や労働基準などの国際規範に沿った行動や、貧困や健康などの社会課題への寄与などの取り組みが有効です。
次に、自然資本の保全方法としては、以下の3つが挙げられます。
環境マネジメントの導入:企業は、環境マネジメント(環境管理)を導入することで、自然資本を保全することができます。例えば、ISO 14001などの国際規格に基づいた環境方針や目標を設定し、環境パフォーマンスを改善することが有効です。
環境負荷低減の実施:企業は、環境負荷低減(環境負荷軽減)を実施することで、自然資本を保全することができます。例えば、エネルギーや水などの資源の節約や再利用やリサイクルなどの循環型経済の推進、温室効果ガスや廃棄物などの排出量の削減やオフセットなどの気候変動対策などの取り組みが有効です。
環境価値の評価と開示:企業は、環境価値(自然資本の価値)を評価と開示することで、自然資本を保全することができます。例えば、自然資本評価(Natural Capital Valuation)や環境利益転換(Environmental Profit and Loss)などの手法を用いて、自然資本に対する自社の影響や依存度を定量化し、統合報告やサステナビリティ報告などで公表することが有効です。
以上のように、社会関係資本と自然資本の保全方法は、企業の社会的な責任を果たすために必要なことです。
しかし、これらの資本の保全には、投資やコミットメントも必要です。企業は、6つの資本のシナジーを考えながら、価値創造のプロセスを管理することが求められるでしょう。
6つの資本を統合思考する経営管理の方法
6つの資本を統合思考する経営管理とは、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会関係資本、自然資本の6つの資本を短期的・中期的・長期的に考慮し、企業の戦略やリスク、見通しと日々の意思決定を統合的に行うことです。
このような経営管理を行うことで、企業は、6つの資本に対する自社の影響や依存度を把握し、責任ある管理を行うことができます。
また、6つの資本の相互作用や価値創造プロセスを可視化し、ステークホルダーとのコミュニケーションを強化することが期待できます。
さらに、6つの資本を正の循環に導き、企業価値を持続的に向上させることができるでしょう。
では、6つの資本を統合思考する経営管理の方法とは何でしょうか?
6つの資本を統合思考する経営管理の方法としては、以下の3つが挙げられます。
統合思考フレームワークの導入:統合思考フレームワークとは、国際統合報告評議会(IIRC)が提唱する「統合報告フレームワーク」で用いられている考え方で、企業が価値創造に関する情報を整理するための枠組みです。このフレームワークでは、以下の7つの要素が重要視されます。
組織概要と外部環境:企業がどのようなビジョンやミッションを持ち、どのような外部環境に影響されているか
ガバナンス:企業がどのように統合思考を実践し、価値創造に関する説明責任を果たしているか
ビジネスモデル:企業がどのように6つの資本を利用し影響し、価値創造プロセスを行っているか
リスクと機会:企業がどのようなリスクや機会に直面し、それらに対処しているか
戦略と資源配分:企業がどのような戦略や目標を設定し、それらに沿って資源配分を行っているか
パフォーマンス:企業がどのような成果やインパクトを達成しているか
見通し:企業がどのような将来展望や課題を持ち、それらに対応しているか
企業は、これらの要素を軸にして、自社の価値創造ストーリーを明確にすることができます。
統合報告(IR)の実施:統合報告(IR)とは、「統合報告フレームワーク」に基づいて作成される報告書で、企業が6つの資本を統合思考することでどのように価値を創造しているかを伝えるものです。
この報告書では、以下の3つの特徴が重要視されます。
統合性:企業が6つの資本に関する情報を統合的に分析し、相互作用やトレードオフを明らかにすること
重要性:企業がステークホルダーにとって重要な情報を選択し、価値創造に関する本質的なメッセージを伝えること
未来志向性:企業が短期的・中期的・長期的な視点から価値創造の見通しや戦略を示すこと
企業は、この報告書を通じて、ステークホルダーとの信頼関係や対話を深めることができるでしょう。
統合思考経営指標(ITMI)の活用:統合思考経営指標(ITMI)とは、日本経済団体連合会が提唱する「統合思考経営指標ガイドライン」で用いられている考え方で、企業が6つの資本に関する定量的・定性的な指標を設定し、管理することです。
この指標では、以下の4つのカテゴリーが重要視されます。
経営戦略:企業がどのようなビジョンやミッションを持ち、どのような価値提供や競争優位性を目指しているか
経営環境:企業がどのような外部環境に影響されており、どのようなリスクや機会に直面しているか
経営資源:企業がどのように6つの資本を保有し活用しており、どのようなインプットやアウトプットを行っているか
経営成果:企業がどのように6つの資本に影響を与えており、どのようなアウトカムやインパクトを生み出しているか
企業は、これらの指標を通じて、自社の価値創造プロセスやパフォーマンスを評価し改善することができるでしょう。
以上のように、6つの資本を統合思考する経営管理の方法は、企業価値を持続的に向上させるために必要なことです。しかし、これらの方法は単なるツールではありません。
企業は、これらの方法を実践することで、6つの資本に対する自社の姿勢や責任感を高めることが求められます。また、6つの資本は不変ではなく、常に変化し続けるものです。
企業は、6つの資本に対する自社の影響や依存度を定期的に見直し、価値創造プロセスを適応させることが必要です。
そのためには、6つの資本を短期的・中期的・長期的に考慮し、企業の戦略やリスク、見通しと日々の意思決定を統合的に行う「統合思考」という考え方が重要です。
統合思考を実践することで、企業は6つの資本を正の循環に導き、企業価値を持続的に向上させることができるでしょう。
次回のコラムでは、「ESGの温故知新 近江商人編」について解説します。