
トランプ大統領は平和賞を手にできるのか。村上春樹は今年こそ文学賞か。そして、日本人研究者の受賞はあるのか。
10月5日から始まる2026年のノーベル賞発表を前に、受賞者予想が熱を帯びている。文学賞の常連候補に加え、今年は肥満治療薬につながる研究や、日本の有機EL研究者にも注目が集まる。
ただ、ノーベル賞は知名度の順番待ちではない。平和賞では、大統領よりも戦場の市民が主役になる可能性がある。医学賞では、有力な研究分野が見えていても、誰の名前が呼ばれるかが難しい。そして、平和賞の意外な伏兵は、地上ではなく宇宙にいる。
※以下は2026年10月3日時点の公開情報に基づく独自予想。「本命」「対抗」「大穴」は本稿の評価であり、公式な候補者一覧や選考順位を示すものではない。
平和賞はトランプではなく「戦場の裏方」が本命か
受賞への意欲を隠さないトランプ米大統領。しかし、本人の熱意と選考委員会の評価は別物だ。ロイターは10月1日、イランとの戦争などを背景に、今年のトランプ氏の受賞に否定的な専門家の見方を報じた。
実際にトランプ氏がとれると本命で考える人は少ないだろう。代わって推すのが、スーダンの市民による救援ネットワーク「緊急対応室(ERR)」。
大統領のように演説が世界中に流れるわけではない。彼らが行っているのは、共同炊事場を設け、避難を助け、医療を届ける活動である。オスロ平和研究所(PRIO)が9月22日に公表した所長の注目リストにも、危険な現場で救援を続けるこのネットワークが挙がった。
和平交渉が成果を生んだかどうかを巡れば、政治家同士の手柄争いになりやすい。一方、食料を届け、けが人を助ける活動なら、誰のための平和なのかがはっきりする。今年の委員会は、戦争を止めた指導者を探すより、戦争の中でも人を見捨てなかった市民に光を当てるのではないか。これが本命視する理由だ。
対抗には、ウクライナの子どもの救出を支援するミコラ・クレバ氏と、国際NGOセーブ・ザ・チルドレンを挙げたい。PRIOも両者を組み合わせて推している。なお、クレバ氏が率いるのは「セーブ・ウクライナ」で、セーブ・ザ・チルドレンとは別組織だ。
こちらが選ばれれば、特定の国家の勝利ではなく、「戦争で子どもを犠牲にするな」というメッセージになる。人道支援よりも国際的なルールの維持を前面に出す選考なら、同じくPRIOが挙げる国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)が浮上する、と読む。
大穴は国際宇宙ステーション 地上の指導者には強烈な皮肉
さらに、見逃せない大穴がある。国際宇宙ステーション(ISS)の国際協力体制だ。PRIOの更新版リストに入り、AP通信も受賞の可能性が議論されていると報じた。もちろん、宇宙に浮かぶ設備そのものにメダルを掛ける話ではない。
評価の対象として想定されているのは、国同士の関係が悪化しても、25年以上にわたって平和的な共同事業を続けてきた協力の仕組みである。地上では対立しても、宇宙では協力できる。新しい和平の成功例を見つけられなくても、壊してはいけない協力の実例は残っている。ISSへの授賞には、そんな意味を込められるだろう。
仮に選ばれれば、地上で互いを非難する指導者たちには、ずいぶんと耳の痛い平和賞になる。政治家の顔を立てるどころか、宇宙から政治家の失態を照らす――。大穴として面白いのは、奇抜だからではなく、そのメッセージが鮮明だからだ。
医学賞は「痩せ薬」研究が本命。ただし、名前を当てるのが難しい
生理学・医学賞で本稿が本命視するのは、GLP-1研究だ。糖尿病や肥満の治療薬につながった研究で、情報分析企業クラリベイトは2026年の「引用栄誉賞」に、ダニエル・ドラッカー氏、イェンス・ユール・ホルスト氏、スベトラーナ・モイソフ氏を選んだ。評価されたのは、GLP-1の同定や性質、生物学的な働きの解明である。
ただし、引用栄誉賞は、その年のノーベル賞受賞者を的中させるための公式予想ではない。クラリベイト自身、特定の年の受賞者予測を目的としないと説明している。あくまで研究の影響力を読む材料だ。
それでもGLP-1を推すのは、薬の売れ行きや「痩せる」という話題性のためではない。体内のホルモンの働きを調べる基礎研究が、実際の治療を変えるところまで到達しているからだ。研究の出発点と社会への恩恵がつながっている点を、強みと見る。
ところが、ここに予想の落とし穴がある。
2024年のラスカー臨床医学研究賞もGLP-1による肥満治療を評価したが、受賞者はジョエル・ハベナー氏、モイソフ氏、ロッテ・ビヤー・クヌーセン氏。クラリベイトの3人とは顔ぶれが異なる。
ホルモンの正体を突き止めた功績を重く見るのか、作用の解明か、それとも薬として使える形にした開発か。同じGLP-1研究を選んでも、授賞理由の中心をどこに置くかで、呼ばれる名前は変わりうる。
「医学賞はGLP-1」と予想することと、「この3人が受賞する」と言い切ることは別だ。 その中で、異なる評価の双方に名前があるモイソフ氏は、本稿が特に注目する1人である。
日本人候補は安達千波矢氏に注目。有機EL研究に栄冠はあるか
日本人研究者では、九州大学の安達千波矢氏を注目候補に挙げる。安達氏は2026年の引用栄誉賞の物理学分野で、米ミシガン大学のスティーブン・フォレスト氏、米南カリフォルニア大学のマーク・トンプソン氏とともに選ばれた。共通するテーマは、高効率の有機ELを実現する研究だ。
安達氏の代表的な成果が、「熱活性化遅延蛍光(TADF)」を利用する有機EL材料の研究である。難しい名前だが、注目点は、希少金属に頼らず高い発光効率を実現できる道を開いたことにある。九州大学も、次世代の有機ELにつながる成果として紹介している。
本稿が評価するのは、単に便利な表示装置を作ったという話ではなく、材料の性質を利用して発光の効率を高め、その可能性を広げた点だ。基礎的な研究と産業への展開を、一つの授賞理由として結び付けやすい。
ただし、「日本人が引用栄誉賞を受けたから、今年のノーベル賞も近い」と一直線に考えるのは早い。安達氏を本命級の注目候補に置く理由は、国籍でも話題性でもなく、研究そのものにある。
文学賞、村上春樹は今年こそ? 本稿は残雪を本命に
日本で最も「今年こそ」が似合う名前は、やはり村上春樹だろう。中央日報の10月2日の報道でも常連候補として紹介され、中国の作家・残雪も有力候補に挙がっている。
本稿は、文学賞の本命を残雪に置く。残雪の作品を読む際、筋道の通った物語だけを期待すると、足元をすくわれる。米イェール大学出版局が紹介する『The Last Lover』も、現実と幻想が入り交じる実験的な小説だ。同作の英訳は2015年の最優秀翻訳図書賞の小説部門を受賞している。
予想の根拠として重視するのは、その実験性である。広く読まれている作家を顕彰するのではなく、「小説はここまで自由でありうる」と示す作家に光を当てる選考なら、残雪は面白い選択になる。
もちろん、村上春樹の受賞の可能性を否定するものではない。ただ、「何年も待ったから、そろそろ」という考え方を、予想の根拠にはできない。ファンの待ち時間と文学的な評価は、別の時計で動いている。「今年こそ」は期待として抱きつつ、本命予想とは切り分けたい。
化学賞はデービッド・リウ氏。「切る」から「書き換える」へ
化学賞では、デービッド・リウ氏を推す。クラリベイトが評価したのは、DNAを精密に変更する「塩基編集」と「プライム編集」の開発だ。
遺伝情報を文字の列に例えるなら、単に途中を切るのではなく、狙った文字を置き換えたり、加えたり、削ったりする技術である。リウ氏らが開発したプライム編集は、DNAの2本鎖を両方切断せずに、さまざまな変更を加えられることが特徴だ。
本稿が注目するのは、生命を調べるための技術を、狙った変化を起こすための技術へと進めた点である。「何が書かれているかを読む」だけでなく、「必要な箇所を書き換える」。この技術的な飛躍を授賞理由の中心に据えるなら、リウ氏は有力と見る。
経済学賞は「グーグルの元頭脳」とデジタル経済の研究者
経済学賞の本命には、スーザン・エイシー氏とハル・バリアン氏を挙げる。
エイシー氏はスタンフォード大学経営大学院の教授。バリアン氏はグーグルの元チーフエコノミストで、カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授だ。クラリベイトは両氏を、情報技術の経済学を切り開いた研究者として選んだ。
予想の軸は、「情報と技術が、市場の仕組みをどう変えるか」である。単に新しい技術が話題だからではなく、デジタル化を経済学の問題として分析してきた蓄積に光を当てる受賞になる、と読む。
別の方向を選ぶなら、企業や組織の変化を進化論的な視点から研究してきたシドニー・ウィンター氏にも注目したい。同氏も今年の引用栄誉賞に選ばれている。
2026年ノーベル賞の発表はいつ? 平和賞は10月9日夕方
発表日程は、10月5日が生理学・医学賞、6日が物理学賞、7日が化学賞、8日が文学賞、9日が平和賞、12日が経済学賞。平和賞の発表は、日本時間9日午後6時に予定されている。
なお、平和賞の推薦情報は50年間非公開で、ノーベル研究所は個別の推薦の有無を確認しない。PRIOのリストも、選考委員会の内情を伝えるものではなく、独立した研究機関の所長による見解だ。「推薦された」と「受賞に近い」を混同すると、予想はたちまち政治家の宣伝に乗せられてしまう。
大統領の名前が呼ばれるのか、それとも炊事場を支える市民か。誰もが知る作家か、それとも読者を戸惑わせる実験的な作家か。発表当日、知名度だけで作った予想図は、あっさりひっくり返るかもしれない。そこが、この賞の面白いところでもある。



