総合商社各社が畜電池を使ったビジネスを拡大している。伊藤忠商事は家庭用、住友商事は電気自動車の電池のリユースに参入、陸上風力発電向けの大型蓄電池システムを手掛ける豊田通商――。単なる電池の売り切りではなく、得意分野から参入し、自社の事業領域を広げるツールにも使っている。SDGsへの貢献が期待される蓄電池をテコにビジネス拡大を目指す商社の動きを追った。(ライター 種市房子)
家庭用に強い「非資源ナンバー1」伊藤忠
太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電した電気を貯める畜電池は、SDGsの目標7「エネルギーをみんなに クリーンに」、目標13「気候変動に具体的な対策を」に貢献する。多くはリチウムイオン電池で、家庭設置用のキャリーケースサイズから送電網をつなぐ建物サイズまで多岐にわたる。
伊藤忠商事は2016年に家庭用蓄電池「スマートスター」を発売した。伊藤忠が家庭用蓄電池に参入したのは、家庭用太陽光の固定価格買い取り制度(FIT)の期限が切れる「卒FIT」が話題になったころだった。同制度は事業用FIT に先立つ2009年に始まった。家庭で作った太陽光由来の電気を10年間、固定価格で売れる制度で、導入当初は、固定価格が高めに設定されたことから、屋根置き太陽光パネル設置がブームになった。しかし、19年に順次、固定価格での買い取り期間が終了する「卒FIT」を迎える家庭が出てくる。伊藤忠の参入当時は、売電先の無くなる家庭で、蓄電池が電気を貯めるのに有力なツールとしても注目を集めた。
伊藤忠の家庭用蓄電池は発売当初、屋根置きの太陽光で昼に作った電気を貯めて、夜間や災害時に使う、といった家庭内完結型の電池だった。
2018年には人工知能(AI)が天候データや家庭電力消費パターンから需要予測を立てて、充放電制御する機能がついた。今後は、ある家庭の蓄電池で電力が余っても、ネットワークで、電力が足りない他の家庭や店舗へ送る「電力個人間(P2P)取引」も目指す。
伊藤忠は、「非資源ナンバーワン」商社を標榜する。三菱商事や三井物産などの財閥系商社は、天然ガスや製鉄用石炭、鉄鉱石など資源の開発の利益が大きい。これに対して、小売りや金融、ITなど、資源ビジネスではない領域を得意とするのが伊藤忠だ。中でも、小売りやアパレルなど消費者と直接接点を持つ「BtoC(対消費者ビジネス)」に強い。
伊藤忠は、綿密に家庭への営業を重ね、累計販売台数は約6万台に達した。ネットワークにつながった蓄電池を活用したP2P取引の社会実装が実現できれば、立派な電力システムビジネスとなる。
伊藤忠の家庭用蓄電池ビジネスは、家庭用という得意分野から手堅くスタートし、電力システムへと事業領域を広げていった。商社の幅広い事業領域を活かした広域展開と言える。
住商はいち早くEV電池のリユース
自動車ビジネス起点で蓄電池ビジネスを始めたのが住友商事だ。2010年に日産自動車と共同で「フォーアールエナジー」を設立。電気自動車(EV)の電池をリユースしている。出資比率は日産51%、住友商事49%だ。
EVの電池は満充電時の充電可能量が70%程度に消耗すると、交換される。EVで使用済みとはいえ、産業用途には使える。そこで、フォーアールエナジーで使用済みEV電池を回収後、性能を確認し、電池をパックに再構成して再利用する。
フォーアールエナジーの電池パックはこれまでに超小型EVやEV充電器での利用実績がある。今後は、より大きな容量の電池パックにまとめた「蓄電池ステーション」として、再エネの出力調整システムに組み込む方針だ。
出力調整とは何だろうか。
太陽光や風力は、天候によって発電量が変わる。また、電力システムは、需要と供給が同時に同じ量でなければならない。たとえば、晴れた春の日に太陽光で大量の電気を作っても、冷房需要がないので、電気を送電網に送ることはできず、「作り損」になってしまう。そこで、電力システムに蓄電池を組み込み、電力を作りすぎた日には貯める。逆に、雪の日で太陽光の発電が少なく、暖房需要が多いといった需給ひっ迫局面では、貯めた電気を放出する。
電池ステーションは、この再エネの需給調整役を担う。フォーアールエナジーは、2024年に北海道千歳市に23メガワット時の蓄電池ステーションを開設予定だ。北海道は陸上風力を中心に再エネ発電が盛んだが、送電網が少ないのが課題だった。電池ステーションはこの課題に対処する。
EV電池のリユースは近年ではホンダなども手掛けるが、日産・住友商事連合はいち早く参入した。日産がEV「リーフ」を投入したことも要因だが、住友商事が「クルマの電動化」というビジネスチャンスを逃さなかったことも大きい。
フォーアールエナジーは住友商事内ではもともと、自動車販売やリース、CASE(Connected=つながる、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス、Electric=電動化)などを手掛けるモビリティ部門が担当していた。当初は、リユース電池の使途は、出力の小さい事例に限られていたが、今や蓄電池ステーションの運営にまで至った。社内でも注目の事業として、全社横断で脱炭素を進めるプロジェクトに育った。
再エネ子会社活用した豊通
陸上風力発電向けの大型蓄電池システムにかかわるのは豊田通商だ。子会社のユーラスエナジーホールディングスが出資する特別目的会社が今年5月、北海道で陸上風力の送電網に蓄電池(720メガワット時)を設置した。
ユーラスは、風力発電事業者として国内最大のシェアを持つ。豊田通商はトヨタ自動車のグループ会社で、一般には「クルマの商社」のイメージも強い。しかし、実はユーラスという再エネ子会社を虎の子に持つ。ユーラスの源流は、豊田通商が吸収合併した総合商社・トーメンにある。ユーラスは1986年、トーメンの電力事業としてスタートした。
ユーラスは、北海道の道北地区で540メガワット(原発2分の1基程度に相当)陸上風力発電所の建設にかかわる。ただ、北海道では送電網の整備が不十分であることから、せっかく風力由来の電気を作っても、供給過剰で送れないリスクもある。そこで、電力網に大型蓄電池を組み込むことで、作った電気を一時的に貯め、送電網へ適正な量の電気を送る機能を持たせる。
豊田通商も、伊藤忠や住友商事同様、得意分野から蓄電池事業をスタートしている。蓄電池を設置することが、自社の再エネ機会損失を回避できる。ひいては社会全体の再エネ普及につながる。
SDGsは社会貢献であり、企業にとって収益性は二の次なのでは、という見解もあるかもしれない。しかし、今日のリユースや再エネの促進を前提とした産業構造では、蓄電池はおのずと収益をもたらすビジネスに育ちつつある。
原料調達にも細心の注意
蓄電池ビジネスには懸案もある。主原料のリチウム生産過程での環境負荷だ。生産方法は、リチウム分を含んだ湖のかんすいを精製する手法と、鉱石を採掘して精製する手法がある。かん水の精製では大量の水を使うことから、農業用水や生活用水の不足が懸念される。また、かん水や鉱石精製の過程では硫酸ナトリウムなどの残留物が発生する。それらを処理する際に水質や土壌が汚染される危険が指摘されている。
総合商社は米著名投資家・ウォーレン・バフェット氏が大量保有したことから、4月以降の日本株高をけん引した。海外の機関投資家から関心が高まる中、今後、蓄電池のビジネス自体だけではなく、調達先での環境負荷にも細心の注意、情報公開が必要になる。