インパクト可視化型ファイナンスサービスを展開するインパクトサークル株式会社(以下、インパクトサークル社)は、個人向けマイクロファイナンスから生まれた社会的インパクトの可視化によって、経済的リターンと社会的リターンの両立を目指す「インパクト投資」の機会を広げようとしている。
2022年からフィリピンで2つのマイクロファイナンスを実施し、2023年9月からは日本でも新たなサービス提供を開始した。
ラストワンマイル配送を担う運送事業者と業務委託ドライバーを支援するインパクトファイナンスサービスを内容とするプロジェクトでは、株式会社三菱総合研究所(以下、MRI)と共同で、インパクトの指標設定、データ分析、インパクト可視化とその手法策定に取り組んでいる。
インパクトサークル社の代表取締役社長の高橋 智志氏、同経営企画兼インパクト可視化事業マネージャーの大村 龍太朗氏、MRI海外事業本部・ビジネスコンサルティング本部 主任研究員の山添 真喜子氏に、インパクト可視化に取り組む意義とプロジェクトの進捗を聞いた。
「インパクト投資」と「ESG投資」は何が違う?
そもそも「インパクト投資」とは何か。山添氏は、「平たく言うと、財務的リターンと社会的リターンの両立を目指す投資」と説明する。
社会的リターン、すなわちインパクトを生み出す意図を持った組織に対して投資がなさるため、投資家は財務的リターンと社会的インパクトの両方をモニタリングしている。
財務情報以外の指標を踏まえて投資先を評価し、選択する投資形態といえば、ESG投資が思い浮かぶ。インパクト投資とは何が違うのか。
「ESG投資は社会性に配慮する投資。一方、インパクト投資は、社会的な価値を積極的に生み出していく投資です。当社では、経済的なリスク/リターンだけでなく社会的インパクトも意思決定に組み込んでいく投資が『インパクト投資』だと考えています」(高橋氏)
「ESG投資では、どのような体制・方針のもと、どのような組織運用がなされているかが重視されますが、インパクト投資では『その事業でどんな社会課題の解決ができたか』という事業性がより問われます」(山添氏)
だからこそ、「実際に投資によってどのようなインパクトを生み出せたか」の可視化が重要となる。
インパクトをどう測定し、管理するか。
インパクトを可視化するには、投資先の事業から生まれたインパクトを何らかの形で測定し、モニタリングしなければならない。
一般的に「Impact Measurement and Management(インパクト測定管理:IMM)」と呼ばれる手法が用いられる。
「IMMとは、社会的リターン(=インパクト)を測定し、最大化のためにマネージする手法です。生み出したいインパクトに対して、それが予定通り生み出されているかを測る指標を設計し、その指標に沿ってデータを収集し、モニタリングします」(山添氏)
指標設計に先立ち、まずは生み出したいインパクトのアウトカム(成果)を「初期・中期・長期」といった時間軸に区切って整理する必要がある。
その際には、「Theory of Change(変化の理論: TOC)」や「Logic Model(ロジック・モデル)」といったツールが使われる。
インパクトサークル社とMRIは、ロジックモデルを用いてアウトカムを整理し、指標設計とデータ収集の方向性を検討してきた。
将来的には、コンサルティング事業での協業やインパクト投資の機会創出に向けたプラットフォーム構築までを見据えている。
まだまだ初期段階にあるインパクト投資業界にとって、「IMMの精度と信頼性の向上」は業界全体の課題といえる。
「インパクト投資の界隈では、ESG投資界隈に見られるような第三者評価機関や評価手法がまだ確立されておらず、投融資先やファンド自身がインパクトを計測している状態です。多岐にわたるインパクトのデータをどう採取し、レポートすべきか。その方向性が議論されている段階なのです」(高橋氏)
IMMの精度と信頼性を高めるために、まずは投資によって生まれた実際のインパクトを測定、管理し、可視化を実践してきた「実践事例」が強く求められている。
インパクトサークル社が個人レベルのマイクロファイナンスの提供とその可視化にこだわる理由は、そこにある。
「個人レベルのマイクロインパクトを積算していくことで、社会全体のインパクトを評価しようと考えました。マイクロレベルのデータを収集し、どれだけのインパクトが生まれているかを可視化し、投資のリターンとして提供するという取り組みを通じて、魅力的なインパクト可視化の実例を作っていけるのではないでしょうか」(高橋氏)
同社はフィリピンで2022年から、ドライバー向けトライシクル(三輪車)ローン「貧困削減Mobilityインパクトファイナンス」と、漁師向けボート・エンジンローン「被災地Fisher Folksインパクトファイナンス」を提供してきた。
いずれも個人向けインパクトファイナンスだ。
ドライバーとして就業するためにトライシクルのローンを希望する人や、台風で船を流され漁に出られなくなった漁師にファイナンスを提供し、投資によって生まれた最終受益者の変化を、インパクトとして評価する。
「どんな取り組みからどんなインパクトが生まれるか、1つ1つ中身を精査し、意図通りのインパクトが生まれたか、その他のポジティブインパクトが生まれたか、あるいはネガティブなインパクトが生まれたのか。高精度のデータを取って信頼性を高めていく必要があります」(高橋氏)
可視化がもたらす「社会的インパクトが高いから投資しよう」という意思決定
ところで両社はなぜ、インパクト投資とインパクトの可視化に力を入れるのか。
「必要とされるところにきちんと投融資ができていくため。これに尽きます」(高橋氏)
伝統的な投資、さらには既存のESG投資ですら、経済的なリスク/リターンが主な判断軸となっていることは否めない。
そうすると、「儲かるかもしれないがリスクが高い」と判断される領域には、投資が行き渡らない。これに対して、投資の意思決定に「社会的インパクト」という軸が加わるとしよう。
すると、「儲かるかもしれないがリスクが高い。でも、社会的インパクトが非常に高いから投資しよう」という判断が可能になる。
「インパクト投資が広がれば、従来は投資が不可能ないし困難だった領域にも投資が行き渡るようになります。インパクトを可視化することで、『経済的リターンを出しながら社会課題を解決する投資』を実現できるのです」(高橋氏)
サステナビリティ経営に携わってきた山添氏によると、CSRは社会課題解決までたどりついていない活動で、CSVでようやく事業を通じた社会課題解決にトライできるようになってきた。
しかし、大企業が「事業性だけでは評価されにくい事業」に長期的に関わったり、携わったメンバーが社内で評価されたりする仕組みは確立されておらず、持続性に欠けた。
「社会課題解決の事業にお金がきちんと回る仕組みを作れないか。その疑問に対する一つの解が、インパクト投資だと感じています。スタートアップでもプロジェクトベースでも、様々な形でインパクト投資が広がっていくことを期待しています」(山添氏)
両社が共同で取り組むIMMの設計と普及は、インパクト投資の本質を実現するために不可欠なツールだ。
山添氏の言葉を借りると、「『事業を通じて自分たちが生み出したいインパクトは何か?』『計画通り、そのインパクトは生まれているか?』『どのようなインパクトを生み出す事業、企業に投資したいのか?』このような疑問に答えるためのツール」が、IMMなのだ。
知見を掛け合わせ、より魅力的なインパクト可視化の手法を構築
両社の共同プロジェクトは、いわゆる「2024年問題」と呼ばれる喫緊の物流危機の課題解決策となり得るサービスを提供する事業。
同サービスは、ドライバーとして働きたい個人に車両リースと保険を提供し、物流会社と提携して就業機会を創出するとともに、ラストワンマイルの配送を担うドライバー不足も解消できるサービスだ。
インパクトサークル社による独自審査を経たドライバーに、同社がオートリースを提供するのだが、ドライバーには物流会社での就労機会が確保されているため、毎月数十万円の収入が見込める。
したがって貸し倒れのリスクを低減できる。健全な就労環境やドライバーの仕事に必要な教育、事務サポートも、物流会社が提供してくれる。定期的なモニタリングも可能だ。
ドライバーは「期待する所得」を確保でき、リースを返済できれば信用力も増す。
さらには、リースで得た車を仕事以外の生活に使えたり、柔軟な就労形態でドライバー業に従事できたりと、「自由で自分らしい働き方」が実現できる。
透明性の高い報酬体系のもと、働きがいも感じられる。
結果として、ドライバーのQOLやウェルビーイングが実現され、多様な働き手の参入や早期離職率の減少といったメリットが生まれる。
物流会社はドライバーを安定的に確保できるようになり、持続的な事業成長を遂げられる。個々のドライバーにも物流会社にも嬉しい好循環が生まれるのだ。
プロジェクトでは、このサービスをモデルにインパクト可視化の手法を検討している。
MRIがマクロ(パートナー企業や地域社会)視点でのマクロインパクトの整理を主に担い、インパクトサークル社がドライバー視点でのインパクトファイナンスを通じて取得したデータを収集する。
共同でインパクト可視化の手法を構築することで、「貨物ドライバーとして就労を望む全ての人にとって就労機会と継続就労が可能な社会の実現」を目指している。
ここではあえて、「2024年問題の解決」を最終目標に据えていない。その理由について、インパクト可視化の全体設計からロジックモデルの作成、KPI設定、データ取得までの実務を担う大村氏はこう語る。
「社会課題解決を目指してインパクトのロジックモデルを作ったとしても、その間にいる方々が安価な賃金で過酷な労働環境におかれていたら、マクロ視点で一旦課題が解決されてもミクロ視点では持続性がありません。ですから我々は、あくまでインパクト投資の受益者個人に焦点を当てたロジックモデルを作りました」(大村氏)
インパクト可視化の新モデル構築にあたり、インパクトサークル社はなぜMRIとの共同の道を選んだのか。
総合シンクタンクであるMRIは、一般的なインパクト評価の指標やIMMに関する知見を豊富に有している。
一方インパクトサークルは、「個々のマイクロインパクトを積み上げて信頼性の高いインパクト可視化を図る」という、新規性・独自性のある取り組みを展開してきた。
「両社の知見を掛け合わせることで、より魅力的なインパクト可視化の手法を構築できると考えたことが、1点目の理由です」(高橋氏)
「インパクトサークルさんはすでにフィリピンでインパクトファイナンス事業の実績があり、日本で新たに立ち上げられる事業をモデルにインパクト可視化で共同させていただける。当社にとっても魅力的なご提案でした」(山添氏)
2点目の理由は、インパクト可視化のその先にある。
インパクトが可視化されれば、金融機関がインパクト投資型商品を組成したり、事業会社がインパクトファイナンスを活用した新たな事業を手掛けたりと、さらなる広がりが期待できる。
「将来的にはインパクト可視化のプラットフォームを構築し、金融機関や事業会社の方々ともオープンイノベーションで連携したいという思いがあります。新たな取り組みになりますので、コンサルティング要素も必要になるでしょう。MRIさんと組むことで、より多くの方々との間に機会創出ができると考えました」(高橋氏)
「我々も元々、インパクト可視化を通じたコンサルティングやプラットフォーム事業には関心をもっていました。インパクトサークルさんとは、今回のプロジェクトの次のフェーズにも期待ができると感じましたね」(山添氏)
QOL、働きがい、定性データに求められる「説得性」
本プロジェクトでは、インパクトを測る指標はドライバーの「QOL」や「働きがい」に焦点を当てて設計されている。
「プロジェクトの土台に、比較可能性を担保するというよりは、投資家に伝わりやすいインパクトの見せ方・伝え方に力を入れようという考え方があります。そこで、最終目標の実現にとって重要ないくつかのアウトカムをまとめて『QOL』や『働きがい』にフォーカスすることにしました」(山添氏)
プロジェクトの現在地を聞くと、「今まさに、データ収集を始めているところ」と、大村氏。では、ドライバーの働きがいやQOL向上をどのように可視化するのか。
「ウェルビーイングの指標や働きがいの実感に関して、定量データ、定性データ、アンケートやインタビューを使って情報収集します。ファイナンスリースを提供している立場にあるので、審査情報や周囲の方々へのサーベイを含め、継続的にデータを取りやすいですね」(大村氏)
加えて、「数字以外の定性面で投資が動く瞬間があるのではないかというのが、我々の仮説」と、大村氏。このため、写真や動画など、数字に落とし込めないビッグデータの収集にも注力している。
適切な情報収集の頻度やアウトプット先のペルソナの区切り方など、現在進行形で議論が進められている。
「『自分に関わりのある地域のプロジェクトなら投資してもいい』と考える投資家もおられるでしょう。地域性を考慮したデータ収集や開示方法も検討できそうですね」(山添氏)
定性データを取得する上でのポイントとして、山添氏は「説得性がすごく重要」と強調する。
「ウェルビーイングや働きがいに関しては、実はOECDの指標や国による調査の質問事項など、参照できるものがいくつかあります。学術的なものや弊社のシンクタンク部門が策定した指標もあります。それらを洗い出し、複数の視点で『どのような指標が適するか』を検討することで、説得性のある定量データを出せると考えています」(山添氏)
最後に、大村氏は自戒をこめてこう語る。
「評価は多面的だし、見る人によっても多様性があります。それぞれの立場でそれぞれにとっての正解を求めているわけです。インパクト投資では、個人のQOLやウェルビーイングがロジックモデルに採用されているわけですから、評価の在り方も多様であっていいのだと思います。だからこそ我々は、定性面も大事にしたい。基準を突き詰めてしまうと、そこから外れる人が出てきて『内』と『外』を生み出し続けてしまいます」(大村氏)
ESG投資と同様に、今後インパクト投資の業界にも様々な評価指標が生まれ、新たなプレイヤーが登場することも見込まれる。
「現に、様々な事業者さんが試行錯誤している最中です。我々のスタンスは『これがインパクト投資だ』と言いたいわけではなく、新しいお金の流れがいろいろなところで生まれてくる状態を目指したい。『こういうのもあるよね』と事例を提示することで、他にもいろんなチャレンジが生まれてくるといいですね」(大村氏)
インパクトサークル株式会社
・会社名:インパクトサークル株式会社
・設立:2021年7月
・本社所在地:東京都港区虎ノ門2-2-1 住友不動産虎ノ門タワー5F
・代表者:代表取締役社長/CEO 高橋智志
・主な業務:社会インパクト投資プラットフォームの提供、社会インパクト可視化型ファイナンスの提供
株式会社三菱総合研究所
・会社名:株式会社三菱総合研究所
・設立:1970年5月
・本社所在地:東京都千代田区永田町二丁目10番3号
・代表者:代表取締役社長 籔田健二
・主な業務:シンクタンク・コンサルティングサービス、ITサービス