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意外に知られていない抗生物質の「間違った使い方」〜診療所の日常とSDGs〜【SDGs新時代を読む第8回】

サステナブルな取り組み SDGsの取り組み
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私は小児科の医師である。現在は岡山市内の無床診療所で外来診察を行っている。患者さんの生活や健康には何らかの影響を与えることができる立場ではあるだろう。が、環境や政治経済のように大きな問題については、何ら出来ることがない。だが、大きな問題というのも、細かな一つ一つの事例のつながりで構成されている。
つまり私のようなものにも、SDGsは無縁どころか、しっかり関係のあるテーマなのだ。

本稿では、診療所の日常からSDGsを見ていこうと思う。

「風邪だから抗生物質の処方を」のおかしさとは

「風邪ですね。お薬を出しておきましょう」

何気ない日常のワンシーンで発せられる医師の言葉。ここには何一つ問題がないように思えるだろう。しかし、次にこのような台詞が続いた場合、それは患者を騙す言葉へと大きく変わる。

「抗生物質も念のため出しておきます」

「風邪」は明確な定義が難しい日常用語だが、一般には上気道にウイルスが感染した結果生じる咳嗽、咽頭痛、高熱、鼻汁などを症状とする疾患群を指すと思われる。抗生物質は主に細菌をターゲットにした薬剤で、ウイルスが要因である「風邪」には使われるべきではない。もちろん風邪と判断したものの真の原因が細菌感染である可能性は否定できないし、溶連菌感染のように風邪症状でも細菌が関与している場合もある。しかし例えば急性咽頭炎では8割程度が、急性気管支炎では9割がウイルス感染だ。残りの1~2割である細菌感染症は、診断名としても「風邪」ではない。診断の結果として処方をするという原則論で考えれば、「風邪」の診断で抗生物質が処方されるのは、矛盾していることになる。

これは、必要な患者に必要な薬剤を処方するべきものであるという当然の原則に反している。無駄な資源を使うのは、医療に限らず望ましくないだろう。その結果生じてしまうのは不利益だ。人体に影響を与える副作用だけではない。抗生物質に関して言えば、私たち人間と共生している様々な常在菌、あるいは病原性はあるが症状を引き起こすに至らない細菌を殺し、更にはその抗生物質に対する耐性を獲得させてしまう。

もしこれらの細菌が免疫力の低下した人間に対し牙を剥いた場合はどうなるのか。多くの抗生剤に耐制のある多剤耐性菌はこうして出現し、私たちを悩ませている。効く抗生物質がない細菌感染症に対し、私たちが対抗する手立てはほぼないのだ。これが薬剤耐性菌の問題であり、人間に対する不適切な投与の他、家畜などの動物に対する処方も含め、見直しが必要とされてきた。

 もちろんこうしたことは、持続可能な社会を目指すSDGsとは相容れない。クリニックの医師として、この動きを助長するような処方は避けたい。私自身、極力正しく診断し、必要な患者さんにのみ抗生物質を処方するように心掛けている。しかし、こちらが「風邪」と診断した患者さんの一部には、「抗生物質」の処方を望まれる方もいる。希望の処方をしないことで悪評が立ち、クリニックの経営にも関わるとなれば大変である。そのため意固地に拒むわけにもいかないが、当然説明して納得してもらおうと努力する。その努力もむなしい結果に終わることは決して少なくない。

医療現場や患者の資源の無駄遣い

舌圧子
舌圧子

 抗生物質に限らず、処方した薬がしっかりと服用されているのか、という点も見逃せない。医療側は処方したものは全てきちんと服用されていると考えたいが、現実はここでも違う。処方しても使われない薬が実際には相当数存在する。そして次の受診時に、前回処方は効果なしと判断し、別の候補を追加して処方してしまう。これは一人の患者に何種類もの薬が処方され、結果的に有害事象が生じてしまう「ポリファーマシー」の遠因にもなる。使われなくなった薬は、各家庭において廃棄される。廃棄された薬剤が生物や環境に影響がないと言えるだろうか。

 薬の問題だけではない。SDGsという観点からは、現実との間に生じる矛盾が見えてくる。医療現場においては、安全・衛生面や経済的な観点との矛盾も明らかだ。例えば「舌圧子」という診察に使う器具を考えてみる。これは咽頭を診察する際に舌を抑える為に用いる器具だが、かつては金属製のものが主流だった。それをオートクレーブという手法で消毒し、何度も利用してきた。しかし最近は木製の使い捨てが主流だ。しかもプラスチックで一本ごとのに包装されている。消毒を要する金属製舌圧子よりも手間がかからず衛生的だが、ゴミを増やすのはどちらだろうか。一昔前、割り箸が環境問題の象徴のように扱われていたが、木製の舌圧子を使い捨てにするのにも同様の問題がある。当院では基本的に金属製の舌圧子を使用しており、消毒が間に合わない場合に木製の使い捨てを使用している。

もちろん、すべてSDGs優先というわけにもいかない。予防接種における注射針、注射筒。現在はどちらも一本ごとの使い捨てであり、その注射筒はプラスチック製だ。日本では1980年代まで予防接種における注射筒の使いまわしは当時の厚生省によって認められていたことから、B型肝炎の蔓延につながった。それを踏まえた対策であり、今後も資源の有効活用より感染予防が優先されることになるだろう。

使い捨て注射器
使い捨て注射器

ペーパーレス化など事務処理でもSDGs促進を

診療所が配慮するべきSDGsは医療そのものには限らない。例えばペーパレス対策だ。診療所から大規模病院へ患者さんを紹介する場合、診療情報提供書というものを作成し、紹介先へ渡す。事前に電話で相談した患者さんの情報であってもそれが求められるのは情報の記録と保存、共有の観点から当然だ。しかし、現時点で運用が紙ベースであることがほとんどだ。診療情報提供書は診療所の電子カルテで作成され、印刷される。その書類をファクシミリで病院に送った上で患者さんに手渡し、病院にも持参する。受け取った病院はこれを自院の電子カルテシステムで参照できるようスキャンし、原紙は一定期間保管する。

診療情報提供書を電子的にやりとりすることは可能で、そうしている病院はある。しかしこれは、紹介先である大病院の対応があっての話であり、現実としては当院もこの点での成果はあげられていない。

 診療情報提供書は、該当患者さんの経過、これまで行って来た検査や治療とその結果をまとめたものだ。この情報がいい加減だと同じ検査が重複してしまうようなケースが出てくる。これは患者さんへの負担になるだけでなく、SDGsの点からも極力避けるべき事柄だ。

もちろん変化を見るという点での必要性はあり、重複の全てが不要とは言えない。しかし、この検査そのものも過剰に行われていることがあるようだ。身体診察と問診に病歴聴取がしっかりしていれば、検査の項目や件数は今よりも減らせる。当然だが各種検査にも資源・費用が必要だ。診察問診では判断の難しいもの以外は、安易に実施しないほうがいいだろう。一人の医師として、この気持ちはこの先も忘れずに診療にあたっていきたい。

 医療は人の健康や命を守る仕事だ。このため、衛生面や経済的な観点から、SDGsが掲げる目標をそのまま受け入れられないケースはある。また、SDGsと衛生面・経済面のどちらを優先させるべきなのか判断に迷う「グレーゾーン」もある。我々のような現場の医師は、実行可能な医療分野のSDGsを積極的に進めつつ、グレーゾーンについても国レベルで一定のコンセンサスを作れないか考える必要がある。一人一人の医師や医療現場がそうした認識を持つことが「SDGsと医療の共生」への新たな一歩となるのではないだろうか。

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浦山 建治 (うらやま けんじ)

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1973年生。一橋大学社会学部卒業後、信託銀行勤務を経て2007年宮崎大学医学部卒。日本小児科学会専門医、日本内科学会認定内科医。国立病院機構岡山医療センター、福山医療センターなどで勤務。2022年7月より青山こども岡山北クリニック副院長。

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