米国の主要金融機関が、脱炭素を目指す国際的な連合体「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」からの離脱をここ1カ月相次いで表明している。
12月7日のゴールドマン・サックスを皮切りに、20日にウェルズ・ファーゴ、31日にバンク・オブ・アメリカ、1月1日にシティグループ、2日にモルガン・スタンレーなど、名だたる金融大手がNZBAを去る決定をした。
これらの離脱は、2024年11月に共和党知事を擁するテキサス州などが資産運用大手ブラックロック等を相手取って起こした訴訟を契機に表面化した。
離脱の背景:共和党の圧力と訴訟リスク
共和党は、環境規制強化による経済への悪影響を懸念し、ESG投資に批判的な立場をとっている。テキサス州による訴訟は、投資戦略が石炭供給を抑え、エネルギー価格上昇につながるとして、反トラスト法(独占禁止法)違反を主張するものだ。こうした政治的圧力と訴訟リスクの高まりが、金融大手の離脱の背景にあるとみられる。
各社は環境問題への取り組みを重視しつつも、巨額の賠償金が発生する可能性のある訴訟は避けたい思惑があると推察される。
波紋広がる金融業界の気候変動対策
一連の銀行セクターの脱炭素イニシアチブからの離脱劇は、金融業界の気候変動対策に大きな波紋を広げている。ESG投資への逆風が強まることで、企業は環境配慮型の事業への投資を抑制する動きが起こりえるだろう。
2024年は反ESGの流れが強まりだした一年だったが、トランプ氏再選を経て、2025年はこの流れが加速することが確実視されている。長期的には、脱炭素社会の実現に向けた取り組みの停滞につながるだろう。
NZBAとは
NZBAは、2021年4月に国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP-FI)が主催し、世界43の銀行で発足し、2050年までの投融資ポートフォリオで温室効果ガス排出量のネットゼロを目指す民間金融機関のアライアンスだった。日本で最初に加盟したのは、三菱UFJフィナンシャル・グループで2021年6月のことだった。
日本への影響と今後の展望
米金融大手の離脱は、日本企業にも少なからず影響を与えるだろう。NZBAは2025年1月3日現在、44カ国142の銀行が加盟している。日本の金融機関は6行が加盟している。三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ、野村ホールディングス、三井住友トラストグループ、農林中央金庫の6行だ。
これから6行はグローバル潮流の流れをうけて、ESG投資に対する姿勢を再検討する必要が出てくるかもしれない。日本政府は、2050年カーボンニュートラル実現に向けて、再生可能エネルギー導入拡大などを推進しているが、国際的な潮流の変化を注視し、政策の柔軟な調整も視野に入れるべきだろう。
スイスの事例に見る多角的視点の重要性
スイスでは2021年、二酸化炭素排出量削減のための改正CO2法が国民投票(レファレンダム・連邦議会で承認された法律の是非を国民投票で問う制度)で否決された。スイスのCO2排出量は世界全体のわずか0.1%であることから、経済成長を優先した結果である。この事例は、地球規模課題への対応と経済発展のバランスをいかに取るべきか、改めて問いかけている。
世界の潮流は常に変化する。ある時点では正しいとされた政策も、状況の変化によっては支持を失う可能性がある。
「脱炭素」と「経済成長」の両立に向けて
日本の政官財は長らく脱炭素に向けて一辺倒の姿勢で進んできた。脱炭素化は、地球環境の持続可能性にとって重要な課題であり、これまで日本の政策機関において、その正当性はもはや疑いようのないものとされてきた。
しかし、ここにきて、経済成長を犠牲にしてまで脱炭素を進めることへの疑念が生まれ、政策の方向性を見直す機運が高まってきた。ヘーゲル哲学のアウフヘーベンのように、テーゼにはアンチテーゼがあり、「高次への統合(ジンテーゼ)」になるとすれば、単に脱炭素政策を否定するのではなく、環境保護と経済成長という相反する価値観を統合し、より高次の解決策を見いだすことが求められる。
すなわち、どちらか一方を排除するのではなく、両立可能な最適な道筋を見つけることが真の課題である。スイスの事例のように、一度立ち止まり、世界の潮流を見極め、複数のシナリオを用意しておくことで、変化への対応力を高めることができるだろう。
短期的な視点だけでなく、長期的な視点も踏まえ、バランスの取れた戦略を構築していく必要がある。