
声優の津田健次郎氏が、生成AIで無断に模倣された自身の声を使った動画の削除を求めた訴訟で、東京地裁(髙橋彩裁判長)は9月30日、請求を棄却した。見出しだけを追えば全面敗訴に映る。だが判決文を読むと、構図はもっと入り組んでいる。
裁判所は人の声もパブリシティ権で守られうると初めて言及し、しかしその判断を本件に当てはめることはしなかった。棄却の理由も、報道でよく語られる筋とは少し違う。何が「初」で、なぜ請求は退けられ、そして賠償はどこへ行ったのか。判決文にそって解きほぐしていく。
何が「初」だったのか 東京地裁が示した声のパブリシティ権という枠組み
裁判所は判決の中で、人の声は人の肖像と同様に「個人の人格の象徴」であると述べた。そのうえで、実演家などの声が商品の販売を促す顧客吸引力を持ち、その声を使う行為が専ら顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合には、パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当だとした。声そのものは日本では著作物に当たらず、権利として明記した法律もない。生成AIによる声の無断利用をめぐる訴訟は国内で初めてとみられ、その第一号で司法が声の財産的価値に踏み込んだ意味は大きい。
ただし注意したいのは、これがあくまで一般論として示された枠組みだという点である。裁判所は続けて、本件では削除の対象がすでに消えているかどうかが問題になるとして、そちらの検討へ移った。つまり声はパブリシティ権で守られうるとは言ったが、津田氏の声が実際に侵害されたとまでは判断していない。この一歩手前で止まっている点こそ、今回の判決の肝である。
なぜ棄却されたのか 「訴えの利益なし」ではなく中身を見たうえでの判断
棄却の理由も、丁寧に読むと通俗的な説明とは異なる。被告のTikTok運営会社は、問題の動画はすでに削除済みだから訴える利益がないとして、門前払いを求めていた。しかし裁判所はこの主張を採らなかった。削除対象が残っているかどうかは、削除を求める権利が実体として存在するかの問題であって、訴えの利益の有無を左右するものではないと述べたのである。
そのうえで裁判所は、投稿者が2026年5月にアカウントを削除し、データも同年6月末に運営会社のサーバから消えたと認定した。仮に運営会社に削除義務が生じうるとしても、消すべき対象がもう存在しない以上、これ以上削除を命じる理由はない。だから請求には理由がない、という筋道だ。門前払いではなく、中身を見たうえで、もう消すものがないという結論に至ったことになる。
188本の動画と21万人のフォロワー 「友人の声」という釈明の綻び
争いの舞台となったのは、氏名不詳のアカウントが2024年7月から2025年9月にかけて投稿した188本の動画である。都市伝説や心霊現象といった雑学に、津田氏の声質を思わせるナレーションを重ねた内容で、アカウントは2025年11月時点でフォロワー21万人を超え、各投稿は数千から数万の「いいね」を集めていた。弁護士ドットコムによると、投稿者は再生数に応じて月50万〜75万円の報酬を得ていたと津田氏側は主張していた。
投稿者は、アカウントのリンク先で、これは津田氏の声ではなく声真似が得意な友人の声をAIに学習させたものだと釈明していた。しかしコメント欄には、その声に聞き覚えがあるという書き込みや、釈明を疑う声が並んでいた。津田氏側は科学的手法による音声比較分析を証拠として提出し、独特の抑揚と低音の響きの共通性を主張。認知度の裏づけとして、出演作である劇場版アニメが980万人を動員した実績も挙げていた。対する運営会社側は、この音声は「普遍的な男性の声」にすぎず、津田氏の声とは似ていないと反論していた。
「棄却=敗訴」ではない 梶裕貴氏・日本俳優連合・南央美氏の受け止め
判決を受け、声優業界からは冷静で前向きな反応が広がった。
声優の梶裕貴氏は自身のXで、判決は請求棄却という形になったものの、当初の目的だった対象投稿の削除は達成されている点が大切だと指摘した。そのうえで津田氏の行動に敬意を示し、無断生成の撲滅へ声優業界が一丸で取り組んでいきたいと綴った。日本俳優連合(日俳連)の公式アカウントも、津田氏の活動を支持し、その勇気に感謝すると表明。判決文の全文を確認したうえで、後日あらためて見解を示すとしている。声優の南央美氏は、声は肖像と同様に人格の象徴であるという言葉を判決の中に引き出してくれたと、感謝の思いを投稿した。
結果の勝ち負けよりも、声の権利が司法の場で言及された事実そのものを重く見る。それが業界に共通する受け止めだった。
賠償や収益はどこへ行ったのか 残された論点と次の焦点
SNSでは、判決の伝えられ方への違和感も少なくなかった。ある利用者は、報道が訴えそのものの否定であるかのように見え、誤解を招きかねないと指摘した。別の利用者は、削除以前に津田氏の声で得ていたとされる収益への責任がほとんど論じられていないと不満を漏らした。
ただ、この点には理由がある。今回はあくまで動画の削除を求めた訴訟であり、損害賠償や不当利得の返還を争う訴訟ではない。過去の収益への責任を問うなら、別途そのための請求が必要になる。加えて裁判所が示したのは声の権利の一般的な枠組みにとどまり、本件での侵害は認定していない。生成AIが出力した音声が本人の声と同一だと立証する難しさも残る。声を無断で使われた実演家が実際に救済を得るには、なお高い壁がいくつも横たわっている。
今回の判決は、法整備が追いつかない領域に司法が一歩を踏み出したものだ。法務省の有識者検討会も2026年8月の報告書で、声にパブリシティ権などの保護が及びうるとの考えを示していた。作品と表現を根底で支える声の担い手たちの尊厳を、どう実効的に守るのか。その問いは、この判決の先に持ち越された。



