企業のDXがもたらすメリットは、生産性向上や業務効率化だけではないことをご存じですか?
めまぐるしく変化し続ける社会環境を生き抜くビジネス改革、産業構造のアップデートにもDXの必要性がある。そう語るのは、INDUSTRIAL-X社代表の八子知礼さんです。
グローバル競争においてこれからの日本産業が直面するであろう危機、そしてそれを乗り越えるために必要なアップデートとは。数多くの企業のDX支援実績を持つ八子さんに話を伺いました。
にじり寄る国内産業の危機。グローバルにおける産業構造の現況と課題とは
ビジネスコンサルタントとして新規事業の戦略立案やバリューチェーン再編に携わってきた八子さんは、日本産業の現況をどう捉えていますか?
八子
日本のGDPでは世界第3位ですが、1人あたりのGDPで見れば30位前後。言わずもがなですが、かつての高度経済成長期と比べて、日本の国際競争力は凄まじい勢いで下がっています。
日本のものづくり産業がグローバルで高く評価されてきた背景には、いいモノやサービスを生み出すためにかけてきた多くの人手と労力がありました。
しかし少子化や人口減少が叫ばれる今、人手をかけることで付加価値が高いものを生み出すことは難しくなっています。
一方で、海外の方から「日本人は真面目で優秀だ」と言われるように、真面目で優秀だからこそ、日本全体として“そこそこできてしまう”という側面もあるんです。
結果、消費者として生活していくのに危機感を抱くこともなければ、ビジネスパーソンとして国際競争力の低下を実感することもなく過ごせている。良くも悪くもこれが現況だと感じています。
そういった現状を経て、将来的にはどんな危機が起こり得るのでしょうか。
八子
ティッピングポイント(物事がある一定の閾値を超えると一気に全体に広まっていく際の閾値やその時期、時点)は、2035年頃だと考えています。
これはバッテリー型EVの市場シェアが過半数に達すると予測されるタイミングです。この自動車産業の構造変化は、品質の高さと大量生産で勝負してきた日本の産業に大きな影響を与えるでしょう。
従来の自動車エンジンが電気をエネルギーに走るモーターへと変われば、部品パーツの組み合わせはモジュール化し、自動車産業そのものもコモディティ化していきます。
設備投資型で高品質な製品を容易かつ大量に生み出せるようになれば、資本力のある海外企業に日本が勝つことは難しくなるうえ、輸出国として厳しい状況に直面する恐れもあります。
とはいえ、国内産業は必ずしも衰退しているわけではありません。iPhoneなどの生産に欠かせない部品産業をはじめ優良企業はたくさんありますし、グローバル競争において戦える余地があります。
ポジティブな可能性も残されていると。ぜひ詳しく聞かせてください。
八子
日本には、高度な技術が求められる部品業界、健康面でも注目を集める日本食、アニメや漫画といったコンテンツなど、世界的に高く評価されている産業が少なからず存在しています。
その一方で、たとえば商品を海外展開するECサイトを展開できていなかったり、技術者やクリエイターが海外に流出してしまったりと、「もったいない」と思われている側面がある。
実際、ビジネスでやりとりのある海外の方から「日本はなぜもっと頑張らないのか」と問いかけられたこともありました。
日本産業には十分なポテンシャルがあるにも関わらず、それを活かしきれていないもどかしさを痛感しています。
コモディティ化が進む今、企業価値を引き上げるには?
八子
新規事業を始める、DXを推進するなどビジネスモデルの変革に積極的に取り組む企業とそうでない企業とで二極化していますね。
今のビジネスが十分な利益が出ている企業は、ビジネスをシフトすることに抵抗があるのだと思います。
先ほどお伝えしたようなじわじわとした変化に気づかないまま、「まだまだいける」と過信して動き出していない企業の方が多い印象です。
現況をふまえて、企業がグローバル競争で生き残っていくにはどんな取り組みが有効だと思われますか?
八子
前提として、グローバル視点で評価されている強みをさらに伸ばすのはもちろん、いずれシュリンクしていく分野については、今後評価されるビジネスモデルへシフトしていくことが求められます。
もうひとつ重要なのが、同じモノやサービスを提供するにしても、他にはない付加価値によっていち早く取引の優位性を上げることです。
そのためにも、DXなどによるビジネスモデルないしは産業構造のアップデートが有効だと考えています。
次世代型のビジネス構造への変革が必要になってくる、というわけですね。
八子
金属加工品を作るだけで完結していているのと、金属加工品を作るソリューションを販売しているのと、金属加工品の生産においてカーボンニュートラルの実現に向けてより包括的なサービスを提供するのとでは、その企業や産業のレベルが全く違ってきますよね。
だからこそ、ビジネス構造の引き上げは大きな意味を持つといえます。
実際に3Dプリンターを活用したビジネスモデルを導入する、DXソリューションの提供に乗り出すなど、新たな挑戦に踏み出すものづくり企業も少しずつ増えていますよ。
自社DXのノウハウを新ビジネスに。“DX課題解決プラットフォーム”がもたらした成功事例
INDUSTRIAL-X社では、まさにDXを主軸に企業を支援し、ビジネスモデルや産業構造を変えていく事業を展開されています。このような事業をスタートしたきっかけを教えてください。
八子
これからの国内産業を元気にしていくには、国の行政による支援だけでは限界があると感じたことが、会社設立のきっかけのひとつです。
というのも、国による支援や取り組みは自治体ごと、企業ごとにバラバラで、横展開ができていないことに気づいたんです。しかし、類似の課題を抱えている企業や自治体は数多く存在しています。
それなら、民間からのアプローチで課題解決のプラットフォームを共同運用してはどうかと。成功モデルやノウハウをシェアして地域と産業全体のレベルを上げていくことを目指し、“DX推進プラットフォーマー”となるINDUSTRIAL-Xを立ち上げました。
実際にDXによる課題解決プラットフォームを展開して、どんな手応えがありましたか?
八子
一部地域や企業単位でのDXの取り組みが、行政や国を巻き込んだプロジェクトにまで大きくなっていくのを目の当たりにできたのは大きかったですね。
たとえば弊社がサポート支援をおこなっている高知県の農業IoPプロジェクトは、過去に内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金」の交付対象事業として採択されました。
さらに今後はこの成功モデルをシェアして、IoPクラウドを共同利用型で全国展開していく構想を描いています。
共同運用型のビジネスモデルなら課題解決に向けたコストを抑えられるほか、“仕組み”の構築を通して継続的な支援に繋がるのが利点です。
そのほか、支援先企業における成功事例があれば教えてください。
八子
支援させていただいた企業のなかには、自社のDX事例を活かして新規事業化に成功している企業がいくつもあります。
というのも、現在本気でDXに取り組んでいる企業は、私の体感でまだ2割程度。DXの仕組み化やノウハウには大きなニーズがあるんです。
具体例を挙げると、金属加工を中心とした提案型メーカーのツバメックスさんは、工場内の自動化やデジタル化の事例を活かし、ノウハウを横展開する新規ビジネスに挑戦しています。
家具製造の老舗であるナカタケさんも、自社工場におけるDX化の経験をもとに2021年に子会社を立ち上げ、DXソリューションの構築・提案事業を開始しました。
支援先の企業では、工場の自動化ノウハウを他社に指導するという新たなビジネスに踏み切ることで、「工場の自動化で自分の仕事がなくなるのでは」と不安を抱いていた社員の方たちの目がぱっと輝き始める瞬間を何度も見てきました。
DX領域におけるある種の“プロ”としての新しいキャリアにやりがいを見出す人もたくさんいます。
「日本産業にはポテンシャルがある」“社会の公器”として実現を目指す産業構造変革
企業へのDX支援について、御社ならではの特徴はありますか?
八子
弊社は、これまで培ってきた顧客やパートナー企業とのエコシステムを土台に、DXに必要なリソース(戦略、ビジネスモデル、人、モノ、カネ、情報、セキュリティ)をワンストップで提供し、顧客のDXに寄り添う「伴走型支援」が特徴です。
また月額課金のサブスクリプション型のサービス設計によって、初期費用を抑えられるため、大手企業だけでなく中堅・中小企業が利用しやすいことも、特徴の一つです。
ここまで包括的なサービスを展開しているのは、本気で変わりたい企業の“できない言い訳”をなくすお手伝いがしたいと考えているからです。
八子
経営者の方や自治体の担当者の方とお会いすると、変化ができない理由を挙げる方が多いんですよね。かくいう私自身も、起業の際にはできない理由ばかり考えて逃げ腰になっていました。
そんな私がINDUSTRIAL-Xを立ち上げられたのは、弊社取締役CSOの吉川との壁打ちのような会話を通して、逃げるための言い訳を解消していけたからです。
だから打ち合わせの現場で「でも人が……」「予算が……」という話になったときも、当時吉川がしてくれた壁打ちのように「では、これは我々が提供します」「それなら、ここは弊社が責任を持ってサポートします」と。
できない理由は、包括的な支援によって一つずつ解消していきます。
八子
松下電工(現パナソニック)に新卒で入社した際、創業者の松下幸之助氏が提唱する「企業は社会の公器である」という言葉に大きな感銘を受けました。これは起業時も今も変わらずに大事にしている言葉です。
この言葉を胸に、INDUSTRIAL-Xでは一貫してパートナーさんに資すること、そして産業の構造を変えていくことを大義としています。
コンサルで儲けて終わりという発想は持ち合わせていないので、最初の打ち合わせ段階から提案先企業の課題を余さずお伝えしますし、「あなたの会社はこんな可能性があるんですよ」「中期的にこんな競争力を持つ会社になれるはずです」といった提案も含め、真摯にお話しさせていただきます。
最後に、御社が目指す日本産業の未来についてお聞かせください。
八子
先にお伝えしたように、国内産業は海外からも期待を寄せられており、日本企業も日本産業も、大きなポテンシャルを秘めていると自負しています。
INDUSTRIAL-Xのアプローチを通して実現したいのは、さまざまな業界にデジタルとアナログの融合によるDXのメリットを普及させ産業構造を変革してくことで、日本各地が元気になっていく未来です。
たとえば、デジタルにフルチューンされた企業から新しいビジネスやプロジェクトが生まれて、社員がIT・AI分野の新たな知見を提供できるようになったり、他産業にその仕組みが次々と派生していったり……。
最初はいち企業やいちエリアにおける変化だとしても、そのポジティブな変化が日本中に連鎖することで、産業そのものがアップデートされていく。
そんな未来を見据えつつ、社会の公器としての大義を忘れずに邁進し続けていきます。
◎企業概要
・株式会社INDUSTRIAL-X
・HP:https://industrial-x.jp/
・設立年月日:2019年4月15日
・代表取締役CEO:八子 知礼
・所在地:〒105-0003東京都港区西新橋3丁目25-31愛宕山PREX11F
◎プロフィール
八子 知礼
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後介護系新規ビジネス(現NAISエイジフリー)に社内移籍、製造業の上流から下流までを一通り経験。その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。2019年4月にINDUSTRIAL-Xを創業、代表取締役を務める。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』(中経出版)、『モバイルクラウド』(中経出版)、 『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(共著、SBクリエイティブ)、 『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(共著、日経BP社)、『DX CX SX(クロスメディア・パブリッシング(インプレス) )』がある。