「あなたは自分の将来に希望を持っていますか?」という質問に「はい」と答える子供はどのくらいいるのだろうか。ある調査によると13歳から14歳の子供では全体の76.2%が「はい」と答えている(内閣府「子供・若者の意識に関する調査(令和元年度)」より)。しかしこの数字は成長にするにつれ下降し、実際に就職活動に直面している20歳から24歳では54.8%にまで下がる。
児童・学生のおよそ半数は自分の将来を明るいものだと思っていない(「希望がある」全体平均59.3%)。それが日本の現状だ。
その現状を変えなくてはならない。子供たちにもっと働くことの喜び・楽しみを感じてもらい、仕事を自己実現のための手段にしてもらいたい。
そう考えて動きだしている会社が、求人情報サイト「バイトル」などを運営しているディップ株式会社だ。彼らが行っている全国の小学生のためのキャリア教育活動は参加した社員の意識の変容にも繋がっているという。
サステナブル社会の実現のために始めた彼らの活動「バイトルKidsプログラム」と、そしてその結果子供と社員に生まれた変化について、ディップ株式会社 人事総務部の関谷佳菜さんに伺った。
子供たちが仕事と働くことについて理解を深める「バイトルKidsプログラム」
―本日はよろしくお願いいたします。まず御社が行われている「バイトルKidsプログラム」とはどのようなものか、お伺いできますか?
関谷:バイトルKidsプログラムは、小学校と様々な業種の専門家・プロをオンラインで繋ぎ、仕事取材を通じて仕事への理解を深めるプログラムです。3日間の日程で行い、1日目は当社社員が講師役となり仕事や働くことについてのワークを。2日目は複数のグループに分かれて企業へ仕事取材を実施し、最終日となる3日目は2日目の仕事取材を基に、得た気づきや学びをクラス全員の前で発表します。
バイトルKidsプログラムの実施風景
―なぜこのようなプロジェクトを立ち上げようと思われたのですか?
関谷:今、子供たちに「仕事」のイメージについてアンケートを取ると、ネガティブなイメージを持っていることが多いです。「お父さん・お母さんが忙しそうにしている」「仕事をするのは大変そうだし、つらそうに思う」と。私は2006年に社会人になって以来、ずっと人材サービス業界で働いてきました。ですから「人が仕事をすること」は生きがいややりがい、理想の未来を切り開いていくことだと考えていました。それなのにこれから社会に出ていく子供たちが仕事をすることに明るいイメージを持っていない。それにショックを受けたことがひとつのきっかけです。
―多くの子供にとって仕事はネガティブなものだと思われているという課題感があってプロジェクトを立ち上げた。
関谷:はい。また、子供たちが想像できる仕事というイメージの選択肢を広げる機会を提供したいとの思いもありました。それで、弊社が長年培ってきた人材サービス事業による知見、雇用創出への貢献実績を踏まえて、子供たちの未来のためにキャリア教育をしていかなければならないと感じたのです。
プログラムは子供たちに仕事のイメージを育んでもらうことを目指してオリジナルのものを開発しました。弊社のビジョンである“Labor force solution company”を子供たちに示していきたいと考えたからです。
プロが子供たちに仕事の面白さを伝える……企業ができるSDGsへの貢献
協力企業からの話を真剣に聞く子供たち
―2021年2月に行われたバイトルKidsプログラムでは12業種11社の企業が参加していますが、どうやってこれだけの企業を巻き込んでいったのでしょうか。
関谷:初開催となった2020年は対面での実施でした。最初の実施校である横須賀市長井小学校の周囲にある企業にお声かけし、授業の一環で仕事取材をしたいので参加してほしいとお願いして行いましたが、その後コロナが流行してしまったので対面での実施ができなくなってしまった。しかしそれを逆手にとって、オンラインならば子供たちが名前しか聞いたことがない企業、世界的に有名な大企業からも参加してもらえるのではないかと思い、積極的に企業に働きかけてみました。
―快く参加を承諾してくれたのでしょうか。
関谷:企業側としても小学生の職業観について不安を持たれていたところがあり、共感を持って受け入れていただけました。それに企業としても社会貢献活動を発信する機会となり、ロイヤルカスタマーの獲得にも繋がります。特に大企業の経営者サイドに近い方たちは、自らの会社の企業価値をどう高めるか、社会に対してどう影響を与えていくのかを常に考えていらっしゃいます。そういった企業課題の解決に繋がる効果について話すことで参加を促しました。
―学校側の反応は?
関谷:文部科学省は少子化や職業の多様化を鑑み、15年ほど前から全国の小中高校へキャリア教育を推進していくように要請しています。しかし現場の先生方は会社勤めの経験がなく、文部科学省からの要請にどう対応していくべきなのか苦慮されていた。先生個人の知り合いに頼んだりキッザニアに子供たちを連れて行ったりするのが精々だったそうです。また以前頼んだ企業の中には社員を派遣する分の謝礼を求めてくる企業もあって、言われるままに支払ったことがあった、と。
そういった中での提案でしたので先生方にも好評でスムーズに受け入れてもらうことができました。
子供に教えることで生まれるエンゲージメント効果
社員が自分の仕事について語る ※2020年 対面実施時
―バイトルKidsプログラムが参加企業、そして学校側にも好印象を持たれていることが感じられました。では参加した御社の社員たちの印象はいかがだったのでしょうか。
関谷:参加企業の社員からも同じ反応を得られたのですが、自分の仕事を子供たちに伝えることによるエンゲージメント効果が大きかった、と。どうしても仕事に忙殺される毎日を過ごしていると「自分がなぜこの仕事を選んだのか」「何のために働いているのか」といった想いを忘れがちになります。それがバイトルKidsプログラムに参加することで一度立ち止まって、自分の仕事に対する想いを見直す機会になった。子供たちに伝えるために、改めて自分の仕事の意義を考え直したことで充実感を再確認し、さらに自分の所属する会社へのロイヤリティが高まることに繋がりました。
―子供たちだけでなく、社員たちも「仕事」について考える機会になった。
関谷:はい。私自身、人材育成の仕事をするにあたってこれは大きな気づきになりました。営業部門で長く勤務していた私は、営業という仕事が大好きだったのですが、同僚の中には目標が達成できない・営業がつらいと思い悩んで辞めていく者も多くいた。人材育成の部門に移ってからも何とか営業の意義や楽しさを伝え、活躍できる人材を増やしたいと考えていたのですが、バイトルKidsプログラムに参加した弊社社員から「自分の仕事の意義・誇りに気づいた」という声が上がっているのを聞き、願いが果たされていることを感じています。プログラムをやってよかったとやりがいを感じていますね。
―社員教育への効果は、参加企業にとっても魅力的だと思います。
関谷:社員育成へ大きな効果になることはこれからもアピールしていきたいと考えています。社員の定着率向上や自分の仕事に立ち返ることで生まれるバリューの再発見、そしてキャリアプランの育成への動機付けにもなる。ぜひこれらの点にニーズを感じてほしいです。
社員と会社の目的意識を繋げ、真のESGへ前進させる
取材はZoomで行われました
―社員が自社の社会的意義について再確認することは、ESGが叫ばれる昨今、重要な命題だと思います。ESGは投資家だけのものではなく、カスタマーも注目していますし、何より社員やその家族にとっても「自分が働いているこの会社は何をしているのか」を理解する手引きにもなりますから。
関谷:私も同じ想いです。自分の仕事が会社にどう貢献していて、そして会社はどう社会と繋がっているのかを実感してもらうことは、社員教育の中でも大きなウェイトを占めていると思います。また個人と会社双方の社会貢献に対する目的意識が重なっていることが本来のESG、SDGsを達成していくためには必要だと考えています。
―個人と会社の目的意識がプログラムに参加することで接合していく、と。ちなみに御社の社員は積極的に参加してくれているのでしょうか。
関谷:ボランティア活動に近いプログラムなので、積極的に手を挙げてくれるというよりは、こちらから「参加してみない?」と声をかけると、実はやってみたかった、と言ってくれる人が多いのが実際です。皆なかなか率先して踏み出す勇気が出ないのかなと感じています。
今、声をかけているのは、教員資格を持っている社員です。彼らは学生時代に教職を選択し、先生を目指していたのに何かの理由があって一般企業に職を求めた人たちです。就職活動をするまで、自分の将来について思い悩んだ経験を持っていますので、その自身の体験を子供たちに伝えてくれています。
―社員にとっても得るものが大きなプログラムですので、今後はもっと拡大していくといいですね。
関谷:2021年は5つの学校で計7回のプログラムを行いました。弊社からはのべ85人の社員が参加しています。現在弊社で働いている社員は約2,000人おりますので、今後はもっと参加者を増やしていきたいですね。
子供と社員の共感が相乗効果を生み出す
バイトルKidsプログラム 校外での活動の風景 ※2020年対面実施時
―子供たちはどういう反応を?
関谷:プログラムの最終日に取材体験を通して得た気づきを発表してもらうのですが、子供たちは正直なので印象的で鋭いコメントをくれます。例えば、ケガなどで体が不自由になってしまった人のリハビリを手伝う理学療法士の方にインタビューした児童からは、相手の気持ちを考えられる大人になりたい、人の役に立つ大人になりたいと意見がありました。
他にもYouTubeの編集をする会社に取材した児童たちからは「動画の編集の仕事は大変で、簡単じゃない」と意見がある一方で、「大変なお仕事だけど、編集の仕事をしてみたい」という声もありました。
―子供たちが具体的に仕事をイメージしてくれて、それに率直なレスポンスをしてくれているのが分かります。
関谷:ある製造業の会社からは社長自身がいらして話をしてくれました。その時、児童から「仕事をしてきて楽しかった思い出は何ですか?」と聞かれて、社長は「楽しいことはない。怒られたことやつらいことばかりだよ」と。弊社の社員たちは皆、子供が怖がってしまうのではないかとヒヤヒヤしていたのですが、社長は続けて「つらいことばかり覚えているけど、その分強くなれたんだよ」と話していただいた。
その後の発表の中で、社長の話を聞いていた児童が「僕も怒られても諦めない大人になりたい」と言ってくれたのを聞いて、私たちの不安は吹き飛びました。子供たちには確かに伝わっているんです。仕事は楽しいだけじゃない。つらいこともたくさんあるけど、だから奥深い。大事なのは自分がどうなりたいのか。それが子供たちにも届いていたと感じました。
―素晴らしいお話だと思います。今後はこのプログラムをどのように展開していきたいと考えられているのでしょうか。
関谷:2021年は5つの学校で約500名の児童を対象にプログラムを行い、20の企業に参加していただきました。今後はさらに大きく飛躍して、100校100社を目標に活動しています。
また弊社の社内的にも、もっと社員を参加させていきたい。弊社の社名はdream、idea、passionの頭文字を取ってディップ(dip)株式会社です。夢とアイデアと情熱で社会を改善する会社となる、という理念で社員たちにもっと参加してもらい、仕事についてそして子供たちについて考える活動が広がっていってほしいと思っています。そして、いずれはバイトルKidsプログラムを通して繋がった企業と学校がその仕組みを利用して独自にコミュニティを作ってくれたら素晴らしいと思います。弊社はそのきっかけ作りのお手伝いをしているだけですから。
これからも子供たちに、「大人になることはもっと楽しいことなんだよ」、と伝えていきたいです。
―本日はありがとうございました。
◎関谷佳菜
2006年にディップ株式会社に入社、大手企業向け営業として勤務。営業部長を経て2019年より人事総務本部で人材育成を担当。現在はバイトルKidsプログラムの事務局リーダーとして活躍中。
◎ディップ株式会社
https://www.dip-net.co.jp/
〒106-6231東京都港区六本木3-2-1六本木グランドタワー31F
TEL:03-5114-1177 FAX:03-5114-1182