創業15年、歯科マーケティングの現場から見えた課題

株式会社キンダーガーデン(東京新宿区)は2010年の創業以来、歯科医院に特化したマーケティングサービスを軸に事業を拡大してきた。代表取締役社長の浦濱隼人は「職人気質の院長ほど IT リテラシーに乏しいことから、成果の出ないホームページやSEO対策を高額な費用で契約してしまうケースが後を絶たない」と業界の悪慣習を振り返る。
こうした問題意識から同社のサービスでは、顧客からは見えない細かな部分にもこだわることで徹底して顧客利益を追求してきた。多くの工程を経るためホームページ一式300万円超という高額な制作費がかかる一方、公開後わずか数か月で制作費を大きく上回る利益がうまれる歯科医院が相次ぎ、同社への紹介案件は過去15年間で2000件を超えた。
自社利益優先ではなく顧客利益の追求をミッションに掲げることで、紹介が紹介を生む好循環が発生し、創業来、営業部門を置かずに紹介と自社マーケティングだけで受注を重ねる手法は今も同社の成長エンジンとなっている。
低価格マウスピースの裏側──“安さ”の代償を詳しく読む

いわゆる情弱ビジネスの影は歯科医院経営者だけではなく、一般消費者にも忍び寄っている。前歯だけを対象に通院回数を最小限に抑え、30万円前後で施術できると謳う「ローコストマウスピース矯正(以下、LCM)」が 若年層を中心にSNS 広告を通じ急拡大している。しかし隆盛の裏側には深刻な構造的リスクが潜む。
第一に製造・研究開発への投資格差である。世界的な大手メーカーは毎年500億円規模を研究に投じ、数千万人分の症例データを AI シミュレーションへ反映させる。一方 LCM は数千万円規模の設備でも製造できる水準にとどまり、歯列移動の精度で雲泥の差が生じる。
第二に治療範囲の制限と後戻りリスクが顕著だ。奥歯を動かさず前歯のみ整える手法では噛み合わせが崩れやすく、顎関節症や咀嚼障害を招く事例が続出している。消費者庁への相談件数でも歯科関連の最多項目となり、公益社団法人日本矯正歯科学会は「極めて危険であり絶対に避けるべき」と異例の警告を発した。
第三に責任主体の曖昧さがある。通信販売型 LCM では歯科医師との接点が極端に薄く、医療広告ガイドラインを逸脱する表現も散見される。訴訟費用が高い日本では健康被害が水面下にとどまり、問題が可視化されにくい。
浦濱は「安さが独り歩きし、情報弱者が再び狙われる構造を変えなければ医療の信頼は崩れる。矯正先進国である米国においてはすべてのLCMメーカーが健康被害による集団訴訟をきっかけに倒産してしまった。日本にも近い将来同じような流れが来る」と警鐘を鳴らす。
「信頼できる矯正医」を可視化 ウィ・スマイル 誕生の必然


LCM が引き起こす健康被害が拡大するなかで、一般消費者である患者側が「誰に診てもらうべきか」を示す情報は皆無だった。こうした状況を打破するべく、キンダーガーデンがウィ・スマイルのサービスを開始したのは、倒産危機という逆境がもたらした偶然だった。
2019年、同社は日本最大級の医療法人から受注した数億円規模のシステム代金が未払いとなり、連鎖倒産の瀬戸際に立たされた。浦濱は私財を投じて取引先への支払いを完遂し、「背水の陣で価値を生む道を摸索した結果、依頼をうけて開発していたものの宙に浮いてしまっている大規模集患システムを、質の高い矯正医を可視化するサービスへと転用することに行き着いた」と語る。
2020年に公開した「ウィ・スマイル」は、加盟するクリニックを審査制とすることで、世界的メーカーの装置を取り扱い、治療経験豊富な信頼できるクリニックのみを厳選して掲載している。現在全国一一五クリニックが加盟し、患者はウィ・スマイルのウェブサイト上から近隣医院を予約し来院する。医院側は来院時のみ手数料を支払う成果報酬型によってリスクなく集患が可能だ。患者のニーズは高く、アクセス数は日々、増加傾向を示す。
浦濱は「加盟審査の通過率が5%未満という極めて狭き門を通過した質の高いマウスピース矯正を提供しているクリニックを探すことのできる日本で唯一のプラットフォーム」と胸を張る。
100億円企業へ 「ビジネスを通じて社会をより良くする」覚悟
同社は来春、新卒一期生10名を迎え50人体制へ拡大する。営業を置かず一人当たり売上高一億円超を維持する高生産性を背景に、3~5年以内に年商100億円を目指す。浦濱は「心身が健全で協調性と継続力のある仲間と、ビジネスで社会課題を解決する喜びを共有したい」と語る。歯科領域で培った知見を生かし、AI・RPA を組み合わせた個人の生産性を高めていく新規事業も視野に入れる。
壮絶な幼少期の反骨心と自立心を原動力に、浦濱は「企業は社会の公器。小さな利己より大きな公益を選び、医療の情報格差を一ミリでも縮める」と誓う。歯科医療の透明化を起点に、挑戦者が萎縮せず夢を語れる社会を築けるか。キンダーガーデンの次の15年が試金石となる。
